04.舞踏会
舞踏会の会場には、招待状を見せると問題なく入ることができた。
初めての煌びやかな世界。
夏の夜の風は、ホールに涼やかな空気を送ってくれている。
敷き詰められた大理石は磨き上げられているからか、ピカピカに輝いて見えて。
豪華なシャンデリアに優美な人々。王家専属の楽団が優しい音色を奏でている。
なのに。
「あなた……まさか、ヴェリシア……!?」
真っ先にニコレット様に見つかってしまった。
見かけがかなり変わっていたから、バレないだろうと思っていたけど……甘かった。
ニコレット様の顔が驚愕から侮蔑に変わる。
「どうやってドレスを手に入れたのかしら。あなたのような貧乏人に、買えるわけないのにねぇ」
ニコレット様の言葉を合図に、私は取り巻きの令嬢に次々と囲まれた。
どうしていつもこうなるの……?
私は贈ってくれたドレス姿をレンドール様に見てもらいたいだけなのに。
「嫌だわ、ドレスを盗んだのね!」
「この犯罪者!」
「脱がしてあげるわ、さっさと来なさい!」
「そもそもここはあなたのような者が来られるようなところじゃないのよ!」
私はホールから連れ出されると、控室のようなところに放り込まれた。
どんっと尻餅をついて、ドレスが汚れては大変だとすぐに立ち上がる。
「相変わらず生意気な女ね!」
「王子様があんたなんかを選ぶわけないっていうのに、そんなに着飾って馬鹿じゃないの?」
「似合ってないのよ! 私がもらってあげるわ!」
「化粧なんかして美人にでもなったつもり? 元が悪ければなにしても意味ないのよ! 自覚しなさい、ブス!」
痛い。
痛い痛い痛い。
心にナイフがグサグサと突き刺さる。
でも。
後ろで手を出すことをせず、私を見下しているニコレット様を見ていると怒りが湧いてきた。
せっかくレンドール様とセラフィーナが綺麗にしてくれたのに。
黙ってやられているだけなんて、私が自分を許せない!
私は掴まれている腕を、振り払うようにぶんぶんと動かした。
「やめなさい!」
「抵抗する気!?」
「生意気なのよ!!」
容赦のない罵倒と暴力。
でももう、屈したくなんかない!
「離してっ!!」
思いっきり力を入れると、私の手は令嬢たちにバチンと当たる。
「きゃっ!」
「痛ぁい!」
「暴力を振るうなんて、最低な女ね!!」
どの口が言うのかと怒りに震えながら、懸命に抵抗した。
でもドレスが引きちぎられそうになって守ろうとすると、いつものようになにもできなくなってしまう。
「早く脱ぎなさいよ、このドレス!」
「あんたなんか、身の丈に合ったボロ雑巾でもまとってればいいの!」
「灰かぶりにこんな高級なものは似合わないって言ってるのよ!」
悔しい。
でも絶対にこの服は脱がないし破らせない。
それさえできれば、私の勝ちよ……!
