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【一話】乙川さんは転校生です。⑥

 鎌倉で一番賑やかな場所というと、どこだろう?いろいろ意見があるだろうけれど、僕はなんといっても鶴岡八幡宮の付近、鳥居のある若宮大路や小町通りだと思っている。のだけれど、学園からは江の島電鉄を使って、鎌倉駅まで出ないといけない。


 高浜学園の生徒はおおむね江の島電鉄を利用するので、鎌倉駅まで乗り継ぎなしの一本なのだが、写真部は反対の藤沢方面に帰る部員が多いのだ。


 そこで僕たちの撮影場所は、火曜日が学園施設の中、そうでなければ江ノ島や七里ヶ浜、金曜日には学園から徒歩十分ぐらいの距離にある鎌倉広町緑地とよばれる広大な公園としている。鎌倉駅まで遠征するのは、観光名所を訪れている人物を写したい時とか、本当に気分転換、つまり部員で遊びに行く時と決まっている。


 その日は火曜日だったのだけれど、僕たちはめずらしく鎌倉駅まで足をのばした。たぶん、僕に気をつかったのではないだろうか、仙道が提案したことなのである。昨日も集まった部員だけで学園内を歩き回っていたのだけれど、僕だけが一枚もシャッターを切らなかったことを彼は知っているのだ。


 その彼は今日ずっと僕の隣にいて、

「おい、陽太郎、あれはどうだ」とか、「あの人は相当な美人だぞ・・・・。でも勝手に撮るのはまずいよな・・・」とか、鎌倉の町を散策しながらも、色々と世話を焼いてくれている。


 仙道だってまだ写真を始めて一年だというのに、ありがたいことである。


 ところで、先日から僕がどうしてこんなに焦っているのかというと、もちろんコンクールの結果が芳しくなかったということもあるけれど、六月に控えた文化祭のことが頭の中にあるからだ。


 文化祭での写真部は、写真パネルを展示するのが毎年の恒例になっている。新入生が入学する4月から6月にかけて、つまり春から初夏までの季節をうつした写真を、部員ごとの成長記録として飾るのである。


 これがなかなか好評で、この展示物に感動して入部を決めてくれる新入生が毎年いる。それに、部のOBや外部の人も足を運んでくれて、去年卒業した先輩も来てくれることになっている。


 僕には撮りためていた月の写真が山ほどあるから、やむを得ない場合はその中から出来のよい複数枚を展示するしかなさそうなのだけれど、それでも最高傑作と思っていた一枚がコンクールを落選しているわけだから、すでにケチがついてしまっている。そんなものを展示してしまっては、毎日頑張ってくれている後輩に示しがつかない。


 なんとしても撮影のテーマを見つけなければ。文化祭のためだけじゃなくて、自分のためにも・・・。そう思って周辺に何か目を引くものがないか探していると仙道が、


「おい、あれ・・・」と、前方に指を向ける。


 そちらを見ると、有坂と芳沢がお団子を食べていて、小泉に自分たちを撮らせている。すぐ近くの学園に通っているというのにすっかり観光客気分だなと思うが、部活動中とはいえ、ここまで付き合ってくれているのだから、そう目くじらを立てることもないのでは。


 仙道にそう言うと、そっちじゃないという。


 では他に何かあるかと注意深く周囲を観察してみると、鎌倉駅の方向から五~六人ぐらいの女子の集団が歩いてきている。彼女たちは高浜学園の制服をきている生徒たちで、全員見知った顔、僕のクラスメイトたちだった。


 しかも、その集団の真ん中にいるのはあの転校生、乙川さんなのである。


 乙川さんと一緒に歩く女子たちは、確か校内の案内を行っていた子たちだと思うけれど、どうやらそのあと鎌倉にまで出てきたらしい。


 彼女たちの姿を一目見た僕は、昼休みの出来事もあり、脇道にでも退散しようと思った。

 けれど、折り悪く後輩たちが、

「汐留先輩! 仙道先輩! 一緒にお団子食べませんか!」といって、僕たちの名前を呼ぶのである。


 僕たちのいる小町通りは店の呼び込みもあるからそれなりに賑やかなのだけれど、たぶん有坂のと思われる溌剌な声は、まあまあよく通った。


 これはちょっと僕が奥ゆかしすぎるだけなのかもしれないが、僕はあんまり自分の名前を公共の場で呼ばれることは好きではない。といっても後輩を無視するわけにもいかないから、女子たちの方を心なしか窺いながら、有坂のところへ向かったのだった。


