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―― 第四話 男児志を立てて郷関を出づ ――

 街灯やネオンが灯って街が夜の顔を見せる頃、桜の木がある高台に続く階段を20代後半の小太りの男が登っている。


 運動不足っぽい体型のため、長い階段でかなり足にきているようだ。


「くそっ! くそっ! くそっ! はぁぁぁ くそぉぉぉ はぁぁぁ くそぉぉぉ はぁぁぁ」

その上なんだかえらく機嫌も悪い。


 センサーの警告音を聞いてモニターを確認したトノは、小さくため息をついた。どうやら招かれざる深夜のお客様のようだ。


「オカンだけは……、分かってくれてる……、おもてたのによぉ……」

よく見れば、缶ビールとつまみらしき物が入ったビニール袋を持っている。


 ふうふう言いながら桜の木の横にあるベンチにたどり着いた男は、どっかりと座り込むと早速缶ビールを飲み始めた


 見た感じ、普通の若いちょっと太めのサラリーマンという感じなのだが、以前のOLさんと同様ストレスが溜まっているようで、ぶつぶつ何か言っている。


 それにしても、この場所は個人の庭なのだが……。酔っ払いが愚痴を言いたくなるような地形的な特異性でもあるのだろうか。



「くあ~……、あへっ?」

缶ビールを立て続けに開けては飲んでいた男は、桜の木を見て妙な声を出した。


「こ、これはぁぁ! アルムの幼女ハイジン! 売星奴02・ツンデレ天使・ラブにゃん! その他なんか色んなフィギアがぁぁぁ!!」

最近桜の木に飾ってあるアニメやゲームの美少女フィギュアを見て、叫び始めた。


「うおおお同志よぉ! 酒がうめえぇぇぇ! ギャハハハ」

近くに民家が無いから良いが、近所迷惑にも程がある大声だ。



 一頻ひとしきり大騒ぎした後、すっかり出来上がった男はフィギュア達に何か語りかけ始めた。


「みんな~! 聞くぃい~てェ~! オレにはさぁ、子どもの頃からのぉ夢がありゅんだよぉ……、こんなの描く職業でぇ~……」

スマホを取り出してなにやら操作したと思ったら、いわゆるセル画調の美少女絵を表示し、それをフィギュア達に見せ始める。


「アニメーターって言うんだけどさぁヒック……、おりぇってこう見えてけっこう絵が巧いんだぜぇ! 今はただのリーマンだけどなー、いつか上京してェ~有名アニメーターにぃ俺はなる!」

スマホに表示された絵を見る限り、確かに絵は巧いようだ。


「あァ~ー! ラブにゃん~! 今あぁァァァ~『絶対口だけだ』って思ったぁぁぁ!」

突然、にっこり微笑む美少女フィギュアのひとつを指さしながら叫びだした。


「そりゃあさ……、実家住まいで家賃も食費も掛からない今と違って、東京で収入の不安定なアニメーターなんかにホントになったら、生活が一挙に苦しくなっちまうもんなー……。300万貯めて上京してアニメーターになったけど、数年で全額使い果たして帰ってきた友人いるし……。そもそも俺の実力でアニメーターとしてやっていけるのか……。俺よりヘタだったアイツは俺より巧くなってたけど、それでも喰えずに帰ってきた…………」