「この女、いい加減に……っ」
「なにをしている!」
冷徹なナイフのように鋭い声が飛び込んできて、私を囲んでいた令嬢たちがぱっと一瞬で離れた。
この声は……レンドール様。
痛みをこらえながら見上げると、冷徹プリンスの氷のような目が令嬢たちに向けられている。
「王子殿下ぁ!」
「助けに来てくれましたのね!」
「この女が、いきなり暴力を振るってきましたの!」
「わたくしなんて顔を! ほら、赤くなっていますでしょう?!」
きゃぴきゃぴと甘えた声を上げながら、レンドール様を取り囲んでいる。
反撃が裏目に出てしまったと、私はレンドール様の顔を見られずに俯いた。
「どういう状況か説明しろ、ニコレット」
「彼女たちの言った通りですわ。わたくしたちはヴェリシアの髪が乱れていたので直してあげようとしたのだけど、彼女が嫌だといきなり騒ぎだして。暴力を働いたんですのよ、怖いわ」
睨むレンドール様に、ニコレット様は飄々と答えている。
「嫌だというものを無理やり直す必要はないだろう」
「淑女として、髪の乱れは放っておけませんもの。良かれと思ってやったというのに、レンドール様はいけないとおっしゃるのですか?」
「そうなんですぅ」
「私たちぃ、ヴェリシアのためを思ってぇ」
「それなのに暴力を振るわれて……ひっく」
「本当に痛かったですわ……っうう」
今すぐ全員を殴りたい。
でもそんなことをすれば、彼女らはますます喜んで私を非難するだけだ。
信じないで、レン様。
願いながら、私はぎゅっと手を握る。
「わかった」
レンドール様の言葉に、わっと喜びの声を上げる令嬢たち。
私はぐっと奥歯を噛み締めた。
なにを期待していたんだろう。
レンドール様と仲良くなれたって、勝手に思って。きっと、彼女たちよりも私を信じてくれるって……。
でも、全部ただの思い上がりでしかなかったんだ。
そう思うと、喉から嗚咽が漏れそうになり、私は必死で耐えた。
「処分は追って下す。全員ホールに戻るがいい。直に舞踏会が始まる」
「わかりましたわ」
ニコレット様たちは勝ち誇った表情で、悠々と部屋を出ていった。
私はショックが大きすぎたのか、立とうと思ってもうまく立ち上がれない。
「大丈夫か、ヴェシィ」
「レン様……どうして、ここに?」
「この者たちに聞いた。ヴェシィについてきていたんだろう」
レンドール様の懐から、チュチュッと二匹のネズミが出てきて、《大丈夫かー!》《ひどい奴らだー!》とぷりぷり怒っている。
「ありがとう、ネズミさんたち……」
「いつもこんな目に遭っていたのか……」
「いえ、こんなに酷いのは初めてで……いつもは抵抗しないから、大したことはないんです」
レンドール様に差し伸べられた手を、私はいつものようにとる。
ゆっくりと引っ張り上げられ、最後には腰を抱えるようにして起こしてくれた。
視線を上向けると、レンドール様の顔がすごく近いところにあってドキリとする。
「あの……私を信じてくれるんですか?」
「ああ、ヴェシィは理由もなく人を傷つけたりはしないだろう。それに、ここには証人……いや、証鼠がいる。残念ながら、俺にしかわからない証言ではあるが」
《俺たち見たぞー!》
《複数でヴェシィを殴ったんだよー!》
「……痛かっただろう、ヴェシィ……」
レンドール様の腕が、私の背中に回される。
私、抱きしめられてる……?
顔が熱い。どうしてこんなことをしてくれているのかわからず、困惑してしまう。
「あの、だ、大丈夫、ですから……」
「ああ、すまない。つい」
落ち着いた声でさっと離れてくれたレンドール様だけど、耳が赤くなっている。
「ヴェシィ、すぐに治療を」
「大丈夫です。切られたわけではないので治療のしようがないと思いますし、そのうち治ります。それより……ステキなドレスをありがとうございました。靴も、宝石も、馬車まで用意していただいて」
「いや、俺がしたかっただけだ。着てくれて嬉しい。似合っているよ……綺麗だ」
不意に望んだ言葉をもらえて、私の顔はかあっと熱くなる。
冷徹プリンスが目を細めるのは、本当に反則だ。
「ありがとうございます……でも、せっかくセットしてもらった髪が乱れてしまっていて……」
「いっそのこと、おろしてしまおう」
レンドール様の手が私の頭の後ろに回される。
バクンバクンという心臓の音が止まらない。
コームを外されると、私の髪はぱさりと背中を隠す。
「ヴェシィはこちらの方が可愛いな」
「そんな……」
「ホールに行けそうか?」
「平気ですが……こういう場では、髪はアップにしないとマナー違反なのでは……」
「大丈夫だ、俺がそばにいる。なにも言わせたりしない。行こう」
そう言って私は腰を抱かれた。
一体どうなっているの。
そばにいるって、ずっと?
今から舞踏会の主役であるレンドール様が、私を連れて登場するということ?
