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鼓回顧録/笛の音

 会合の翌日、(にしき)(さかえ)は従者2人を引き連れて城下町へ土産を買いに出掛けて行き、(つづみ)は初めて彼らと行動を別にすることになった。ここで鼓が姿を眩ましてもおかしくはないのに、と考えもしたが、彼らから離れる理由もなく、反対に残された時間を思うと里を恋しくも思うのだった。


 町へ出た。錦と榮からは気にするなと言われていたが、3人の子供たちに何か買っていかないと、1人は拗ね、1人は残念さを隠しきれないまま笑い、1人は文句を言いかねない。それぞれの反応を想像し笑みが零れるのを我慢しながら、店を覗いて歩く。警護人として雇われていた時は私用では滅多に外出することのなかった鼓にとって、活気のある城下町は新鮮で、子供たちも訪れたらきっと気に入るだろうと思った。


 ──何かお探し物ですか?今は瑪瑙(めのう)をお好みの形にするのが流行っているんですよ。一番人気はやっぱり首飾り。お兄さん、ちょっと寄っておいでよ。新作の甘味が今ならお得に召し上がっていただけます──。


 様々な客引きの声を後にしながら店を回り、(のぞみ)には髪結いを、(のぞむ)には図録を買った。散々悩みぬいた末に、(しるし)へは小刀を贈ることにした。真剣を持つまではこれを使って自前の木刀の作り方を教えるのも良い。


 小包みを受け取り、丁寧に鞄にしまいながら、今度は子供たちの反応を想像する。喜んでくれるだろうか。驚くのだろうか。期待外れだと思われやしないか。同時に、最初で最後になる贈り物だと思うと一抹の寂しさも感じる。そうして己の内で廻転する感情に気づき、諦めたことすら忘れていた人間らしさというものを手にしたような気持ちと、暗闇のどん底で再び目にした光とが、自分を昂らせ、またじんわりと温められる感覚すら覚える。



 翌日、夜明けと同時に首都を発った。宿を出る時、城で感じたのと同じ香りが漂っていることに気がついた。忍というのは本当に抜かりがない。


 行きは緊迫感に満ちた道中だったが、大仕事を終え、爽やかとさえ言える雰囲気の中を、3人揃って里へと戻ることになった。


「久しぶりの古巣はどうだった?」

 休憩中、すっかり緊張感の取れた和やかな声色で榮が尋ねた。

「俺の礎となった場なので、感慨深いというか」

「そっか。鼓にもそう思える所があるんだね。よかった」

「特に師団長の(とぐる)という男とは常に一緒で、入団当初から世話になってました」

「兄貴的な?」

「近い感覚かもしれません。彼だけは俺が退団する時、いつでも頼れと言ってくれた」

「会議室出る時も、あの人だけは声掛けてくれてたもんね」

「気づかれてましたか。恥ずかしいな」

「いい人に出逢えたんだね」

「ええ、とても」

 錦はと言えば、少し離れた場所に座って目を瞑り、黙って2人の会話を聞いている。するとどこからともなく姿を現した(えにし)に耳打ちされて笑い声を漏らした。

「どうしたの?」

「悪い悪い。里の連中が宴の用意をしてるらしい。出迎えだってよ」

「仕事から戻るだけなのに気恥ずかしいなあ」

 そう言いながら、2人とも嬉しそうな顔をしている。里の大きな方向転換に、反発も少なからずあったと聞いている。それでもこうして里中から愛されている長たちなのだなと、つくづく彼らの凄さを思い知る。


