05.言葉で伝わらないのなら
あの「中庭事件」ーーと、今では学院内では呼ばれていたーー以降、俺とローザの間は、ギクシャクするばかりで、何も進展がなかった。
1ヶ月経ったが、まともに口もきけていない。
俺は考えていた。
ローザにはっきりと好意を伝えるには、どうしたらいいんだろう。
あの日の放課後の会話を聞かれた以上、何を言っても、伝わらない気がしていた。
どれだけ考えても打つ手が見つからなくて、俺は仕方なく、いつもの4人に相談した。
「いつ、相談してくれるのかと思ってた」
エリアスが微笑んで言う。
「・・・・・・」
「いや、お前、もう言葉では伝わんないでしょ。何言ったって嘘くさいだけだよ」
ライナーが言う。
「言葉じゃダメだ。行動するしかない」
「行動ってなんだよ・・・どう行動するんだよ」
俺は困惑する。
「もうキスしてしまえばいいんだよ。なんならそれ以上も」とライナー。
「キ、キス?」
「そ、それ以上って・・・」
「できないの?好きなんでしょ?」とゴットハルト。
(ゴットハルトーーーお前はなんで、こんなに偉そうなんだよ)
(たしかに女友達は多いが、お前に恋人はいないだろ)
「しょうがないな。俺が見本を見せてやろうか・・・高くつくぞ」
ライナーが仕方ないな、と言うように、舌打ちする。
「見本って、一体誰とするんだよ」
エリアスが顔を上げて聞く。
「その辺の女の子にだよ」
ライナーが答えた。
「いやいやいや、ダメだろ。お前にそんなこと誰も頼んでない」
俺はうんざりして言う。
「媚薬なら作ってやろうか」
ルーカスが横から、口を出した。
「媚薬だと!?要るわけないだろ!何考えてるんだよ、お前は。ややこしいことを言い出すな!」
結局、ライナーが俺に、キスに持ち込む方法をレクチャーしてくれた。
あまりに自信たっぷりなので、俺は黙って聞いている。
不安がないといえば嘘になるが、他に方法が考えつかない。
「止めなくていいのか」
ルーカスが、エリアスに耳打ちをした。
「どう見ても暴走しすぎだろ」
「俺じゃユルゲンを止められないよ」
エリアスが天を仰ぐ。
「俺は今まで、あいつには、弱点なんてないと思っていたけどさ」
エリアスはしみじみと言った。
「ローザはあいつの弱点だな」
★★★
数日後、放課後になるのを待って、俺はローザを学院の裏庭に呼び出した。
裏庭には、背の高いコスモスに囲まれた窪地がある。
そこには、馬にまたがり、槍を構えた騎士の銅像が建てられていた。
俺はローザを、その銅像の裏側に連れて行った。
ここは周囲からの死角になっている。
ここなら周りから見られない。
ローザは可哀想なくらい、緊張していた。
俺も緊張している。
銅像の騎士は、今にも槍を投げようとしているかのようだ。
(・・・騎士よ、俺にも力を貸してくれ)
俺は拳を握りしめ、ローザに向き合った。
「いや、別に用事ってほどでもないんだけどさ」
俺は、精一杯落ち着いた声で言った。
「え?」
ローザは訳がわからないという顔をしている。
そうだろうな。
俺だって訳が分からなくなりそうだ。
(くそっ、なんでこんなに緊張するんだよ)
(と、とにかくライナーが教えてくれた通りにしなければ)
手が震えてくる。
あいつはなんでこんなことが平気にできるんだろう・・・同い年なのに。
ローザの顔が見れない。
俺はうつむいたまま、ローザの腕をそっと触った。
ローザの身体がビクッと動く。
(そんなにびっくりしないでほしい・・・お願いだ)
俺は手に力を込める。
そして、そのままグッと引き寄せてみる。
「!!」
ローザの耳が真っ赤だ。
とりあえず抱きしめてみる。
緊張して死にそうだ・・・もう、これで勘弁してほしい・・・
「い、痛い・・・」
「あ、ごめん」
力が入り過ぎてしまったようだった。
力を緩めると、少し二人の間に距離ができた。
ローザの顔が目の前にあった。
顔が真っ赤で、目が潤んでいる。
俺は、何も考えられず、とっさに、右手をローザの左頬に添えた。
そして少しかがんで、そっと口付けてみた。
バチン!!
