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鼓回顧録/彼女たち

 一日、また一日と時が過ぎてゆく。季節が移ろい、忍の里でも俗世と同じように新年を迎える準備が進められている。ただし、進んでいるのは平和なものばかりではない。


「3人とも、ほんとーーーにすまない」

 普段は威厳に満ち、堂々たる振る舞いをしている(にしき)が、子供たちの前で手を合わせて平謝りしている。

「おれはべつに」

「おしごとならしょうがないよ」

 そう理解を見せる男児2人とは違って、(のぞみ)はぶすくれている。両親と(つづみ)が里を一時的に留守にすることを告げられたのだが、その日程には双子の誕生日が含まれており、祝いの席が後ろ倒しになるからだ。さらに悪いことに、5歳の誕生日からの修行解禁を心待ちにしていた希は、最初の教えは両親からと約束していた。その約束が果たされないのだから拗ねてしまうのも仕方がないし、希は希で大切な仕事だということも分かっているため、口を結んで隠しきれない感情を抑えることしかできないのだった。


(しるし)の稽古姿を見てるってのもあるだろうなあ。あいつの上達っぷりには目を見張るものがあるし」

 (さかえ)がなだめすかしながら寝室へと3人を連れて行った後、錦がぽつりと呟いた。約半年間、鼓が師となり瑞に剣術を教えてきた。瑞の稽古開始を忍の修行開始よりも早めたのは、いつ居なくなるとも知れない鼓から少しでも早く長く教えを乞えるようにという考えが錦にはあったのかもしれない。

 愛娘のことになるとこちらも分かりやすく表情や態度に出る。思案している錦に言葉を掛ける。

「でも、全部あの子たちのことを思ってのことでしょう」

「……まあな。うちのだけじゃない。里の子供たち全員だ」


 以前鼓が国の要人警護をしていたと聞いた数日後、錦からその職務を忍で担えないかと相談があった。この里で現在請け負っている仕事の中には警護もあるが、大半を占めているのは隠密活動で、それは時に相手の命を手に掛ける。錦が親になり、同じ道を子供たちに辿らせたくないという気持ちが日に日に強くなっていき、幹部会で議題に上げ始めた頃に鼓と出会った。鼓が職務を退いてからしばらく経っていたこともあって交渉の場を設けるまで時間がかかり、ようやく年明けに会合が開かれることになったのだ。


「よおーし寝た寝た。どう?一杯やる?」

 寝室から戻った榮が場の雰囲気を明るくする。

「希、いや、みんなどうだった?」

「んー、とりあえず、今すぐには難しいかもしれないけど、私たちはずーっとみんなのことを考えてるからねっていうのは伝えたよ。分かったとは言ってくれたからさ、あとはちゃんと、私たちが本当にそう思ってるってことを示していけばいいんじゃないかな」

 優しく柔らかくも芯があり、道を(しる)してくれるかのような榮の言葉に、錦も鼓も心が凪いだ。そんな2人を見た彼女は安堵の表情を浮かべ、自分が飲みたいからとお酒の準備に台所へ行くと、再び部屋に静けさが戻った。顔を見合わせて笑い、食器のぶつかる音を聞きながら鼓が尋ねた。

「どうして、榮さんと一緒になろうと思ったんですか」

「うちのかみさんに何か不満でも?」

 瞳だけで射殺されそうになり、慌てて付け足す。

「いやいや、決め手は何だったのかなと。純粋な興味です」

 守るべきものが増えるということは、拠り所にもなるが時に弱点にもなり得る。自分よりも優先すべき存在を持つ覚悟を彼はどう決したのか、機会があれば聞いてみたいと思っていた。錦がちらりと台所の方を伺い、支度にまだ時間がかかりそうだとみて、そうだなあと言ってから話し出す。

「太陽みたいだと、思ったんだよ」

「太陽、ですか」

「あいつは一度、任務で安否不明になったことがある。ずっと当たり前みたいに一緒にここで育ってきたから見つかるまでの間、生きた心地がしなかったよ。自力で戻ってきた時に、身体中に熱が戻ったような感覚になって、世界が一気に明るくなった。俺を照らしてくれてたのはこいつだったんだって思った。こんな俺でも人の親にしてくれたしな、俺にとって絶対に失くしたくない光みたいな存在。──クサい話だろ」

「いえ、しっくり来るというか、榮さんにぴったりだと思います。

 羨ましいです。そう思える相手がいることも、そう思ってくれる存在がいることも」

「そーかい」

 聞いて良かったと礼を言おうとすると、榮の嬉しそうな声が差し込まれた。

「なになに、誰が光り輝いてて綺麗だってー?」

「聞こえてんだろ。なんか混じってるし」

 いつまで準備してんだと呆れながら手伝いに向かう錦を目で追いながら、果たして自分はと考えるのだった。これまでの長くも短い時の中で唯一愛した彼女は、自分にとっての太陽だったのだろうか、と。

年内最後の更新です。

お読みいただき、本当にありがとうございます!


「さかえ」の漢字は元々新字体の「栄」を用いる予定だったのですが、錦の彼女に対する印象を受けて、炎を頂く旧字体の「榮」にしました(部首は「木」らしいですが)。


「太陽みたい」は、手垢のついた表現かもしれませんが、私にとってとても特別な表現です。この言葉を贈る相手にはそうそう出逢えません。

誰かをそう思ったこと、誰かにそう思われたこと、もしあったのならば、本当に素敵なことだと思います。

さて、鼓にとってはどうだったのでしょうか。


次回は水曜日がちょうど元日なので「1月8日」に更新予定です。


良いお年をお迎えください!

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