今度はいきなり俯いてブツブツ独り言を始めた。


「でもさ……、俺どうしても……アニメーターになる夢が忘れられないんだ……!」


「夜寝てると、声が聞こえるんだ……」


「【お前何やってんだよ】

 【昔のお前が今のお前見たら泣くぞ】

 【夢に向かって挑戦するのが男だろ】……って」


「今会社で自動車部品の設計やってんだけどさぁ、材料の硬度計算・強度計算……熱膨張・流体……」


「世間体としては申し分ない仕事なんだけど……、な・ん・だ・け・どぉ」


「なんかこう夢が無いんだよなー……」


「もっとワクワクしてくるようなことに挑戦したいんだー」


男児だんじこころざしを立てて郷関きょうかんづ……、がくもしるなくんばまたかえらず……」

なんだか妙なポーズを取り始めた。


「男と生まれたからには、志を立てて故郷を出て、それが成就するまで帰らない……」


「理想の為なら故郷も愛も捨てる! それが男の生き様ってモンだよなぁ!!」


「へへっ…………」

男は嬉しそうな顔をしながら、ベンチでうたた寝を始めた。



海防僧かいぼうそう月性げっしょうの言葉ですね……』

どこからともなく声が響いた。


『でも少し意味が違っていますよ』


『あれは志を立てて故郷を出ていくときの心構えを説いたものです』


『決して、男はすべて故郷を捨てて出ていくべきなどとは言っていません』


「あぁん?」

男は薄目を開けたが、まだかなり酔っているようだ。


『あなたは今、人生の岐路に立っているんですね』


『夢を現実にしたいというあなたの想い、素晴らしいと思いますよ』


「ふっ……、まぁな」


『でもひとつだけ確認させてください。あなたは本当に【夢を叶えるため】にアニメーターになりたいのですか?』


『あなたが心底夢に挑戦したいなら、私も心から応援をいたします』


『でも……、もしあなたが今の仕事から……逃げるための口実として夢を語っているのなら……』


『自動車部品の設計なら、ちょっとしたミスでも人の命に直結してしまいます』


『そんな実業に対して、アニメーターの仕事は虚業です。ミスしたって人命に直結することはありません』


『本当にあなたは、夢を追いかけたいのですか? 今の仕事のプレッシャーから逃げているだけではないのですか?』


「う……」


『アニメーターの仕事は本当に過酷です。自分の時間のすべてを創作につぎ込める人でないと務まりません。あなたはその覚悟があるのですね?』


「あ……、あたりまえ……だろ」


 トノは、自分が作曲した曲のプロモーションビデオの制作でアニメ関係の人たちと交流があり、その仕事の厳しさを良く知っていた。


『そうですか……、安心いたしました。もし夢に恋し、夢を言い訳に虚業に逃げているだけならば……、夜中に聞こえているという声が……

【お前夢って言葉を言い訳にして逃げてるだけだろう】

【男なら、命を預かるような仕事をしてこそ本望】

【虚業なんて、男が人生かけるほどのものか?】

という声に変わるだけなので……』


 これは歌手や作曲家という虚業に生きたトノの素直な気持ちだ。スランプになり、曲が作れず寝られない夜にこの声を何度も聞いていた。自分のこれまでの人生はすべて間違っていたのではないかという不安は、彼を幾度も悩ませている。



― 夢を言い訳…… ―


 この言葉は、アニメーター志望の男の胸に刺さった。


 つい数時間前に母親から、突然お見合い写真を渡されながら言われた言葉だ。



「何だよコレ……」


「お見合い写真だよ。アンタもいいかげん夢みたいな言い訳ばっかりしてないで、身を固めないとねぇ……。マンガだらけの部屋もいい加減片付けとくれ。忙しいんなら母さんが……」


「ふざけんな! 一つでも無くなってたらぶっコロスぞ!」


「へー、母さんがいなくなって、アンタ一人で生きて行けんのかい?」


「ナメんな! 転職して大アニメーターになってやらぁ!」

そう叫んだ男を見つめる母親は、チベットスナギツネの顔をしていた。


「ほ~お……、アニメーターにねぇ? ドコがアンタを取ってくれるの? ぢブリ? ぴクサー?」

実はこの母親、学生時代は漫研に所属し、オタクにもマンガにもアニメにも精通しているのだ。


「あーゆーのは……、選ばれた人たちの仕事でしょう? 今の仕事もコネで入ったアンタが、なれる職業なのかねぇ……」


「し、シロートの母さんに何が分かるんだよ! アニメがダメなら漫画家ってテもあらァ!!」

それはかつて漫画家を志したことのある母親への、禁断の台詞だった。


「ほーーーーー~……!!、アンタの部屋にある、裸同然のヨロイを着た娘ゴが怪物にヌメヌメ裸にされ~のぉ、イケメン勇者に助けられェ~のぉ、ムスメゴが裸で勇者にせまりィ~のな薄い自費出版本……、あれお前の作だよね?」