頭が混乱しているうちに、舞踏会場へと辿り着いてしまった。
第一王子が私を伴って現れたことに、どよめきが起こっている。
やっぱり私はここにいるべきじゃない。
だけどレンドール様は私の腰を抱いたまま、離そうとしてくれない。
「皆、婚約者を決める舞踏会へ出席してくれたことに感謝する」
私を抱きながら言う台詞じゃないと思う。
当然というべきか、周りはざわついたままだ。
「王子殿下、そちらの女性は……」
「察しろ」
レンドール様がギラリと冷たい目で言い放った。
冷徹プリンスが発動している。でもこっちが普段のレンドール様なんだろう。
睨まれた女性は「ひっ」と声を上げて後ずさった。
「レンドール様? 髪まとめることもできない女をそばに置いていては、醜聞となり得ますわ。マナーも守れぬ非常識な者は、殿下には相応しくないと存じます」
ニコレット様が一歩前に出て、レンドール様を諭しながらも私を嘲った。でも彼女の言い分はもっともで、反論の余地なんかない。
ニコレット様の言葉を受けたレンドール様は、私の腰から手を離した。
やっぱりずっとそばにいるなんて、無理な話だったんだ。
でもこうすることがレンドール様のためなのだからと、痛む胸を押さえようとした時。
私の髪の束を手に取ったレンドール様は、そのまま口元へ持っていくとチュッと口づけをした。
ただの髪へのキス。だというのに、顔が爆発しそうなほどに熱い。
「俺はおろされた髪でないとそそられなくてな。アップにされた髪の者など、婚約者から除外する」
レンドールがそう発言した瞬間、数名の女性が雷よりも早く髪をおろし始めた。それを見た周りの人たちが、我も我もと髪をおろし始める。
最後に残ったのは、プライドの高いニコレット様だった。
「俺の婚約者になりたくない者がいるようだな」
相変わらず冷ややかな目と声で、奥歯を食いしばるニコレット様を見ている。
「……そういう好みだったとは、存じ上げなかっただけですわ」
そう呟いたニコレット様は自身の髪へと手を伸ばし、長い髪をばさりとおろす。
これで出席者全員がマナー違反をしたことになり、私一人が浮くことはなくなった。
「これでよろしいでしょう? わたくしは地位も名誉もある、この国一番の令嬢だと自負しておりますわ。レンドール様の隣に相応しいのは、そこにいる庶民聖女などではなくわたくしです。ヴェリシア、さっさとそこをお退きなさい」
得も言われぬ威圧感に、私は一瞬たじろいだ。
でもここで怯んではダメだ。
他の誰に譲ったとしても、ニコレット様にだけは絶対譲らない。
こんな人が婚約者になってしまったら、きっとレンドール様は一生苦労させられる。
「ヴェリシア、そこを避けるのよ……!」
睨んでくる彼女を私は睨み返した。
怒りに狂っている目を見ていると、ニコレット様の醜さがよくわかる。
「あなたなんかに王子妃が務まるわけがないでしょう? そんなことも理解できないの?」
そんなことはわかってる。私は王子妃の器じゃないってことくらいは。
だからニコレット様とその取り巻き以外の女性ならば、すぐにこの場を明け渡すつもりだ。
私は欲しい言葉をもらえたから、もう構わない。でも今はここを離れたりしない。
レンドール様のために。
「私が気に入らないのでしたら、いつものように排除されたらいかがですか? 彼女たちを使って」
後ろの取り巻きたちに目をやると、四人とも一歩後ずさった。
さすがにこんな人前で罵倒したり引きずり回すことをしない知性はあったようだ。
「なにを言っているのかしら。言いがかりはやめてくださらない? どこにそんな証拠があるというの?」
証人ならネズミがいる、と言えるわけもなく、私は唇を噛んだ。
