06.親友として検分してみた
ローザは、次の日髪を切ってきた。
ブラウンの髪をショートボブにして、カールをかけているーーーー可愛すぎる。
しかし、俺は恐ろしくて、その意味を考えることができない。
このタイミングで髪を切るってどういうことだろう。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
近くの席の女子が、心配そうに俺の顔をのぞき込む。
今日は色々なやつに同じことを言われている。
「・・・大丈夫だよ。寝不足なんだ・・・」
昨夜は、あんまりよく眠れなくて、俺は本当に寝不足だった。
★★★
「おい、ユルゲン」
昼下がり、政治学の授業中、眠気をなんとか覚まそうとしている時だった。
隣の席のゴットハルトが小さく声をかけてきた。
「なに?」
「ローザさ、ピアスしてない?金色の」
ローザの席は窓際で、俺から遠い。
俺の席から斜め前だが、ずっと遠くだ。
だけど俺は視力がいい。
ローザの耳元をじっと見た。
たしかに陽の光に反射して、何かが金色に光っている。
体を傾けて、目を凝らしてみた。
たしかにピアスだ。金色の。
「昨日までしていなかったよね」
ゴットハルトがささやく。
金色のピアスーーーー金は俺の目の色だ。
気付いた時、俺は心臓が苦しくてたまらなくなった。
この国では、想う相手の瞳や髪の色を身にまとう文化がある。
特に宝飾品にして身につけることが多い。
ゴットハルトに言われてから、ローザが気になって、先生の言葉が耳に入ってこない。
授業中なのに、金色のピアスを何度も見てしまう。
(あの金色は・・・俺だよね?)
(どう考えても、俺と関係してるよね?)
(いや、それとも偶然なのか)
「ユルゲン・・・ユルゲン・・・」
「おい、先生に呼ばれているぞ」
ゴットハルトが横から小突く。
「気になる女の子がいるのは分かるが、授業中は集中しなさい。・・・君にしては珍しいね」
「・・・すみません」
★★★
「ローザのことだけどさ・・・」
その日の帰り際だった。
俺のところにエリアスがやってきて言った。
「仮にもユルゲンの恋人候補だ。あんまり気が進まないが、僕が検分しなくては」
「は?検分?」
(こいつは一体何をする気なんだろう)
「エリアス・・・お前、なに大げさに言っているんだよ」
ライナーも怪訝な顔をして言った。
エリアスは何事につけても慎重派で、どちらかというと腰が重い。
だけど、一旦動くと、行動が早い。しかも事態が大ごとになる傾向がある。
言うならば、ついに山が動いた!みたいな感じになる。
ちなみにこいつは、俺の友人たちの中でも、国王の信任が一番厚い。
時々、王宮に、学院生活を報告しに行っているのを俺は知っている。
そのエリアスが動くという。
嫌な予感しかしない。
「一体何をするつもりなんだ。気が進まないんだろ。やめろよ」
俺はけっこう必死に言う。
「自分でなんとかするから、ほっといてくれよ」
「そんな訳にはいかない・・・まあ、任せてくれ」
エリアスが微笑む。
(いやだーーーー)
止める間もなく、エリアスが席を立つ。
あっという間に、エリアスはローザのところに行ってしまった。
エリアスはローザに声をかけている。
「ちょっといいかな。ごめんね、急に声をかけて」
「君に少し頼みたいことがあるんだ。そうだな・・・明日の夕方、教室に残ってくれない?」
★★★
ーーーー次の日の夕方。
俺も一緒に教室に残りたかったんだが、エリアスは迫力のある笑顔を見せて言った。
「僕に任せてくれと言ったろう?」
「・・・分かったよ・・・だけどローザに変なこと言うなよ」
「もちろんだよ。ユルゲンに悪いようにするはずないだろう」
ウソくさい・・・
心残りしかないが、俺は、他の友人たちとともに教室を出た。
教室に誰もいなくなると、エリアスは読んでいた本を閉じた。
立ち上がって、ローザの席に近づく。
「時間取らせて悪かった。急にごめんね。」
「いいえ。頼みたいことって、なんでしょう」
「来月、馬術大会があるよね。」
「え、ええ」
「選手で僕が選ばれているの、知ってる?」
「ええ、知ってます」
「うちのクラスは、ライナーとユルゲンも選ばれているけれど・・・応援してくれないかな。僕を」
エリアスがローザの手にそっと触れる。
ローザはあっけにとられて、呆然としている。
よく知られているように、エリアスはこんなことをする性格ではない。
「ユルゲンじゃなくて僕を。君に応援してもらいたいんだ。前から気になっていた」
ローザはエリアスの顔を見た。
冗談を言っているようには見えない。
エリアスは真剣な顔をしている。
「?・・・でも、エリアスさまは、クラウディアさまと・・・」
「エリアスでいいよ。クラウディアは表面上の付き合いだけだ。政略結婚だし」
「・・・」
「黙っていたら分からない。僕のこと応援してくれないのかな」
「・・・クラウディアさまがいらっしゃいますし、わたしは・・・」
「・・・わたしは?」
エリアスが促す。
「・・・・・・ご、ごめんなさい」
「そっか」
エリアスはあっさり引き下がる。そして、たずねた。
「・・・君はユルゲンのことが好きなの?」
「・・・・・・」
「黙っていたら分からない」
「・・・わたしなんかが・・・釣り合うわけないし・・・」
ローザは真っ赤になって、涙ぐんだきり、黙り込んでしまった。
エリアスは辛抱強く待っている。
長い沈黙の後、エリアスはため息をついた。
「あのさあ、君、ビビりすぎだよ。・・・ユルゲンのことが好きですってはっきり言えよ」
「そんなに自分に自信がないようでは、ユルゲンに近づけるわけにはいかないな」
うつむいているローザの肩が震えている。
「たとえ、あいつが君を好きでも・・・君は彼の足を引っ張ることしかできないからね」
ローザは涙で歪んだ顔を上げる。
その顔を見て、エリアスは少し笑った。
「ユルゲンに見せてやりたいな。そんなに好きなら、君も覚悟を決めろよ」
★★★
「・・・というわけだ・・・僕はローザがユルゲンの恋人になるのは、ありだと思っている」
エリアスが歩きながら言う。
「もちろん、もっと彼女には自信をつけて欲しいし、改善して欲しい点はあるけれど」
俺たちは今、次の馬術の授業に向けて移動している最中だ。
授業が行われる馬場は、学院内の敷地の片隅にあり、校舎からは遠かった。
歩きながら、エリアスは昨日の経緯を仲間たちに報告していた。
「俺もその場に居たかったな」と、俺は言った。
すすり泣いたローザを、俺がその場で慰めたかった。
「ユルゲンがその場に居たら、意味ないだろ」と、ゴットハルトが言う。
「エリアスは、ローザの気持ちを確かめたかったんだよね?第三者として」
「まあね」と、エリアスが答えた。
「だけどさ、お前のクラウディア嬢は大丈夫なのか?」
ルーカスがエリアスに聞いた。
たとえ芝居だったとしても、エリアスがローザの手を握りしめたのは事実だ。
万が一、誰かに見られたり、変に言いふらされて、まずい立場になったりしないだろうか。
「昨日、事前にクラウディアには説明しておいた。キスを10回したら許してくれた」
「・・・・あ、そう」と、ルーカスが横を向いた。
「ヨカッタデスネ」
ゴットハルトは棒読みだ。
「くそ、つまらんな。何か面白いことないかな・・・」
ライナーは小石を蹴り飛ばしている。
「10回もか・・・」俺はつぶやいた。