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02.遠い夢

 結局レンドール様は寮の私の部屋まで運んでくれた。


「あの、ありがとうございました……」

「気にするな」


 そう言ったレンドール様の顔は……笑っているように見えるんだけど、気のせいだろうか。

 頭を下げながらも目だけでお顔を確認していると、チチチと声がして窓をコツコツと叩く音がした。


「「セラフィーナ」」


 同時に発せられた初代聖女の名前に、私は驚いて目を見開く。

 初代聖女のセラフィーナは、自らを空色の鳥に姿を変えて飛び立ったという伝説が残っている。だから青系の鳥をセラフィーナと呼ぶことは、珍しくもないのだけど。


「失礼、あなたの鳥だったな」

「いえ、私の鳥というわけでは……」


 窓を開けたレンドール様の肩へと、セラフィーナは慣れた様子で乗った。


《どうしてレンちゃんがここにいるの?》


 セラフィーナがくいっと小首を傾げている。かわいい。

 レンドール様のことをレンちゃんと呼んでいるなんて、さすがは身分を気にしない鳥だ。


「セラフィーナが言った通り、疲れていたようだから送っただけだ」

《レンちゃん優しい。そういうところ、好きよ》


 レンドール様が指を差し出すと、セラフィーナは嬉しそうに甘噛みしている。

 ちょっと……レンドール様の顔が、甘すぎない?

 いけないものを見てしまった気分。

 でも目が離せなくてじっと見ていると、レンドール様はハッと気づいて顔を赤らめた。


「離れろ、セラフィーナ」

《もう、いつも人の目を気にするんだから》


 ピチチッと可愛い声を上げながら、今度は私の肩へととまる。


《ヴェシィもレンちゃんのこと、優しいと思うわよね?》

「えっ? ええ、そうね……」


 まさか怖いだなんて本人を目の前に言えるわけもなく、私は曖昧に頷いた。

 レンドール様の顔がさらに赤くなっている気が……。気のせいかしら。

 それにしても、庭園の時から思っていたけれど。


「あの……王子殿下、もしかして……いえ、もしかしなくても、動物の声が聞こえています?」

「ああ」


 あっさりと肯定された。


「あなたもだろう聖女ヴェリシア。セラフィーナに聞いて知っている」

「私のこれは、自分の妄想だと思っているんですが」

「それでは俺も妄想だということになるが?」

「そ、そんなつもりでは!」

「セラフィーナ、なにかしゃべってくれ。それを一言一句違わずヴェリシアに伝えてみせる」


 レンドールの言葉を聞いて、セラフィーナはわかったというようにパサパサッと羽を動かした。


 《ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるように……》

「長い!!」


 レンドール様に一喝されたセラフィーナは、意にも介さずピチチと笑いながら羽をパサパサ動かしている。


 《ほら、一言一句違わず言うんでしょ?》


 青い鳥に言われたレンドール様は、はぁっとひとつ息を吐いてから口を開いた。


「ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるようになるだろうか」

《すごい、本当に全部言ったわ》

「元は俺の言った言葉だからな。どうだ、ヴェリシア。セラフィーナの言った言葉と俺の言った言葉は、一致していたか?」

「は、はい……」

「あなたにも同じ言葉が聞こえているならば、妄想ではないということになるな?」

「そうなりますね……」


 こくんと頷いたけど……あの、レンドール様、目を細めて笑っていますよね……? 冷徹プリンスはどこに……!

 それに今の言葉。私のことを気にかけてくれていた、ということ?


「色々言いたそうだが……まぁ、そういうことだ」


 どういうことって突っ込みたい……!


「なにかあれば、気軽に言ってほしい」


 第一王子相手に気軽になど、無理です。

 同じ学園に通わせてもらっているとはいえ、レンドール様は二学年上。

 しかも私はしょっちゅう聖女の祈りに行かなくてはいけなくて、学園で過ごせるのは月の半分しかない。

 その半分も、ニコレット様に嫌がらせを受けて過ごしているだけだ。

 ごく稀にレンドール様の姿を拝見することはあるけど、『はぁい、レンちゃん!』なんて気軽に話しかけられる存在じゃない。そんなことをすれば、本当に殺されかねない。……ニコレット様に。


「ありがとうございます、王子殿下……そうさせていただきます……」


 でもレンドール様のご厚意を無にするわけにもいかず、そう答えるしかなかった。


「レンと呼べ。その……俺とあなたの仲だ」


 そんな仲になった覚えはないんですが!

