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鼓回顧録/手合わせ

 里中の人間が集まってきている。喧騒に囲まれた中心部は広々としていて、向かい合って立っている者が2人。忍の里の長・(にしき)と、数週間前に瀕死の状態で迷い込んできた謎の男・(つづみ)が、未だ目を合わせることなく身体を伸ばしたり、自身の状態を確かめたりしている。


 事の発端は3日前。夕食を終えた後に錦が唐突に鼓へ手合わせを願い出てきた。

 たじろぐ鼓に「身体が鈍って仕方がないんだ。それに、お前の仙術ももっと見てみたい」そう子供みたいな理由を言った。

「俺はあなたと戦うつもりはありません」

「お前になくても俺にはある」

「目的は」

「見定めてやる。お前が首長の器なのかどうか」

 体内の熱が一気に上がった。忘れかけていた、強さを望む狂気が蠢く感覚。里の忍の頂点に君臨する男の実力はどれほどのものなのか。自分がどれほど未知の術を扱う相手に対抗できるのか。躊躇いと狂気が入り混じる。

「びびってんじゃん」

 天色の瞳が煽るような眼差しを向けてきている。仮にも師弟関係である。そう言われては立つ瀬がない。

「病室をひとつ、確保しておいてもらった方がいいかもしれません」

「そのくらいの気概でいてもらわなくちゃ困るな。じゃ、勝負は3日後、闘技場で」


 まだ建てられてから日の浅い闘技場は、腕試しを望む忍たちの声を受けてできた実践の場のひとつで、時には催事も行われる。円の外側に向かって観客席は高くなっていき、観客が競技者を見下ろす形になる。その最も低く競技者に近い観覧席に、(のぞみ)を真ん中に、(のぞむ)(しるし)とともに座って見つめている。

 てっきり鼓と錦だけ、いたとしても錦の家族が見守るくらいなものだろうと思っていたが、予想外の観客の前でやり合うことに、やはり手加減などできないことを改めて悟り覚悟を決める。背格好や外見上年齢が同程度に見え、互いに異なる秘術を扱う者同士、どちらが上手なのか、観衆の盛り上がりも相当なものだ。

「決着はどちらかが続行困難な状態になった時、もしくは私の判断で」

 神妙な面持ちで(さかえ)が告げ、ようやく2人が真正面から対峙して目を合わせる。口を開いたのは錦だった。

「さあ、始めようか」

 上がった口角、妖しく光る眼に殺気さえ感じる。負けじと睨み返し、錦の出方を探る。先に動くべきか、待つべきなのか。

「よそ見か?」

 真後ろから声がした。しかし鼓の正面には錦の姿がある。──分身か。即座に脇差しから刀を抜く。相手が2人なら両の手に刀を構えればいい。右手に長刀、左手には短刀を持ち、身体の前で交差させる格好で懐に飛び込んできた2人の錦の、喉元に短刀を突きつけ、長刀で動きを制す。すぐさま後ろへ退いたかと思うと同時に両方向からクナイが複数飛んできて、捌ききれなかった1本が鼓の足を掠めた。鋭い痛みに思わず舌打ちが出る。これがもしも本当の敵ならば、傷口から毒が回ってもおかしくない。数で見れば不利。長期戦は危険だと判断した。

「腕が2本あって良かったな。だが」

 頭上に気配を感じ、今度は鼓が後ろへ向かって地面を蹴る。視界に入った3人目が、寸前まで鼓の立っていた場所へ刀を突き立てており、それは地中深くにめり込んでいる。食らったら大怪我どころでは済まない威力だ。

 刺さった刀を抜こうとしている錦に向かって長刀を一太刀振るった。風が錦を切り裂き、跡形もなく消えたのを見て周囲がどよめく。当然、あれは分身だ。本体を炙り出さなければ意味がない。ただそれには錦の攻撃を受けない一瞬があれば十分だった。短刀を口に咥え、空いた左手に神経を注ぐ。すると風が渦巻き、巻き上げられた石や葉はたちまち細かく砕けていく。観衆が足を踏ん張り、鼓の方へと集まっていく風に抵抗する中、一箇所だけ動じない点がある。


