―― 第六話 サイッ高デス! ――
夢をみていた。
まだ自分が音楽教師をしていたころの夢だ。
音楽部のメンバーたちがいる……
みんな嬉しそうに演奏している……
でも場所が変だ……、ステージではなく、線路の上で演奏している……
列車が来る……、危ない……、みんなに知らせないと……
なのに声がでない……、体が動かない……
危ない……、早く助けなければ……
線路の上の女生徒が笑いかけてきた……、この娘は……
「センセイ……、先生……、音楽って……楽し……」
世界が光に包まれた……、列車に跳ね飛ばされる娘……!!
「うわああああああ!!!」
今夜もまたいつもの悪夢だ。叫びながら飛び起きた。激しくうつ心臓、荒い呼吸と大量の汗。
少しずつ混乱した頭が落ち着いてくると、今度は心を苦い悔恨が襲ってくる。
「うぅ……、すまない……」
その声はどこにも届かなかった。
早朝、トノの家の桜の前に、またしても上江と春日の夫婦漫才コンビがやって来ていた。
例によって上江の漕ぐ自転車の二人乗りで来た為、上江は疲れてベンチでぐったりしている。
「失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように、失敗しませんように……、
いやいやいや、成功しますように、成功しますように、成功しますように、成功しますように、成功しますように、成功しますように、成功しますように、成功しますように……
今日のコンサートは絶対に失敗出来ないの、お願い、お願い、お願い!」
前回同様、真剣にお願いしている春日。どうやらこれから学校でコンサートをやるようだ。
「ふあぁあ……」
疲れて眠そうな上江。
「んがっ!」
次の瞬間、先日とまったく同様、上江は春日に投げ飛ばされ、頭を地面に押さえつけられる。
「あんたもしっかりお願いしなさい!! 今日のコンサートは絶対成功させるンだからね!」
「夏休み初日に、皆来てくれますかねぇ……」
「休みに浸りきってない初日だからイイんぢゃないの! それに話題性も十分! 今日のコンサートは学園史上画期的な快挙なンだからね!」
「まぁ10年以上こんなイベント無かったそうですから、画期的ではありますね……。快挙かどうかは微妙ですが」
「何言ってんの! アタシが作詞作曲してボーカルまでやンのよ? 教頭の言う『あの子』以来の快挙に決まってるじゃない!」
「……『あの子』ですか。結局どんな人だったんでしょうね。昨日教頭先生が倒れたアレも『あの子』絡みだったみたいですし……」
「…………」
昨日、音楽部の部室で大騒ぎがあったのだ。
翌日のコンサートで使えそうな小道具がないか、春日の命令で部室の奥を音楽部メンバー5人で調べていた時のことだ。
ちなみに探しながら上江が「泥棒とらえて縄、なんてものじゃない……」と呟いていたが、まったくその通りである。
「確かこの奥に大昔の備品があったハズ……、ん? 何よコレ? トロフィーに盾に賞状?」
「全部10年以上前のものですね……、しかも優勝ばっかりだ」
「すごい数……、昔の音楽部ってそんなに優秀だったのかしら?」
部室の奥のロッカーや積み上げられたダンボールから、いろいろな物が出てきた。
「新聞の切り抜きもありますね」
上江が当時の音楽部の活躍が載っているスクラップブックを見つけた。
「んー……、百年に一人の天才と呼ばれた優秀な生徒がいたのか……。その人のおかげでいろんなコンテストで優勝出来てたのかな」
「そんな人が音楽部に? ひょっとしてその人が教頭の言ってた……」
みんな集まってきた。
「この写真の女の子が、その天才さん?」
「えっと……、隼野桜……か。どこかで聞いたような?」
「あれ? この写真の先生、ひょっとして教頭先生?」
当時の音楽部員たちの集合写真の中に、顧問と覚しい先生が写っている。
「あー! 若いし髪黒いし顔の傷が無いけど、確かに教頭先生っぽい!」
「今と雰囲気全然違って優しそう!」
みんな捜し物を忘れて、ワイワイ騒ぎながら記事を読み始めた。
「何を騒いでいる! 用事がないならさっさと下校しなさい!」
「「「あ」」」
見回りに来た教頭先生を見て、みんなの声が揃った。
「?」
「キョトセンセ、ちょうど良い所に! この写真の人が『あの子』?」