証言は私一人だけ。いつも助けてくれたレンドール様は、誰がやったのかの現場を確認していない。
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの。レンドール様、その犯罪者から早くお離れになってくださいな。その御身が穢れてしまいますわ」
「身が穢れているのはニコレットの方だろう」
「……え?」
唐突の冷たい眼差しと声に、ニコレット様が固まった。
レンドール様が冷徹プリンスを遺憾なく発揮させている。
「ドレスが盗んだ物だと、誰に聞いた?」
「それは……盗んだに決まっておりますわ。お金など持っていない貧乏人ですもの」
「ほう」
レンドール様の目がさらに鋭くなって、ニコレット様の背筋がビクッと動く。
「このドレスは、俺がヴェシィにプレゼントしたものだ。俺がこのドレスを盗んできたとでも言うつもりか」
「……っ! そ、そんなこととは露知らず……っ」
「それに、ヴェシィに金がないとなぜ知っている? 聖女には潤沢な資金と給金を支給していたはずだが、それはどこに消えている! ニコレット!!」
「そ、それは……っ」
ニコレット様の顔色がさぁっと青ざめ始めた。
「ヴェリシアが無駄遣いをしていたのを知っているので、それでお金がないのだろうと……」
「ほう、ヴェシィがそんなに豪遊していたというなら、なんに使っていたのかもわかるな? 服か? 食べ物か? ならば痩せることもなかっただろうし、服もまともな物を持っていたはずだが」
「お、男ですわ! 男に貢いでいたという噂が……っ」
「それはどこの誰だ」
「噂ですからわかりませんわ……」
「噂ならば皆が知っているはずだな」
レンドール様の目が、ギロッと令嬢たちに向けられた。
「後ろの四人に聞いてみてやろう。聖女ヴェリシアが男に貢いでいたという噂は知っているか。嘘をつけば、王家に楯突いたとみなす」
ニコレットの取り巻き四人組は「ひっ」と声を上げて、ぶるぶる震えながら首を振り、「知りません」と答えている。
「ニコレット、そなたの取り巻きたちすら知らないことを“噂”と呼ぶか?」
「違います、その者たちは私を貶めようと嘘を……っ」
「公爵令嬢ともあろう者が、見苦しいぞ! ニコレット! 聖女ヴェリシアに渡るはずの金銭を巻き上げ、周りに口止め料を渡していた証拠は上がっている!」
「……っ!!」
レンドール様の言葉にニコレット様は口を引き結んだ。
私にはできなかったことを、全部調べてくれていたんだ。
「弁明は無駄だ。ヴェシィに手をあげたことも素直に認めろ」
「それは私には関係ありませんわ! あちらの四人が勝手にしたことです!」
「そ、そんな、ニコレット様……!」
「あなたが差し向けたのではありませんの!」
「わたくしたちはニコレット様に言われるがままヴェリシアをいじめていただけで!」
「元はと言えば、ニコレット様が!」
四人の取り巻きの令嬢が口々に叫び、レンドール様が息を吸い込むのがわかった。
「黙れ!! 全員関与していたことは明白だ! 衛兵! ただちにこの者たちを拘束し、尋問室に閉じ込めておけ!」
衛兵たちが「っは!」と声を上げて、次々にニコレット様と取り巻きを捕らえていく。
令嬢たちがきーきーと言い訳や文句を言う中、ニコレット様はギリッと私たちを睨んでいた。
「よくもわたくしにこのようなことを……!」
「そなたと血が繋がっていると思うと、恥ずかしくて仕方がない。金輪際、俺とヴェシィの前に現れられないようにしてやるから、覚悟しておけ」
夏だというのに空気が凍るような冷たさで宣言されたニコレット様は、がっくりとうなだれて青ざめたまま衛兵に連れ出されていった。
全部……終わった?