 見つけた。


 岩の如く動きのないその一点に向かって、集った風を一気に送り込む。物体に命中した鈍い感覚が風を通して伝わってくる。

 手を結び、風の制御を止めた。行き場を無くした風は主の手を離れてもまだ暴れ回り、砂を巻き上げている。

 鼓の見据える砂埃の中に人影がひとつ。自身の放つ風圧に堪らず攻撃の手を止めたほどの渾身の狂飆(きょうひょう)だった。吹き飛んでいてもおかしくないそれを、手甲のみで受け止めていた相手に驚きを隠せない。それでも腕や顔、裂かれた服から見える肌には損傷を負っている。

「……これを受けて立っていられるとは思ってなかったです。本当にあなたは恐ろしい人だ」

「すげえもん持ってんなあ。あと数秒あったら吹っ飛ばされてたかもな」

 眼光は未だ鋭く、次に技を仕掛ける間合いを見計らっている。一瞬身体に動きがあったのと同時に、「危ない!」と声を荒げて鼓が彼へと突っ込んだ。2人して地面へなだれ込み、次の瞬間には1本の木が倒れてきた。騒然とする大衆に向かって榮が叫んだ。「一時中断!救護班!」

 待機していた救護班の者が駆け寄る。希も咄嗟に駆け出し、それにつられて瑞と望も続いた。

「錦!鼓!聞こえる?!」

「俺は大丈夫です」

「俺も大したことはない──が、お前、殺す気か」

「いや、錦さんこそ」

「2人とも、立てないのね?」

「そういう振りだよ」

 そう言うと、錦が鼓の左手首を掴み、空に向かって掲げて見せた。その姿に観衆からぱらぱらと拍手の音が聞こえ、やがて音量を上げて歓声とともにその場を埋め尽くした。錦の手が微かに震えている。立てないのは事実だろう。それは自分自身も同じだ。神経と体力を極限まで使い、疲弊しきっていた。

「父さん!つづみ!」

 半泣きの状態で錦に抱きついた希の頭を撫でながら「おう、どうだった?」と尋ねる彼の表情は、すっかり父親の顔に戻っていた。返事はなく、錦の肩口に顔を埋めている。

「怖かったか、ごめんな」

 その問いには首を横に振る。憧れの忍の戦う姿を、目の当たりにした現実を、怖いと言わないのは希の強さでもあり、健気さには心打たれるものがある。

「こんなはくしゅ、きいたことない」

 希に少し遅れてやって来た望の感心したような声で、改めて自分たちに向けられている称賛の証を受け止めた。そしてハッとして錦の方を見る。いたずらっぽく上がった口角に、やられたと思った。この手合わせは鼓の実力を測るためでも、ましてや錦の稽古相手や暇潰しなどではなかったのだ。突然里へとやって来て長の家に転がり込み、僅かな期間で今や忍たちの指導役すら任されている得体の知れない自分への非難の声が一部あることは鼓も認識していた。全てを払えるわけでもないが、そういった批判に対する返答をしてみせたのだろう。長として、命懸けで。

「お前、忍と戦うの初めてじゃないだろ」

「……あなたほどの実力者と一戦交えたのは初めてですよ」

「それはどうも」

 それぞれ応急処置を受けてから、両肩を支えられて闘技場を去る。止まない拍手の中でぽつりと呟いた「いつまでものらりくらりだな」という錦の言葉は、鼓の耳には届くことなく消えていった。


 目が覚めると、薄明かりの中、見慣れた天井が視界に映った。この部屋に担ぎ込まれて戻った途端に緊張の糸が切れ、文字通り泥のように眠っていたのだった。

「榮さん、起きたよ」

 瑞だ。彼にはあの一戦がどう見えたのか聞いておかなくてはいけないと思っていた。ところが言葉が出てこない。

「少し前に錦も起きたところ。ほんとに気が合うね、あなたたちは」

 部屋に入ってきた榮は半ば呆れ、けれど嬉しそうに言った。

「みんな、すごい戦いを見たって言ってたよ、瑞も。ね?」

 思うように動かない首を動かし、瑞へと目を向けると、「まあ、おれのししょうとしては合格じゃん?」とぶっきらぼうに答えた。

「そうか。……良かった」

 師としての面目を保てたことに安心し、思わず目頭が熱くなる。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない一言だが、鼓にとっては何よりの賛辞の言葉だった。


お読みいただきありがとうございました!

このエピソードも当初はまったく頭になかったのですが、錦というキャラクターのお陰で生まれてきました。

ちょっと強気な鼓、どうだったでしょうか。


次回水曜日は2024年最後の更新です。

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