 案の定、女子たちは汐留という同級生の男子がいることに気が付いたようだったけれど、クラスでも目立たない男子がいたところで、わざわざ進んで話しかけようとする様子はなかった。まあ、自分で言うのも情けない話だが・・・。


 後輩の三人と合流した僕たちは、

「そのお団子、おいしいでしょ」

「汐留先輩は食べたことあるんですか?」

「そりゃあるよ。だって地元だもの」

 などといって会話していた。


 しかしそのうち小泉が、


「もしかしてあの人が、乙川先輩ですか?」


 と、僕の背後に視線を向けながら言ったのだ。


 それに目の色を変えたのは芳沢で、このよくわからない後輩は、急に椅子を立ち上がると、団子を咥えたまま、僕のほうへ駆け寄ってくる。


「誰、誰・・・!」


 そしてなぜか正面に立つ僕を壁にしながら、覗きこむように背後を観察しはじめるのである。


「よくわかったね、小泉」

 僕がそういうと、小泉は、

「まあ、やっぱり噂は本当でしたね」と顔を赤らめながら言うのだった。


「え、あの人・・・? うっそ! めっちゃかわいい! まどかも見てよ!!」と、芳沢がはしゃいでいたが、なぜか急に小声になって、「あの・・・汐留先輩、こっちのことすごく見てるみたいですけど・・・」と続ける。


「ん?」と僕が背後を見ると、先ほどの女子の集団は、通りのあんみつの出店のところで止まっていた。


 というより、どうやら先に乙川さんが足を止めたのだろう。女子たちは少し先に行っていて、不審げな様子で彼女を振り向いた姿勢で静止していたのである。


 その乙川さん、どうしてだか、じっと僕を見ていたらしい。


 なぜなら、振り返った僕としっかり目が合ったのである。


 僕は、どうしてこちらを見ているのだろう?と疑問に思いながらも、目線を切ることはできなかった。


 乙川さんの顔を真正面から捉えたことは初めてだったのだけれど、その端正な顔立ちにあらためて、みんなが騒ぎ立てるのもわかる気がするな、とぼんやり思っていた。


 でも、それだけじゃない。なんというか・・・。乙川さんの目はすごく優し気で、慈しみにあふれている。その目に写っている人のことを信じ切っているかのような、なんでも受けて入れてくれそうだと錯覚させてしまう、そんな目・・・。


 こういう目を、どこかで僕は見たことがある・・・。どこだっけ? と考えてみたけれど、ふと、仙道の家のペロに似ているのではないかと思いついた。


 乙川さんにはものすごく失礼な想像をしてしまっているけれども、ペロとは仙道の飼っているゴールドデン・レトリバー、つまり犬である。


 僕は仙道の家に遊びに行ったことがあるのだけれど、「ただいま」と、仙道が家のドアをあけたときにはすでにペロは玄関でしっぽを振ってお出迎えしてくれていて、たかだか学園へ行っていた間の数時間足らずの再会を、この上なく全身で喜んでいた様子だった。


 僕はそのとき、犬はいいなあと思ったものだけど、仙道が、

「犬はね、こっちの気持ちを二倍にも三倍にも返してくれる・・・。まさに天使だよ」


 と言っていて、そのとき足元で仙道を見上げていたペロのまなざしが、ふと乙川さんに重なったのだった。


 天使のまなざしか・・・。とわれながら恥ずかしいことを思いついてしまい、決まり悪くなった僕は乙川さんから目をそらした。時間にすると数秒足らずだったと思う。


 するとクラスの女子たちが、


「汐留じゃん、何してんの?」


 と、今気が付いたように話しかけてくれるけれど、「いや、部活でね」と首から提げていたカメラを持ち上げてみせる。


 女子たちはそれに、「ふーん」と返して、ついでかどうか、「がんば」といって去っていく。なぜだか後輩たちにも手を振っている。


 まあ、当たり前だけれど、ちょっと怖いだけで、悪い子たちではないのだ。

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