私はなんだか信じられなくて、レンドール様を見上げる。
「長く苦しい思いをさせてすまなかった。これでヴェシィが苦しめられることはないはずだ」
たった今まで氷のように冷たかった目は、いつの間にか夏の暑さに融解されていたようで。
甘く優しい星空を映したような瞳に、ドキリと胸が鳴ってしまう。
「聖女の強制的な奉仕活動は廃止し、各地への豊穣の祈りも楽になるように日程を調整した。空いた時間はヴェシィの望むように、自由に使ってほしい」
自由。
私が長年、求め続けていたもの。
もちろん聖女でいなくてはいけないけれど、仕事量は減って給金もちゃんといただけるなら、普通に働くのと大差ない。
これこそが私の求めていた自由だから。
「ありがとうございます、レンさ……王子殿下」
「ヴェシィ。レンと呼べと言ったはずだが」
周りに人がいる状態で愛称を呼ぶのはさすがに憚られたのだが、私は真っ直ぐに向けられた真剣な瞳に負けてしまった。
「ありがとう、ございます……レン様」
「それでいい。一曲踊ってくれないか。今日は俺の婚約者を決める舞踏会だ」
「でも私、踊りなんてしたことがなくて」
「頬を寄せて、ゆっくりと左右に揺れているだけでいい」
それは舞踏会の初めにかかる曲ではないのでは……と乏しい知識を引き出して思ったが、その時には優しくホールドされてしまっていた。
すぐさま軽快な曲が流れ始める。だけど私たちのスローテンポなダンスをみて、曲調はだんだんと緩やかに変化していく。
王子様との舞踏会。
それも、大好きなレンドール様との。
私の苦しみを取り除き、自由を与えてくれた。
欲しかった綺麗だという言葉ももらえて、こうして一緒に踊ることができた。
もう思い残すことはない。
レンドール様が誰を選ぼうとも、私は祝福できるはず。
……違う。
祝福しなければいけない。
ここまでしてもらっておきながら、レンドール様の幸せを願えないような人にはなりたくないから。
これからは閉じ込められることも食事を抜かれることもないだろうから、レンドール様に会うこともなくなるだろうけど。
遠くから祝福することはできるから。
でも今は、背中に回されたこの手の温もりを、レンドール様の吐息を感じていたい。
涙が出そうなほどの幸せな時間をくれたことに、私は感謝した。
永遠に続けていたかったスローダンスも、曲の終わりがやってくる。
次は意中の方と踊るんだろう。
ゆっくりと手を離すと、私は「ありがとうございました」と微笑んで見せた。
するとレンドール様は微笑むこともなく、冷徹プリンスの顔を私に向けている。
「これは俺の婚約者を決める舞踏会だと理解している。しかし俺は今から、一人の女性を口説くことに終始するつもりだ。許してほしい」
私は心の中で首を捻った。
どうして私にそんな許可を取ろうとしているのかわからない。
これはレンドール様のための舞踏会で、多くの人と交流を図ろうとも、意中の人だけに時間を費やそうとも問題はないはずだ。
ああ、私がレンドール様を好きだって気づいて、思い出にと踊ってくれたのかもしれない。
なんて優しい人なんだろう。
今の言葉は、遠回しに『他に好きな人がいて勘違いされては困るから、もう二度と会わない』ということを言ったんだろう。それを許して欲しいと。
優しい人。私に許可を取る必要なんかないというのに。
「わかりました。その方と上手くいくよう、お祈りしています」
「……え?」
私は言い終えた途端、くるりと身を翻した。
レンドール様のくださった桃色のドレスがふわりと広がり、私ははしたなく駆け出す。
祝福するって決めたばかりなのに。
本当の心は嫉妬で渦巻いてしまってる。
情けない。恥ずかしい。
もしかして……なんて、どこかで期待してしまっていた自分が浅ましい。
「ヴェシィ!」
後ろでレンドール様の私を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、レンドール様は女性たちに囲まれて身動きが取れなくなっている。
視界が歪んだまま前を向くと、私は段差の存在に気が付かずにカクンとよろけた。
その瞬間、レンドール様にいただいた靴が後方に飛んでいく。
「待ってくれ!!」
なぜだか、レンドール様が女性を掻き分けて追ってきていた。
追いつかれては、涙の理由が説明できない。
レンドール様の意中の人に嫉妬したなんて言ったら、困らせるとわかっているから。
私は来た時の馬車に乗り込むと、御者にお願いして寮へと出してもらった。