07.立ち位置は変わったけれども
俺とローザが付き合い始めた当初、批判的な声がないわけではなかった。
「なんであの子が」
「あまりにも図々しいんじゃないこと?」
「ユルゲンと釣り合っているとは思えない。いたって普通の子じゃない」
「どこがいいのかしら?」
特に、女生徒からのやっかむ声は多かった。
その中で、エリアスやライナー達は、一貫して、ローザを俺の恋人として扱った。
彼らがローザを認めたことで、外野は何も言えなくなっていった。
彼らが認めているのに、それを無視してローザを批判することは、彼らを批判していることと同じだからだ。
友人達の協力もあって、俺はなんとかローザを、学院内で公認の恋人にすることに成功した。
ローザと付き合うにあたり、2人の間で、いくつか決めたことがある。
ローザは、俺だけでなく、俺の友人たちにも呼び捨てで呼ぶこと。
口癖になっている、「わたしなんか」と言う言葉は厳禁だ。
嫌なことは嫌だと言う。
やってもらいたいこともはっきり言う。
俺が嫌になったら、我慢せず隠さずに言うこと。
そして、それは俺も同じ。
ただ、とりあえず、卒業まではなるべく添い遂げるように、お互い努力しようということ。
添い遂げる、という言い方はおかしいかもしれないが。
「お前は別になにも試されてなんかいない」
最初の頃、俺は、怖気づいているローザに何回も言った。
「あいつらを見てみろ。側近に見えるか?・・・いつだって、やりたい放題だろ」
「自分の好きなようにしてろよ」
誰かにローザが何か言われて、落ち込んでいる時は励ました。
「ふさわしいとか、ふさわしくないとか、考えるな」
「俺もポンコツだし」
俺もポンコツ・・・こんなセリフはローザ以外には絶対言わない。
将来のことは棚上げしていたが、俺だって、全然考えていなかったわけじゃない。
「お妃教育とか、気にしなくていいから」
「お、お、お妃教育!?」
「・・・ああ、考えてないんだったら、いいや。まだ早いしな」
「卒業してから、ゆっくり考えよう」
「俺、婚約者を決めるは卒業してからって願い出ている・・・あと2年もあるし」
「こ、こ、婚約者って・・・む、無理です・・・わたしなんかが」
「わたしなんかが?」
「あっ」
「今決めつける必要はないだろう。その時、無理だと思ったらそう言えよ」
後から思えば、この頃は随分、俺は、上から目線のセリフを吐いていたーーーー。
★★★
今日は木曜日。
2限目に、1年最後の地学の授業がある。
「おはよう、ユルゲン」
教室に入ると、ローザはすでに自分の席に座っていた。
ゆるくカールしたブラウンの髪をなびかせて、俺に微笑みかけてくれる。
「お、おはよう」
俺は、幸せを噛みしめながら自分の席に着席する。
「おはようローザ」
ライナーが馴れ馴れしくローザの肩に手をかける。
「おはよう。ライナー」
俺のローザが、ライナーにまで微笑みかける。
「おいライナー、お前ふざけるな」
俺は席を立とうとする。
「まあまあ・・・。ライナー、朝っぱらから、からかうなよ、ユルゲンを」
ゴッドハルトが俺を押しとどめる。
「挨拶くらいいいじゃん。心が狭いな」
「手をどけろ。そしてさっさと自分の席に行け」と、俺。
この前「最近、可愛くなったよな」とローザを褒めたライナーを、俺はずっと警戒している。
ローザが垢抜けたのは、本当だ。
あんなに存在感がなく、目立たなかったくせに、今では人の目を引く存在になっている。
付き合って半年。
ローザは、大人びた雰囲気をまとうようになった。
2人の間で、最初はあれほど揉めたキスも、今では何回もしている。
回数が増えるたびに、ローザは落ち着きを取り戻し、俺は逆にどんどん落ち着かなくなってきていた。
今となっては、ローザが、1年前、あんなに俺にドキドキしていてくれていたなんて、夢の中での出来事のようだった。
授業の終盤、プリントが配られた。
俺は、後ろをふり向いて、前から回ってきたプリントをローザに渡す。
俺の爪とローザの爪がぶつかった。
ローザが、蜂蜜色の瞳を瞬かせる。
「・・・ッ。ごめん、わざとじゃない」
俺は思わず手を離してしまった。
あっという間にプリントが床に散らばる。
ローザが、かがんで拾ってくれる。
「どうしたの」
ローザは俺の顔をのぞき込んでくる。
「・・・ありがとう」
俺は視線を反らしてお礼を言った。
最近は、時々、ローザが眩しくて見れない。
★★★
その日の放課後、俺は、地学の教師に呼び出された。
地学の教師は、年配の男性だ。
「ユルゲン・・・いや、王太子殿下、私の言いたいことは分かっていますね」
「・・・はい、すみません、先生」
「なぜこの1年で、これほど地学の成績が下がったのでしょうか」
「・・・・・・」
「ちなみにローザは全然成績は下がっていない。殿下、あなただけです」
「・・・・・・」
「私の言いたいことはわかりますね。殿下、もっとしっかりしていただかなければなりません」
「・・・反省しています」と、俺は頭を下げた。
「来年は、必ず巻き返しますので」
★★★
「どうだった?」
俺を待っていたローザが心配そうにたずねる。
「何を言われたの?」
「え、ああ、俺が浮ついているって注意受けただけだ・・・がんばらないといけないな」
「そっか」
ローザが、当たり前のように手を絡めてくる。
「ッ・・・」
俺は全然慣れない。
なんでこいつは平気なんだろう。悔しくて、少し腹が立つ。
「?・・・どうかした?」
「いや・・・なあ今度の休みの日、ピクニック行こうぜ」
「え、ええ、いいけど・・・もしかして2人で?」
「当たり前だろ。まあ、護衛はつくけどさ」
「郊外にある公園なんだけど、いい場所知っているんだ。俺は昼寝するつもりだから、何か暇つぶしに本持ってきなよ」
「昼寝しに行くの?ピクニックに?」
「そうだよ」
「お昼寝だったら、王宮でもできるんじゃ・・・」
「そこじゃお前の膝枕で寝られないだろ。人目もあって、落ち着かないしさ」
「膝枕!?」
ローザが赤くなって、それから、ふふっと笑った。
握った手に少し力を入れてきた。
腕と腕が触れ合っている。
「じゃ、私もお昼寝するから、交代で膝枕しよう」
「は?交代で?」
「うん」
(俺が、ローザに膝枕・・・悪くない・・・全然悪くない)
そんなこと今まで考えたこともなかった。
ーーーー前に1人で見た夢より、その方がずっといい。
「・・・お前のこと、本当に好きだ」
「なあに?何か言った?」
「いや、なんでもない」
俺はローザに微笑んだ。
日差しが明るくて、ローザの顔も明るく見える。
週末が楽しみだった。