―― 第九話 一等温泉旅行御招待 ――
桜の木の音響システムを設置した電気屋やロボのタコ焼き屋がある商店街は、年末商戦で賑わっていた。
特にガラポン抽選機による福引をやっているイベント会場は熱気に包まれ、かなりの人手でごった返している。
突然、カランカラーンと当たり鐘の音が鳴り響いた。
「おおあたりィイ~! 一等ォ温泉旅行2名様招待券おお大当たりいィ~!」
商店街のイベント担当者が叫ぶ。
「まァいいわねェ」「お、良かったな」
周りの人達も口々に祝福の言葉を掛ける。
当たったのは、ロボの所でよくタコ焼きをご馳走になってる兄妹だ。二人とも、ガラポンから出てきた金色の当たり玉を見つめて呆然としている。
「……、あ…あぅぅ、2名……?」
ただその顔は、大当たりを出して嬉しいというより困惑の表情を浮かべていた。
「クッ、違う!」
トノは今日も作曲に苦しんでいた。
以前なら悩むこと無く作れていたのに、ヒメが亡くなって以降どうしても作れない。どう作っても、何かが違う気がしてしまうのだ。
「ふう……、ん?」
疲れてため息をついた時、トノは警告音に気づいた。庭の桜の木に誰かが近づいているようだ。
急いで監視カメラの映像を映すモニターの前に移動するトノ。
「ん? この子は……、ボクを桜の神様にしてくれた子だね」
桜の木の前に小学校低学年の女の子がいる。以前、認知症になったお婆さんの悩みを相談してクマのぬいぐるみを桜に飾り、今の御神木状態の原因を作った子だ。名前は、古護森 理利。
その子が泣きそうな顔をしている。
「桜さん……、私どうすればいいの?」
どうやら何かあったようだ。トノはすぐさまマイクのスイッチを入れた。
『どうしたんだい? 落ち着いて話してごらん』
「夕美ちゃんって友達の事なんだけど……」
理利が話し始めた。
1時間ほど前のことだ。
いつものように同級生の夕美とその兄の道正と3人で下校していた。夕美兄妹と理利の家は近所で、以前から家族同士で付き合っている。
「えぇ?! 福引で温泉旅行が当たったの! いいなー、わたしも温泉行きたーい」
「え、ホント? 理利ちゃん」
「ふぇ?」
「じゃ……、イイよね、おニィ?」
夕美が後ろを歩く兄を振り返って聞いた。
「うん、そうしてもらおう」
「??」
意味が分からず固まる理利。
「理利ちゃん、これあげる」
夕美が福引の当たり券を差し出した。
「え?」
「この券で行けるのは二人まで……。だけどウチは母さん入れて三人。普通なら追加料金払ってみんなで行くんだろうけど、知ってるようにウチってお金がなくってさ」
「この当たり券、母さんに見せたらきっと困っちゃうから……、だから理利ちゃん貰って」
「あ、うン、いや、んでも、こんな幸運貰えないよぅ」
「あのね、実は昔のお礼がしたいんだ」
困惑する理利に道正が言った。
「え?」
「ウチは昔っからお金がなくていつもお腹を空かせてたけど、理利ちゃんが夕美と仲良くしてくれたんで兄の僕までよくご飯食べさせてくれてたよね」
「にんち症になっちゃった理利ちゃんのおばあちゃんにも、おみやげのお菓子いっぱい貰って嬉しかったぁ」
「そのおばぁちゃんがみんなの事分からなくなって、理利ちゃんのお母さん大変なんでしょう?」
「う……、うん」
言われて理利は、母親の疲れた顔を思い出した。
「おばぁちゃん、最近デイサービスってのに行ってるでしょ。だから、そこに行ってるあいだにその券使って行ってきて」
「たまには親子で温泉行くのも楽しいと思うよ」
そう言うと夕美と道正は走り去った。
残された理利はどうしたら良いか分からなくなり、桜の木に助けを求めたのだ。
「気持ちはすごく嬉しいんだけど……、桜さん、どうしよう……」
当たり券を握りしめて悩む理利をモニターで見ながらトノはしばらく考え、答えた。
『明日、学校帰りに商店街の電気屋さんに行ってごらん。きっと全部うまくいくよ』
翌日、理利は学校が終わると同時に商店街目指して走り出した。
そして商店街の手前のタバコ屋の前を通った時……
「タバコ屋A、いま通過したよ」
タバコ屋の店番をしていたお爺さんがスマホを取り出すと小声で話した。
さらに商店街の入口を通った時……
「今の……」
「えぇ」
「商店街表口、行ったよ」
今度は入り口で立ち話をしていたおばさんがスマホを取り出し小声で言った。
「了解です」
スマホが答えた。
「……ここね」
理利は「イワモトデンキ」と書かれた看板を見上げながら緊張のあまり震えていた。
桜の神様の言葉とはいえ、いったい何が起きるというのだろうか。
パンパンパァン!!!
