鼓回顧録/古巣での会合
里を出て2日目の昼前、予定通り首都へ着き、個室のある食事処で軽食を取った。
会合のための最後のすり合わせを行い城へ赴くと、鼓、錦、榮と、参謀補佐の縁が城の会議室へと通された。
天井は高く、広々とした空間に、仄かに香が漂っている。しばらくして国の総司令官、参謀総長、師団長が入室してきた。修羅場をいくつも乗り越えてきた上層部なだけあって、醸す空気に緊張感が走る。
「驚くほどに変わらないな、鼓。お前のことだから死ぬことはないだろうと思っていたが、まさか忍の里と懇意になっているとは思わなかったよ。
それに、我々がどれほど国中を隈なく探しても探し当てることのできない“理想郷”と、そこに住まう兵が、こうして日のもとに現れるとは」
そう最初に口を開いたのは師団長・遂だった。かつては前線で鼓と背中を預け合っていた男だ。師団長だけでなく、この場にいる3人全員と、過去の鼓は共に居たのだ。
「まあ、どうやら秘密裏にうちにも世話になっていやがる奴がいるという話があるとか無いとか、な」
一際恰幅のいい総司令官・勢が、対照的にすらりとした出で立ちの参謀総長・流へ目線を向けて言った。言葉を受けても飄々として「さて、なんのことか」と言って返す。実際、忍の里の者は参謀総長との面識はなかったが、里独自の武器調達ルートから仕出しをしていた相手が、辿っていくと国の末端組織だということが分かっていた。国にとっては限りなく黒に近い取り引きがあったことも、この会合開催の交渉における隠れた鍵となっていた。
「改めて、隊を辞した身での交渉ありながら、この場を設けてくれたことにまずは最大の感謝を述べさせてほしい。そして件のことがありながら俺自身が身を潜めていたことは申し訳ない。情けない話が、身の安全を確保することが第一になっていたもので」
「お前の話についてはこの場では不問にする。去った者の身の上話なんぞ意味を成さないからな」
ぶっきらぼうに言い放った遂だが、鼓に向けて寄越した視線には、相方として戦場に立っていた時と同じく、それ以上の言葉は要らぬ関係性が伺えた。気づかれるか気づかれないか程度の会釈を返した鼓の口元には、柔らかな微笑が見て取れた。
「本題だが、うちとしては兵力が増強できることはありがたい話ではある。しかし信頼に値する潔白さを兼ね備えていてもらわなくちゃならない。ましてや忍なんてな」
勢の高圧的な物言いに怯むことなく、錦は不敵に口角を上げている。
「おっしゃる通り、普段身を隠して生活している我々を怪しむのは至極当然です。ただ、事前に書簡でやり取りさせてもらっていたように、国の要人警護専任の忍として任命していただけた暁には、体制を整えることは如何様にもできます。
ご存じかと思いますが、我々が過去のどんな取り引きに関与していたという確たる証拠はありませんから」
暴かれれば即交渉決裂となり得る任務も数多く担ってきた忍ではあるが、決してその尻尾を掴ませることはない。徹頭徹尾正体を隠し通し、依頼を終えれば髪一本たりとも残すことなくその場から消える。つまり「無い」ということの証明になる。そして如何様にもとは、暗にこれまでの黒い関係を清算をするということも指している。巧みな交渉だと鼓は感心し、国側の3人は苦虫を嚙み潰したような表情にすら見えた。
*
城を出た3人は安堵のため息を吐いた。互いの主張を確認し、まだ何度か訪城の必要はあるが、このまま折り合いをつけながら交渉がまとまる流れになるだろう。
会合の様子を振り返りながら宿へと帰る。
「榮が切れそうになった時は流石に肝が冷えた」
「あんな失礼なこと言われたら私だってねえ?」
「見事な返しでしたよ」
忍の里の兵力の説明に入った時、勢から「女を動員しなければならないほど戦力が不足しているのか」という質問がなされ、忍側の顔が強張る瞬間があった。身を乗り出しかけた錦を机の下で密かに制したのは榮だった。
「仮に私の元で修行を積めば、ほぼ全ての戦力が女になりましょう。本日控えている、姿見えぬ我が手練れのように」
凛々しく言ってのけた彼女にたじろぐ様相を見せ、「優れた指導者でもあるようで」と言わしめた。
「そういえば、まだ締結前なのに顔を晒して大丈夫だったんですか」
「ん?素顔は晒してないよ」
ふと気になったことを聞いた鼓に応じる榮の顔は少女のように綻んでいる。
「でも覆面も何も纏っていなかったし」
「俺らは忍だぞ。幻術くらい容易ない」
錦がさっと腕を振ると、会議室に漂っていた香の匂いが鼻腔を突いた。気づかなかったことに唖然とする。
あの場で、2人の素顔を正しく捉えていた者は、きっと誰もいない。
お読みいただきありがとうございました!
会合はさらーっと書く予定が、なんか1話分書けそう!ということで大幅ボリューム増です。
無いことの証明、のあたりの文章は書かずにおけたらよかったのですが、錦のクレバーな部分がより伝われば…!という思いで入れています。
ちょっと寓話っぽい終わり方になったところがお気に入りです。
次回も水曜日更新です。




