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鼓回顧録/師、誕生

 長である(にしき)が里を離れるのは機密性が最上級の任務のみに限られており、それ以外は統括や参謀のような動きをすることが主だという。任務を含む情報のほとんどは、(つづみ)はもちろんのこと一部の幹部の者にしか知らされない徹底ぶりだ。豪快さの裏に精密な機械を備えているような彼に、鼓はしばしば感嘆を覚える。

 錦が幹部会から戻って来ると鼓を呼び、2人でどこかへ出かけていき、夕食の時間までには戻ってくる。そんな日が2週間ほど続いた。


「つづみ、ずっとここにいればいいのに」

 初夏が近づいてきているのがはっきりと感じられる日差しの降り注ぐ午後、子守りを頼まれた鼓は(のぞみ)(しるし)を引き連れて野原に来ていた。希に言わせれば「つづみをつれてきている」、瑞に至っては「ついていってやってる」そうだが。

 鼓には出逢ってからずっと思っていたことがある。この少女には警戒心がなさすぎる。無邪気な年齢とはいえ、仮にも忍の子だ。否、親もそうだ。この家族は心配になる程に鼓を躊躇いなく受け入れる。

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、なんで?」

「んー、だってつづみ、さみしそうだから。ここにいたらみんなとたのしいから」そう言って懸命に手を動かして作り上げた少しいびつな花冠を鼓の頭に載せて笑顔を向ける。寂しいなどという感情はとうに感じなくなっていたと思っていたのだが、気づかないように、無きものとしていたのかもしれない。無だと思っていた黒は単なる影で、僅かな光すら閉ざしていただけなのかもしれない。

「あとはねー、しるしともなかよくしてほしい」

 屈託ない笑顔で近寄ってくる希、恥ずかし気ではあるが自分の好きなものを差し出してみせる望と違って、瑞だけは鼓と一定の距離を保っていた。気づかれていたことに不甲斐なさまで感じる。鼓としてもどう接して良いのか分からないでいるのだが、希に言われたからにはなんとかせざるを得ないという心持ちになる。しばらく思案してから、離れたところで棒切れを振っている瑞に声をかけてみる。

「何やってるんだ?」

「……けんじゅつの練習」

「誰かに教わったのか」

「おとなたちのみてる。あと友だちとたたかいごっこ」

「俺が教えようか」

「にしきさんよりつよいの?」

「多分ね」

 天色の瞳がキラッと光った。幼いながらに恩義を感じているのか、彼の強さに憧れを抱いているのか、垣間見える子供らしさを見つけると微笑ましく感じる。

「好きにかかってきていいぞ」


 この2週間で錦の考えあぐねていることを聞いた。瑞についてだった。慣例上、里の子供たちは5歳から忍術の修行を開始する。それを果たして瑞にも適用させるべきかということについて、榮や幹部会で話し合いが続いているらしい。機密性の高い場の秘術を、やはり身元不明の子に伝える訳にはいかないのか、そう思うと心痛む思いがしたが、すぐに拭い去られることとなった。

「あいつはどうも、剣術の方に興味があるみたいでな。そっちをまず優先的に学ばせたほうがいいんじゃないかって話もしてる。ただ教えられる奴がいない」

 里では得物の修行ももちろんあるが、長刀を満足に扱える者がいない、ということだった。手練れ揃いの忍の里における「満足に」の基準が相当上であることは間違いないが、瑞にとっての最善の師とするには、錦の立場からすると十分ではないということなのだろう。どこまでも子供たちのことを考えている。鼓が思っている以上に、この夫婦が瑞を我が子同然に扱っていると感じられた。


 適当に拾った小枝は瑞の棒切れより短いが、瑞が全力で振り回すそれを見事に捌いている。

「なかなかやるなあ。想像以上だ」

 息ひとつ乱れていないばかりか、限界を迎えた小枝を咄嗟に拾って握り替える鼓と、一方で草の上で空を仰ぐ瑞。最初は声を上げて2人を応援していた希も、気づけば真剣に見入っている。父さんとつづみ、どっちがつよいんだろう──そんな疑問に駆られてもいた。

「あんたもな」

 よろけながら立ち上がり、向かって行っては転がされる。踏み込みが甘いだとか振りが大きすぎるとか、そんなことも言われている。

「のぞみー!」

「あ、のぞむ!おかえり!」

 両親に連れられた(のぞむ)が健診から戻ってきて、野原を見下ろす土手から叫んでいる。その声に棒を振っていた2人の動きも止まる。

「子守りご苦労さま。ありがとねー助かった。希もお留守番ありがと」

 抱きつく希の頭を撫でながら、(さかえ)が微笑む。お帰りなさいと近づく鼓の方にポンと手を置いた錦が「合格だな」と言った。何のことか分からず首を傾げていると、反対に錦がにかっと笑った。

「喜べ瑞!お前の剣術の師匠は鼓だ!」

 強くなれよ!と言い残して、望を抱えて先に家路につく。事態を呑み込めない鼓だったが、希と榮は「よかったねしるし!」「よろしくね」と口々に述べ、瑞を見ると「ぶったおす」とだけ返ってきた。誰も何も疑問に思わないのかと呆然としたが、一瞥をよこした錦の目の鋭さに、有無を言わせない状況だということは分かった。瑞も認めてくれたと受け取っても良さそうだ、ということも。

 師匠なんて照れくさいことこの上ないが、やるべきことがひとつ、鼓に課された日になった。


お読みいただきありがとうございました!


平和な、とても平和な回です。


そして回顧編ですが、ようやくまとまりまして、全13話(もしかしたら+1話)となりそうです。

そのため当エピソードは 4/13(4/14)となります。

既存の現代編よりも多くなってしまっていいのだろうか…とも思いつつ、現代編をしっかりと進めていくためにも…!


それではまた来週水曜日にご覧いただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです! 希、瑞、望、鼓、それぞれのキャラクター、関係ができていく様子が丁寧に描写されていて良かったです。 鼓の過去が少しずつわかるにつれてより鼓の魅力がましていきますね。 楽しませて…
Xの方から伺わせていただきました! あらすじからの印象で、忍者とか復讐とか剣術とか、そういった単語があり、血生臭い復讐劇になるのかなと想像しましたが(おそらく山田風太郎先生の影響です)、それよりはラ…
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