おっかなびっくりで店に入ったとたん、耳元で大音響が響いた。
驚きのあまり固まってしまった理利に、クマとピエロが近づいて来る。
「「おめでとう~ございますぅー!」」
「え? えぇ??」
「あなたがイベント期間中百人目のお客様となりましたぁ!」
「景品の福引券をどぉぞー!」
どうやらさっきの音はクラッカーが弾けた音のようだ。クマの着ぐるみを着た人もピエロの格好をした人も、よく見れば岩本電気の店員さんだ。
「お嬢ちゃん、今日はツイてるね。店を出て左に行くと福引やってるからね~。ツキが落ちないうちに行った方がいいよ」
突然の展開に福引券を手にしたまま呆然としていた理利に、岩本電気の店長が語りかけた。
「う、うん」
店を出た理利が左を見ると確かに福引会場がある。
「いま店を出ました。すべて予定通りです。全員、行動開始お願いします」
電気屋の店員がグループ通話で話すと同時に、複数の商店街の人たちが動き始めた。
福引会場にはガラポンがひとつ置いてあり、列が出来ていた。ガラポンの担当者が二人いるが、一人はロボだ。
理利が福引の列に並ぶと、突然その後ろにおじさんおばさん達が何人も並んだ。こんなに並んでは、これから福引をやろうとする人はもう少し時間を置いてからにしようと考えるだろう。
それと同時に、近くに置いてある軽トラックから数人の作業員が大きな板を降ろし始めた。
ガラガラガラ、カラン……
「ハイ、6等~、ポケットティシュぅ~」
「ホントに当たりの玉って入ってるの?」
理利の前に並んでいたおばさんが、笑いながら言って離れた。
「うわっ」
チャリチャリリ、チン、キン……
理利の番になったとき、突然後ろにいたお爺さんが小銭を落とした。
「あ~あぁ、落としちゃった」
いや、落としたと言うか、明らかにわざと財布を傾けて小銭をばら撒いたと言うべきか。
そんなことを知らない理利は、振り向くと拾ってあげようとしゃがんだ。
「嬢ちゃん、すまないねぇ」
理利の目線が逸れたタイミングで、ロボがそれまでのガラポンと垂れ幕で隠してあったガラポンを交換する。
その様子は、理利の後ろで並んだ人たちと軽トラックから降ろした板がまるで屏風のようになって、他の街の人に見えないように隠していた。
「ありがとうね、優しいお嬢ちゃん、きっと良いことがあるよ」
理利が小銭を拾って後ろのお爺さんに渡すとそう言われた。
「さぁさ、気を取り直して」
理利がガラポンを回した。
ガラガラガラ、カラン……
出てきたのは、金色の当たり玉だ。
カランカラーンと当たり鐘の音が鳴り響いた。
「おお~め~で~と~ございますううぅ~!」
「温泉旅行3名様招待券プレゼントおおぉ~!」
商店街のイベント担当者とロボが叫んだ。
「さん……めい……?!」
「サクラさんの言うとおりだったぁ! 今度はアタシが当たったの、それも3人分!!」
その日の夕方、理利は桜の木の前に来ると大声で叫んだ。
「だからその当たり券を夕美ちゃんにあげてね、一緒に温泉旅行行くことになったんだよ!」
『それは良かったね』
「これもみんなサクラさんのおかげね」
『……いや、協力してくれた友達の……、幸運の女神や福ノ神たちのおかげだよ』
「サクラさんって幸運の女神さまたちと知り合いなの?!」
『ふふ、そうだよ。それも大勢知っているよ』
「すごーい! サクラさん、女神さまや福ノ神さまたちに本当にありがとうとお礼言っておいてね! お願い!」
帰っていく理利を見送った後、トノはモニター室を出た。
「そう……、私は何もしていない……。あの兄妹の家庭の問題を解決できる訳でもない無力な神気取り爺だ。本当の女神や福ノ神は……」
廊下を歩き、大広間へと来た。
部屋では大宴会の真っ最中だ。
ロボや商店街の会長、電気屋、女の子の後ろに並んだ人、板でガラポン交換を隠していた人、商店街の入り口にいたおばさん等々が笑顔で大騒ぎしている。
「オゥ、遅いじゃねぇか!」
「……何をやってるんだ」
すっかり出来上がったロボが、上半身ハダカで大暴れしているのを見て、ため息をつくトノ。
「商店街の皆様、突然の変なお願いすみませんでした。すべて予定通り上手く行きました」
「いやァ、以前変質万引き犯逮捕に協力いただき、こちらも感謝しとります」
商店街の会長が代表して応えた。
「あの貧乏兄妹は、ウチの商店街アイドルですから」
「探偵ごっこで童心に返ったわ」
「俺も」
「私も」
「ワシもじゃ」
みんな笑顔だ。
「幸運の神様のみなさん、ありがとうございました」
頭を下げるトノだが、その心は清々しさに溢れていた。
なんだかたくさんの神様に囲まれているようで、今なら素晴らしい曲が作れそうな気がした。
「いいぞ! 疫病神ィ!!」
ロボが叫んだ。
やっぱり気の所為かもしれないと思ったトノだった。
コミカライズ版
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