「気になってたんですが、どうやってこの外交期間中も里の状況を把握してるんですか?伝達の担当でもいるとか」

「ああ、まだ鼓には話してなかったか。これだよ」

 首から提げていた笛を見せた。片手に収まる細い縦笛で、人差し指が当たる付近に調節螺子(ねじ)が施されている。

「笛?」

「うちの里の忍に代々伝わるもので、“呼び合いの笛”って言うんだ。これで第一報を送り合う」

「でも」

「お前はその音を聴いたことがない、だろ?」

「……はい」

「忍にしか聴こえない、というより、忍だけが聴こえるようにしてるんでな」

「笛に細工を?」

「加えて、聴き取る側には生まれた直後に特殊な術をかける」

「『風の音を聴き、風に乗せて流すように』──これが呼び合いの笛を聴く者、奏でる者の心得」

「独自の発展を……遂げてきたんですね」

「うん、お陰様で」

「……榮、まだお前は使えるんだっけか」

「うん。──あ、もしかして」

「ああ、いいだろ。鼓さえよければ」

「了解。やったね、鼓」

 阿吽の呼吸とはこういうものか。鼓には何一つ理解ができぬまま、彼らの間で何らかが合意形成されたらしい。


「私達はね、生まれた時にこの笛を贈られて、親の言葉を理解できるくらいになった時に、一度だけ使える“伝鳴(でんめい)の術”も教わるの」

「伝鳴の術……」

「ふふ、術名のままだけどね。本来はこの笛の音色はうちの里の忍にしか聴こえないんだけど、それ以外の人にも聴こえるようにすることができる。もちろん使わずに生涯を終えてもいい。そして私はまだ使ってないから、あなたにならいいんじゃないかって」

「いいんですか。……俺は里を出ていくのに」

「部外者じゃないからな、お前は。それに、また来るんだろ?」

 光る瞳は鋭いようでいて優しさも含んでいる。常に里を、仲間を、子供を、妻を思うその瞳に、今、鼓も映っている。

 柔らかく微笑む榮も続ける。

「じゃあやっぱり聴こえてた方がいいよね」

「あの子は……瑞には聴こえるんですか」

「まだかな。でもきっと、そのうち聴こえるようになるよ」

「どういう──」

 意味なのか、と最後まで口にする前に錦を見ると、拗ねたように頭を掻いている。こういうところは非常に分かりやすい。

「だってあの子には、希がいるからね」

 予想通り、希が関わっているのだ。

「まだ5歳だぞ」

「あら、私は生まれた瞬間からお相手が決まってましたけど」

「んなもん、誰かに決められなくたって決まってんだよ」

「へえー?どおーゆうー意味ー??」

 嬉しそうにちょっかいをかける榮に「俺らの話はいいから早く術かけてやれよ」と返すのは照れ隠しだろう。

「ごめんごめん。今からちょっとだけ、耳貸してね」

 そう言うと、左の手のひらに印を描き、両手を合わせた後、その手が鼓の両耳を優しく包み込んだ。初めて聴く風の音が流れ込んでくるような、不思議な感覚だった。

 榮が手を離すと、高く澄んだ音が聴こえた。音のする方を見ると錦が笛を吹いている。螺子を器用に回して音階を調整している。漂うのは郷愁を誘うような旋律。

「綺麗な音がするんですね。今の旋律に名前はあるんですか?」

「これは迷子を呼ぶ曲だね」

「迷子、ですか」

「お前にぴったりだろ」

 初めて聴く音色が迷子を呼ぶものとは。そして自分にぴったりとは。困惑する鼓に向かっていたずらっぽく笑ってから「お前を待つ音色ってことだよ」と付け加えた。風の音を頼りに、また彼らと会うことのできる約束を奏でた旋律だ。

 感情に揺さぶられるままに俯き、掠れる声で「ありがとうございます」と絞り出すのが精一杯で、水を汲んでくると言ってその場を離れた。


 1人になり耳をそばだてると、様々な笛の音が聴こえてくる。ひとつひとつに意味があり、重要な伝達手段として時間をかけて構築された知恵。時の流れに思いを馳せ、しばらく目を閉じたまま、風に乗って届く、新しく美しい旋律に聴き入っていた。

お読みいただきありがとうございました!


ようやく笛の呼称「呼び合いの笛」が出てきました。

名称自体は最初から決まっていたのですが、構想当初はもーっと後のエピソードで初出しの予定でした。しかしながらこの物語において重要な道具というのと、想像していた以上に鼓が里に受け入れられたので、ここら辺で出しておくのが良いのかなということで早めました。


第一報を笛で報せ、聞いて駆けつけた仲間に直接詳細を伝えるという感じ(使ったことないのですがポケベルのような役割のイメージ)です。

横笛もいいなあと思いましたが忍という特性に合わせた利便性を考えて片手で使えるサイズです。


伝鳴の術を使えるのは1度きりとは言え、誰にでも彼にでも掛けられる訳ではなく、報告が必要なルールになっています。


次回も水曜日に更新予定です。

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