03.ちょっと報復するだけのつもりだった
俺はそのうち、ローザを見るたびにイライラするようになっていた。
俺にしては珍しい。
多分、こんなに女の子にイラつくことは初めてだと思う。
ローザと俺は同じクラスだが、通常クラスでは、全く接点はない。
友人も違えば、席も遠い。
地学の移動教室の時だけ、ローザは、俺のすぐ後ろの席になる。
地学の授業は週に2回もあった。
月曜日と、木曜日ーーーー俺は、地学の授業に行くのに気が重かった。
俺がいくら嫌だと思っても、地学の時間だけは、ローザは俺のすぐ真後ろだ。
前から配られるプリントを渡すたびに、ローザが緊張しているのが分かる。
背後から見つめられている気配が、常にした。
ーーーー本人は気づいてないと思っているのかもしれないが。
(お前みたいなのが、俺のことを好きになるなんて分不相応すぎだろ)
(そんな感情を持たないように我慢するべきだし、せめて俺には隠すべきだろ)
(近くにいないで欲しいし、そんな目でこちらを見ないで欲しい)
なんだか侮辱されたようで、気分が悪い。
俺はローザに報復をすることにした。
★★★
俺には気安い女友達が何人かいる。
そのうちの1人がヘンリエッタだ。
ヘンリエッタはライナーの遠縁にあたる。
性格もライナーに似ていて、ノリが良くて後腐れがない。
さっぱりした性格だ。
彼女は本当は年上好きで、イケオジにしか興味がない。
彼女自身が、以前、俺にそう教えてくれた。
ーーーー「だから、同級生はみんなお子様に見えるの」って。
そのヘンリエッタと、ローザの前でいちゃついてみせる。
俺はわざわざローザの近くにヘンリエッタを誘導した。
ヘンリエッタのカールした髪に、手を触れる。
「いい匂いだな。髪には何を使っているんだよ」
俺は、自分の手をクシがわりにして、ヘンリエッタのブロンズ色の髪をゆっくりとすいてみた。
俺は普段、女の子相手にふざけることはあっても、ボディタッチはまずしない。
ざわざわしていた教室が急に静かになる。
周りは凍りついている。
「ふふっ、なんだか分かる?当ててみてよ」
勘のいいヘンリエッタは、こういう時は、神だ。
きっちり、俺に合わせてくる。
俺はローザの視線を意識しながら言った。
「なんだろう。柑橘系かな。お前みたいなカールした髪、いいね」
ローザはストレートのボブだ。
「ユルゲンに褒められるなんて、光栄だわ!わたしの魅力にやっと気づいたの?」
ローザは左目でウインクをして、片手を腰に当てて女優ポーズを決める。
こんなイタい仕草、他の女子ならアウトなんだろうが、派手な美人のヘンリエッタは、様になっていた。
俺は貴公子らしい微笑みを浮かべると、ヘンリエッタの髪をそっと自分の頰に充てた。
「ああ、そうだよ・・・参っちゃうな」
ヘンリエッタが俺にグッと顔を近づけて、俺にしか聞き取れない声でささやいた。
「ねえ、ユルゲン、あなた何企んでるのよ」
「何にも聞くな」
俺は目でヘンリエッタを牽制する。
しばらくすると、女子たちの間で、カールした髪が流行りだした。
俺にはどうでもよかった。
ローザはストレートのままだった。
★★★
地学の時間では、時々、急に後ろを振り向いてローザに声を掛けてみた。
ローザがいつも俺の後ろで、好きなだけ俺を凝視していることは分かっている。
やられっぱなしは嫌だった。
「宿題どこまでだったっけ」
ローザの机に身を乗り出して、わざと顔を近づける。
あと数センチで前髪と前髪がつきそうだ。
俺は意地悪な気持ちでいっぱいだった。
「ええと・・・・xxx」
「何?ごめん、何言っているのか、聞こえない」
ローザが教科書をめくって、宿題の該当箇所を俺に教えようとする。
手は震えていて、ページがうまくめくれない。
ローザの顔が真っ赤だ。
俺は、わざと気がつかないふりをして、自分の腕を、ローザの震える手に押し当てる。
ローザの眉毛が下がって、蜂蜜色の目は涙目だ。
「どうしたの?・・・なんで泣いているの?」
完全にすっとぼけて、驚いたように聞く。
「な、なんでもない・・・」
自分が最低なことをしているという自覚はある。
最初は1、2回嫌がらせをして終わりにするつもりだった。
だけど、終わりにできなかった。
ローザを見ると、いつもイラつく自分を止められない。
そして、ローザの涙ぐんだ蜂蜜色の目を至近距離で見るのがたまらなかった。
気がついたら、席が近くなる日には、毎回ローザをいびるようになっていた。
★★★
「ねえ、まさか、ユルゲンは、ローザが好きなの?」
ゴットハルトの声に心臓が跳ね上がる。
(なんでそんな質問するんだよ)
放課後の教室。
ここに残っているのは俺たちだけだ。
四人の顔が一斉にこっちを見た。
「はっ、そんなわけないだろ、なあ」
俺が答える前に、断定的な口調でルーカスが言う。
「・・・・・・ああ」
俺はやっとの事で声を出す。
魔術オタクのルーカスは、恋愛経験が全くない。
モテないわけではないんだろうが、本人にその気が全くない。
そのルーカスに自信満々に言われても。
エリアスとライナーは、複雑な表情をしながら黙って俺を見ている。
「あの子・・・なんだか大人しそうな子だよね」
ゴットハルトは俺の顔を見ながら言う。
「ユルゲンにはふさわしくないと思うんだけど」
「家柄も大したことないし・・・」
「ああ、そうだな」
「もっと可愛い子たくさんいるだろ」と、ライナーも言う。
(そんなことわかってる)
「クラウディアみたいな女性がいいと思う。ユルゲンには。クラウディアはダメだが」と、エリアス。
エリアスは婚約者のクラウディア一筋だ。
公爵家嫡男のエリアスに侯爵令嬢のクラウディア。
美男美女で優等生タイプの彼らは、学院でもっとも憧れられているカップルだった。
エリアスの言う通り、学院の中には、他にも上流貴族の令嬢が何人もいる。
ローザより、洗練されている子ばかりだ。
だけど俺は、全然興味が持てない。
4人と言葉を交わしていく中で、俺はだんだん追い詰められていくような気分になった。
俺はたしかにローザのことが気になっている。
気になり過ぎているくらいだ。
なんでなんだろう。
俺は、もしかして、もしかすると、ローザのことが・・・。
(俺が・・・よりによってローザを・・・あり得ないだろ・・・認めたくない)
ローザは俺のことが好きだ。それは間違いない。
自信がある。
俺さえその気になれば、ローザは俺のものだろう。
だが、しかし。
俺もローザを好き・・・だと?
そんなことがあっていいはずがない。
自分でも驚くくらい、乱暴な言葉づかいが口から出た。
「あのなあ。俺があんな地味女、好きなわけないだろ。向こうが意識しすぎるから、からかっているだけだ」
「あいつは見ているだけで、イライラするんだよ」
バタンッと教室の片隅で物音がした。
(・・・いたのかよ)
頭が真っ白になる。
存在感がないのもいい加減にしろ。
ローザは黙って教室を出て行った。