ーーー大きな音とともに、いきなり顔に衝撃が走った。
視界が一瞬ぶれる。
頬が痛い。
耳がジーンとする。
「ご、ごめん・・・」
とりあえず、謝る。
ーーーー何も考えられない。
ーーーー俺は今、頬をぶたれたんだよな・・・
目の前では、真っ赤になって、ローザが、半泣きになっている。
「・・・からかって、楽しい?」
(ちがう!!!)
「か、からかってなんかいない・・・最初はそうだったけど。今は違う」
ローザが泣き出した。
「言葉じゃ伝わらないと思って・・・悪かった」
(ーーーー最悪だ)
(何が間違いないだよ・・・ライナーを処刑したい・・・)
俺はローザが泣き止むまで、その身体を引き寄せていた。
抱きしめたかったが、拒否されそうで、怖くてできなかった。
ただ、間近で手だけを握って、「ごめん」、「からかってなんかいない」と繰り返した。
どのくらい時が経ったのだろう。
ローザの涙が止まった。
少し、落ち着いたように見える。
俺は、彼女の手を包んで、精一杯の誠意を込めて言った。
「・・・ごめん・・・急に・・・俺は、からかってなんかいない」
冗談半分に、いたずらでやった、と思われることだけは嫌だった。
(絶対に誤解されたくない。俺は本気なのに・・・どうしたら伝わるんだ!)
ローザに誤解されたくなければーーーーはっきり言うしかなかった。
「君が好きなんだ」
ローザは呆然としていた。
半信半疑なのか、俺の顔を長いこと見ていた。
しばらくしてローザが小さな声で言った。
「・・・叩いてごめん」
「いや、全然君は悪くない。謝らないでくれ。ごめん、俺のせいだよ・・・」
(俺はなんでこんなにカッコ悪いんだろう・・・死にたい)
俺は、ローザの手を引いて、正面玄関の近くの車寄せまで送って行った。
その間、僕らは何も口をきかなかった。
彼女が馬車に乗り込むときも、お互いに、ろくな挨拶ができなかった。
「じゃあ」とか、何とか俺は、もごもご言っただけだった。
こんな風になるはずじゃなかった。
(・・・全然うまくいかなかった・・・)
★★★
ローザを送って行ったあと、俺は教室に戻った。
俺は、待っていた四人を厳しい言葉で糾弾したーーーーどう考えてもお前らのせいだよね?
しかし、誰も何も反省しなかった。
「お前のやり方が下手すぎなんだ」
「一体、どうやったらそんな風になるんだよ」
「一言もなしに、いきなりとか、何考えてんだ」
「キスを練習しろ」
野次ばかりだ。
こいつらは、本当に俺の側近候補なんだろうか。
「・・・何、みんな大喜びしてるんだよ・・・なんでそんなに嬉しそうなんだ・・・」
そして本当に友達なんだろうか。
「お前、キス下手だったんじゃないの。俺らが練習相手を見つけてきてやる」
ライナーは無駄に張り切っている。
「もうその手には乗らん!ライナー、お前、喜びすぎなんだよ。お前、戦犯だぞ。分かってんのか」
「しょうがないな。仲間内で練習するしかないのか。ライナーは責任取って、最初だな。ユルゲンと・・・」
ルーカスが信じられないことを言う。
「アホか・・・殺すぞ」
さすがに、ライナーは殺気をにじませる。
「何言ってんの、お前」
ゴットハルトはドン引きしている。
「お前1人で練習相手になれよ」
普段、温厚なエリアスもマジギレだ。
もちろん、練習自体、俺は却下なんだが。
もう答える気力もない。
「絶対嫌われた・・・」
「分かんないでしょ、まだ」
ゴットハルトが、いつものように適当に慰めてくれる。
「ま、そういうこともあるよ」
(エリアスまで・・・どうでもいい感じで言うなよ)
疲れ切ったにも関わらず、俺は、その晩は、なかなか寝付けなかった。