春日が天才と呼ばれていた生徒の写真を見せる。
「? …………う!!」
写真を見た教頭先生は一瞬目を大きく見開き、大量の汗を流しながら胸を押さえ、そのまま意識を失い後ろに倒れた。
「大丈夫よ、過呼吸ね。もうだいぶ落ち着かれたわ」
「そうですか……、よかった」
大慌てで教頭先生を保健室に運び込んだ春日たちは、養護教諭の説明を受けていた。
「あの……、昔の音楽部で何かあったんですか?」
この女性養護教諭は教頭先生と仲が良かった。何か知っているかと思ったのだ。
「教頭先生は何もおっしゃってないんでしょ? なら私の口からはちょっと……、意固地な人だから……昔はあんなじゃなかったんだけど。まぁアンタらが気にする事じゃないよ、ご苦労さん」
そう言って手を振る養護教諭。その手には、教頭先生の顔にある傷とそっくりな傷跡があった。
「……10年前に何があったって言うのよ」
春日は昨日の出来事を思い出しながら呟いた。
「お~い、かすが~、もどってこい~、オイ! この! カスが……んがっ!」
次の瞬間、またも上江は春日に投げ飛ばされ、頭を地面に押さえつけられる。もはや伝統芸能の夫婦漫才を見ているようだ。
「ぐ……、さすがにそろそろ学校行かねーと……、最終チェック時間が……」
「え? うわ、うっそこんな時間! 桜の神様! くれぐれもお願いねー!!」
春日は飛び起きると、自転車めがけて走り出した。
「学校まではアタシが漕いであげるわよ! ありがとうは?」
「コラまて! そのネタもぉエエちゅーんじゃ!!」
またも賑やかな二人が嵐のように去っていった。
南原中学の体育館は、音楽部のコンサートで大盛り上がりとなっていた。
元々春日はその突飛な行動力と明るい性格から皆の注目を浴びていて話題性は十分。さらに幼なじみの上江との夫婦漫才のような掛け合いも好評。そして学校1のバストを持ち、男子生徒たちに絶大な人気のある朝平と、集客力は何も問題無かったのだ。
その地響きのような喧噪は職員室にも届いていた。
ほとんどの教員たちは体育館に居て、職員室は教頭先生しかいない。
コンサートの大歓声を聞きながら、教頭先生は10年前のことを思い出していた。
『当時の音楽部もこんなコンサートをよくやっていて、大盛況だった……。みんな楽しそうに演奏していた……。私は一体どこで間違えたのだろう……。コンテストに出れば優勝し、日本代表にまで選ばれたのに……』
『そうだ……、日本代表として国際大会に行ったのが間違いだった……。なんと愚かなことを私は……』
10年前、中国で開催される国際大会に出場するため、顧問だった彼は音楽部員10名と引率の女性養護教諭と共に高速鉄道に乗っていた。
引率の先生の心得として、彼と養護教諭は生徒が見えるように一番後ろに座っていた。
「シンヘンヒョンファファチョー!!」
「わっ!」
とてつもない大声を出しながら通路を歩く人の声に驚く養護教諭。
「びっくりした……。中国の人、声大っきい」
「あはは、まぁ国民性なんでしょうなぁ」
彼が笑いながら言った時、養護教諭が何かに気付いた。
「あれ? 隼野さんがいない?」
「先ほど明日の国際大会の打ち合わせで呼ばれて行きましたよ」
「引率の私たちより忙しいですね、彼女」
「彼女は日本代表チームのリーダーですから。それにしても彼女の才能はすごいです。どんな楽器もすぐに使いこなすし……」
実際彼女はバイオリンからフルートまで、あらゆる楽器の演奏で見事な才能を見せていた。
『そう、あの子は本物だ。天性のモノを持っている。だからこそ井の中の蛙にさせてはならない』
『海外を怖がる彼女と、心配する御両親を説得してまで来たんだ……』
『ここで何かをつかんで成長してくれれば……、彼女は世界に……』
そう考えると、自然と体に力が入った。
「あ、隼野さん、帰ってきましたね」
養護教諭の言葉に通路を見ると、明日の資料が入っていると思われるカバンを抱えて帰ってきていた。しかしその格好は、カバンを大切に持つというより体を隠しているような変な歩き方で、少し笑ってしまった。彼女はお転婆というか剽軽というか、楽しく面白い娘だ。
「おつかれ~」
隣の席の音楽部員に言われながら、彼女が笑顔で席に座ろうとした瞬間だった。
キイイイイ!!!