 でもギロッと私を睨むような冷徹プリンスの瞳が怖い。断ったら殺される。


「で、では……レンちゃ……レン、さ、ま……」

「もう一度だ」

「ひっ?! レン様!」

「よし」


 お許しが出た……合ってたみたいで良かった。

 私がほっと息を吐くと……レンドール様は嬉しそうに、それは嬉しそうに顔を綻ばせている。

 どういうこと。


「ではな、ヴェシィ」


 レンドール様がいきなり私の愛称を呼びくるりと背を向けると、扉を開けて去っていった。

 その際、耳が真っ赤になっていたように見えたのは、気のせいだろうか。


《ふふ、可愛いでしょう、レンちゃんは》

「そう、かも、ね……?」


 この国の第一王子は、冷徹プリンスと呼ばれるほど冷徹ではないのかもしれない……ということだけは、なんとなくわかった。






 それからも私は、ニコレット様に閉じ込められたり食事を抜かれたりした。

 だけどその度に、なぜかレンドール様が助けてくれる。

 最初に助けてくれた時には考えもしなかったけど、思えば王子殿下ともあろう方が、掃除用具入れを普通開けたりするだろうか。

 レンドール様はいつも、掃除用具入れだろうと更衣室だろうと、閉じ込められたら助けに来てくれる。食事が不注意(・・・)で消えた時には、代わりとなる食べ物を持ってきてくださった。

 そうして構ってくれるのと比例して、ニコレット様の私への嫌がらせもエスカレートしているんだけど……


「大丈夫か、ヴェシィ」


 今日もまた、礼拝堂の控え室のクローゼットへと押し込められていた私を助けてくれる。


「いつもありがとうございます……」


 差し出された手を、私はとれるようになった。

 温かくてほっとする、レンドール様の手。


「どうしていつも、私のいる場所がわかるんですか?」

「それは……秘密だ」


 レンドール様の目がふっと泳ぐ。その足元を、チュチュッと二匹の白いネズミが通っていった。

 なるほど、彼らに聞いていたらしい。

 部屋まで送ると言ってくれたので、私はそれに甘える。


「今、各地への豊穣の祈りの回数を減らすように調整している。これで少しは楽になるだろう」

「そう……ですか、ありがとうございます……」


 それは嬉しいけれど、結局はニコレット様から受ける仕打ちが増えるだけのこと。どっちもどっちだ、とは言えない。


「それと……まだ詳しくは言えないが、ちゃんと調査している。確実な証拠をとらえるまで、もう少し待っていてほしい」

「えー……と?」


 わけがわからず首を傾げると、レンドール様は申し訳なさそうに笑った。

 今はもう、冷徹プリンスだなんて思わない。

 人前では冷たい表情を崩さないレンドール様だけど……私の前では、年相応の普通の男の人に見える。


「後で誰かに食べ物を届けさせる。しっかり食べて元気になってくれ」

「レン様がたくさん差し入れしてくださるお陰で、すっかり太ってしまったのですが」

「まだまだ細い。もっと肉をつけてもいいくらいだ。ちゃんと食べるようにな」

「……はい」


 私が肯定の言葉を口にすると、嬉しそうに目を細めてくれるレンドール様。

 トクンと勝手に私の胸は高鳴ってしまう。

 部屋の前でスマートに立ち去っていくレンドール様の後ろ姿を見ると、ぎゅうっと胸が締めつけられるような感覚に陥った。涙が出そうなほどに苦しい。


 私は馬鹿だ。

 レンドール様に、恋してしまった。


 レンドール様は、自分と同じ動物の声を聞ける私に、仲間意識を持ってくれているだけ。

 共通の動物(友人)がいるために、仲良くなったと勘違いされているだけなんだから。

 それにレンドール様はお優しいから、動物たちに私が閉じ込められたと聞けば、助けずにはいられないに違いない。


 毎回助けに来てくれているだけで満足しなければ、バチが当たる。

 恋してどうなる相手じゃない。

 手の届かない、遠い遠い王子様なんだから。

 私が自由になるより、遥かに遠い夢。

 そんな夢なんか見ては、絶対にいけない。


 私はそう、自分に言い聞かせた。




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サビーナ

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