表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

【一話】乙川さんは転校生です。④

 写真部というのは別に、というか容易に想像できる通り、クラスで目立つ人間が入るような部活ではない。


 そもそも写真というのは学生の時分に大多数の人間が興味をもたない活動ジャンルであるからして、華の学生時代の情熱をそこに傾けようと考える人間はどちらかといえば変わり者なわけである。


 僕はそういう風に自覚しているところがあるが、つまり何がいいたいかというと、この乙川さんという転校生とはしばらく話す機会はないだろうな、ということだ。


 乙川さんはクラスで大変な人気者になってしまっていて、今朝方のホームルームが終わってから、ひっきりなしに誰かに話しかけられている。大体は女子なのだけれど、今もクラスの中でも目立つ男子から校舎の案内を買って出られている。


 乙川さんはといえば、内心はどうだか知らないが、いちいち愛想よく応対していて、それでいて校舎の案内などはすでに女子にやってもらえることになっているから、とうまく躱す。やはり角が立たないように断る術を心得ているのだろう。


 男子のほうも気を悪くするどころか、乙川さんと一言話せただけで満足している様子で、相原なんかは、


「さっき月子ちゃんから名前を呼んでもらえたぞ」と、無邪気に喜んでいる。


 まるで街頭サプライズで登場したアイドルとの撮影会か何かだな、と思うが、女子のほうが色めきたっている雰囲気なので、少しいきすぎた歓迎ムードといったところではないか。


 だが、いきすぎというのには些か早かったようであり、ちょっとした事件がおきたのは四時間目が終わって昼休みに入ったときだ。

 

 そのとき乙川さんはクラスの女子に囲まれて昼食をとっていた。


 乙川さんはそもそも昼食をとるつもりがなかったらしく、用意していたのはペットボトルの水だけだったのだが、女子たちがそれぞれ自分の弁当だったりパンを持ちより始めて、その結果乙川さんの前にはなんだかすごく品数の多い豪華な昼食が出来上がってしまった。


 乙川さんは遠慮がちにお礼の言葉を述べていて、それに対して面白いことに、女子たちが照れ笑いを浮かべているのだ。


 男子などはもう到底近づきがたい空気になっていて、乙川さんを中心に女子の机が寄り集まって大きな島を作っていたのだけれど、それがちょうど教室の中央なものだから、男子たちは隅っこのほうでもそもそと食事をとるしかない。


 いつもは鵜飼さんと机をあわせて昼を過ごす松戸も、この日ばかりは放っておかれていたみたいだが、それでも教室の外に出ていかないというのが、男子たちのせめてもの抵抗という感じがする。


 しばらくは概ねつつがない昼休みだったのだけれど、生徒のほとんどが昼食をとり終えたという頃、突然教室の扉が勢いよく開かれたのだ。


「月子さんはどこか!」


 と、大声をあげて教室に入ってきたのは、なかなかイケている男子生徒で、たぶん僕は見たことがない・・・と思ったら、隣にいた相原が、「あれは百瀬先輩だな、サッカー部の主将のさ。この学園で一番モテるって話だぜ」と僕に耳打ちしてくる。


 いきなりの闖入者に生徒たちは唖然としていたが、その百瀬という先輩は、特に気にした様子もなく、教室を見渡すと、ある地点で・・・まあ乙川さんのいる場所なのだろうけれども・・・視線をとめたと思いきや、「おぉ!」と奇声を発して後ろにのけ反っている。そして、なにやら胸を押さえて「うう・・・」とうなり始めるのだ。


 いちいち大げさな仕草をする人だな、と僕は思ったけれど、演劇部ではなくて、サッカー部であるらしい。こうした演技力は相手からファールをとるために鍛え上げられたものなのだろうかと、そんなどうでもいいことを考えていた僕のことはさておき、百瀬先輩は教室をつかつかと歩いていき、乙川さんの座っている机の正面に仁王立ちするのであった。


 そして、


「月子さん、君が好きだ!! 付きあってくれ!!」


 といきなりもいきなり、堂々と告白したのだった。


「ええ!?」と驚くのは教室にいたクラスメイトたちだったが、男子たちがざわつく前に、乙川さんが何か返答の口を開く前に、機敏に動き出したのは、なんと乙川さんの周囲に座っていた女子たちであった。


 女子たちは先ほどまでの和やかな空気から一転、いっせいに立ち上がって、乙川さんと百瀬先輩の間に割って入ると、

「あなた、なんなんですか?」と全員で先輩に詰め寄っていったのだ。


 そして、先輩に対して四方八方から、「あなたには相応しくないです!」とか、「乙川さんがかわいそう!」とか、「乙川さんは男になんて興味ないんです!」とか矢継ぎ早に言葉を浴びせかけ、しまいには先輩から乙川さんが見えなくなるよう完全にブロックしてしまったのだった。


「は?なんだよ。関係ないだろ」と先輩はもっともなことをいうのだが、女子たちは先輩のことをキッと睨みつけている。


 その迫力といったら凄まじいものであり、何しろクラスの半数、総勢15名ほどの女子が、一人の男子生徒を囲って、これから集団リンチでもはじめるのではないかという様相なのだ。


「え?え?」と、先輩は明らかに動揺してしまっていて、そりゃサッカー部の主将ともなればモテるのだろうし、女子からこんなに敵意を向けられた経験など初めてのことだったろう。ついに、「わかったよ・・・」といって、うな垂れたまま教室を出て行ってしまった。


 この光景に寒気がしたのはむしろ同じクラスメイトである男子生徒たちのほうであって、ただでさえ乙川さんには近寄りがたい空気があったのに、もう迂闊に話しかけることすら難しくなってしまった。なにしろ下手をうつと、教室中の女子を敵に回してしまうらしいのだから。


 そしてこの事件は瞬く間に学園中に広まってしまい、乙川さんは転校初日にして一躍有名人になってしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