凄まじい衝撃が走った。
意識が戻った時、周りの景色は一変していた。
血の匂い……、うめき声……、そして……
通路に立っていた彼女は、はるか遠くに吹き飛ばされて……
「なぜ私は国際大会に行こうなどと愚かなことを考えたのだ……」
涙が止まらない。
棺に納められた彼女の遺体。
それに縋り付いて泣く御両親。
「すみません……、すみません……」
また過呼吸が始まった。
御両親からの罵声が聞こえる……
むねが……、クルしい……
ラクに……なりたい……
「……ンセイ! センセイ!!」
この声は……、あの時の罵声と同じ声……
なのになぜだろう? 優しく……暖かい……
「先生!!」
意識が戻ってきた。
「まだ……、いまだ……、こんなに苦しまれていたのですか……」
「は、隼野さん……?」
「娘を失った悲しみのあまり……、投げかけた非礼な言葉の数々……、許してください……、どうか……」
トノは今朝春日たちが言っていた、教頭先生が『あの子』の関係で倒れたという話に驚き、やって来たのだ。
そして過呼吸に苦しみながら謝罪の言葉を呟く教頭先生の姿を見て、すべてを察した。
「さぁ! いよいよラストソング!!」
春日の声に、体育館はさらなる熱狂に包まれた。
全力で歌い、演奏し、舞い踊る音楽部員。
「教頭……、来てないか」
そんな中、春日は舞台の上から教頭先生の姿を探していた。これから歌う曲は春日が作ったオリジナル曲。学校は勉学に励む場だと部活を制限され重苦しい学校生活を吹き飛ばそうと作った曲だ。教頭先生に聞かせたかったのだ。
「観に……行きませんか? あの子たちのコンサート」
過呼吸が落ち着いた教頭先生に、トノが手を伸ばした。
「ラストソングは多分……、あなたへの曲ですよ」
今朝、春日が桜の木でコンサートの成功をお願いしていた時、最後の曲をどんな気持ちで作ったかを話していた。勉強以外の活動が出来ない憂鬱さ、息苦しさ、湿っぽさ、閉塞感……。それらを教頭へのメッセージとして歌ったのだ。
「しおれ老いたBody!! 錆びたHeart!! 打ち捨てられたSoul!!」
なかなか過激な歌詞のようだ。
「魂うばわれても尚!! Life Time受けとめて! Stand Up歩き出せ! Old Man!!」
いよいよコンサートはクライマックスとなった。
大音響が響く中、歌に合わせて体力の限界まで動き回る春日たち。
やがて最後のサビとなり、全員の息の合った演奏と共に春日がバク転を決めるという演出を成功させ、観客は総立ちで大歓声を送った。
ハァハァと息を弾ませながら春日が顔を上げた時、ゆっくりと近づいてくる教頭先生の姿が見えた。
「良いですか、最後にヤバイ歌、歌っちゃったし……変なこと言っちゃダメですよ、コンサートの許可のお礼を言うんですよ!」
慌てた上江が春日の側に走りより、耳打ちした。
「悟ったような説教臭い詩を歌いおって」
顔の傷のせいで、ヤクザの組長でも出ないような迫力で教頭先生が呟いた。
「あ、あの……センセ、今日は体育館の使用許可を頂き……」
「楽しかったか?」
「え……?」
一瞬、音楽部員全員、あっけに取られた。
「どうした、コンサートは楽しかったか?」
「! 当然! サイッ高デス!!」
その春日たちの笑顔は、10年前の音楽部員と同じものだった。
「……そうか、ならばヨシ!」
その日の夕方、朝に続いてトノの家の桜の前に上江と春日の夫婦漫才コンビがやって来て、ベンチに座っていた。
これまでは上江がぐったりベンチに座り込んでいるのが定番だったが、今回は春日が真っ白に燃え尽きたように座っている。
「何燃え尽きてるんですか? 神様にお礼言うんじゃなかったんですか?」
「ほぇ……?」
疲れ切った顔でぼんやり答える春日。
「例の写真の事、いろいろ分かりましたよ」
「……ドコ情報?」
「友人の姉です。今から10年以上前……、ウチの中学に、音楽神の申し子と称えられた天才少女がいて、当時のコンテストを総なめにしていたそうです。
今の教頭先生は当時音楽部を顧問をしていて、天才さんの担任でもあった……。
国際大会があり、教頭先生と養護教諭が音楽部員を引率して中国へ行ったとき……、ひどい列車事故に巻き込まれ、天才さんは死亡……、教頭先生や他の生徒も大けが……。
その後、教頭先生は当時の音楽部を解散、学校は勉学に励む場だとして学内の芸術活動に否定的となった……。
ということなんで、ひょっとしたらまた学校での音楽部の創作活動が制限されるかもですね」
「……んー、まぁ大丈夫じゃない?」
「え? そのココロは?」
「……なぜそうなったのか全然わからないけど、フラフラのアタシに『楽しかったか?』って聞いてきた教頭先生……
まるで呪いが解けたみたいな笑顔してたもの……」
春日はそう言うと、そのまま上江の方に倒れ込んだ。
「え? え? え?」
驚く上江を無視して、春日はそのまま眠ってしまう。
「……春日?」
突然の膝枕状態に、慌てる上江。
若い二人を祝福するように桜の木が佇んでいた。
コミカライズ版
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