「!!! ……み、見たのか?」


「かわいやらしい絵を描くぢゃないかェ? カケラも面白くはなかったけどね」

男☓男ならまだしも……という小声が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だ。


「アニメがダメなら漫画家とゆーテもあるぅ? 漫画家ナメんなよぉ! ちょおィ、ケツ出しなオラ!!」

ダメだ、こうなった母親はどうすることも出来ない。


「て、てゆーか、勝手に部屋に入ンなぁァァァ!!」

彼はもう泣きながら家を飛び出すしかなかった……。そしてその後、数時間街を彷徨った挙げ句、やけ酒を飲もうとここに迷い込んだのだ。


 トノの言葉はそのことを思い出させ、彼の心を揺さぶった。



「お、オレは……、自分の人生は自分で選択したいだけだ……」

かろうじて言い訳のようなことを言ったが、その声に力はなかった。


『ごめんなさい、意地悪な意見でしたね……』


『人生は選択の連続です』


『それも困ったことに、どの選択肢を選んでも辛い未来しかないとか、正解が無いことが多いんですよね』


『あなたの人生の選択が楽しいものになることを祈念していますよ』


「ふっ……、男は、男なら! 漢であるなら逃げちゃ『そんなことはありません』


『もし今の仕事が死にたくなるほどに辛いなら、逃げてしまって構わないと思いますよ……』


「え、えぇ~~~……」


『仕事は生きるためのものです。我慢することが美徳とは限りません。日々を楽しみ、大好きなことに挑戦する人は輝いていますから』


「……なんだよ、結局オレはどうすりゃいいんだ?」


『あなたの人生は、あなたが自由に決めるべきものです。人生の選択は、あなた自身が決めなければ意味がないと思いますよ』


「それができねぇから助言が欲しいんじゃねーかよぅ!」


『それは、選択した結果が上手く行かなかったとき、その責任を自分でとりたくないということですか?』


「ぐ……!」


『無責任な助言ならいくらでも出来ますが……、失敗の責任は取れかねます』


『同じ道でも進み方は千差万別、道・仲間・言葉の様々な選択、そしてその積み重ねが運です。運は偶然の産物ではなく実力です』


『他者の助言に頼った結果の失敗で恨みを持ってしまい、それに振り回される人生を歩まぬ為には、自分で選択するしかないと思います……が、人生には挫折の経験も必要があると思いますので再起の為に自己による決断を……』


「うるせぇええ! 失敗前提で話すな! お前に俺の気持なんかわかんねぇんだよ!」


『ふふ……、あなたは、私の気持ちがわかりますか?』


「知るかよ! そんなもの!!」


『自分は他人の気持ちが分からないのに、他人が自分の気持ちを分からないと怒るのはワガママだと思いますよ』


「ううぅうるせぇええええ!…………ぶべっ!!」

ベンチから勢いよく立ち上がった男は、次の瞬間足がもつれてハデな音を立てながら頭から地面に滑り込んでしまった。


「あー……、草の……いーいかおり…………?」


「あ、あれ?」

どうやら少し酔いが醒めたようだ。周りをキョロキョロ見回している。


「ここは……?」


「俺、だれと話してたんだ?」





「私は……、人生の選択を……、何度間違えたのだろう……」

トノはモニターの横にある家族写真を見つめながら、唇を噛んだ。



挿絵(By みてみん)

コミカライズ版

https://www.pixiv.net/artworks/71466711#1

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