―― 第二十話 ふざけるんじゃねーぞコラ! ――
南原中学の総合音楽部の部室は、妙な緊張感に包まれていた。……つい先日も同じようなことがあった気がするが気のせいだろう。
小学校時代からの幼なじみで、夫婦漫才コンビと呼ばれるほど仲が良い上江と春日が、険悪な雰囲気を漂わせている。
同級生で音楽部メンバーの朝平胡桃がそれをハラハラしながら見ていた。
他の部員たちはいつものじゃれ合いだと知らん顔で、楽器の練習をしている。ただ話は聞いているようだ。
「だいたい春日は芸能界を舐めすぎだってば! 桜の神様にお願いしてプロデビューとか意味わかりませんよ!」
どうやら喧嘩の原因は、先日の神霊桜へのお願いのようだ。確かに神様にお願いする内容にしては俗物的過ぎる。
「え~、だって『ブロイラ~』とか、中学でデビューしたんでしょ?」
「『ブレイドー』です! そして中学・高校でバンド活動はしていましたがプロデビューは大学生です!」
「へ~……」
「春日さん……、この方たちって私達の大先輩なんですから、もう少し興味持ってください」
「なんだろう、ひどい既視感が……」
本当に先日も同じような会話があった気がするがきっと気のせいだ。
「んじゃ、ブレイドーってどうやってプロになったの?」
突然春日が思い出したように尋ねた。
「それは……、『脅迫』です」
上江が真剣な顔で答えた。
「……は?」
さすがの春日も、意味が分からなかったようだ。
「芸能プロの社長を脅迫してデビューしたんですよ」
「どういうことよ?」
「有名なエピソードなんですが……」
そう言うと、上江がブレイドーの桁外れな逸話を語り始めた。
「ブレイドーは、一般的なデビュー前のアマチュアバンドがよくやる『オーディションを受ける』とか、『路上ライブをやる』とかはまったくやらなかったんだそうです。
当時からマーケティングが秀逸で、中学ですでに固定ファンがいて、グッズやチケットも必ず売り切れ。
というか、プロになる気そのものが無かったとか。
それがある時、仲が良かったバンドが悪徳芸能プロにスカウトされて食い物にされちゃって激怒!
その芸能プロを乗っ取っちゃったんですよ」
「何よそれ!」
「ブレイドーってそういう都市伝説っぽい話がいっぱいありますよね」
あまりに規格外の話に呆れたような声を出す春日と朝平。
「そうとう変わったバンドだったのね……、けど成程、そんな手もあるのか」
「春日さん?」
何か危ないことを考え始めた春日を見て、慌てて突っ込む朝平。
「同級生バンドとして14歳の時から活動開始。
20歳でプロデビューしてから10年間ヒットを量産。
30歳でヒメとトノの結婚を機に解散。
その後はそれぞれソロで活動してたんですが、
異色なのがデーモン!
30歳で国立大学医学部を受験して入学!
父親が経営していた病院を引き継いだんです!」
「大学在学中ずっと首席だったそうですね」
「すご、何その文系超人」
上江と朝平の解説に、さすがの春日も驚いたようだ。
「で、でも勉強がすこしくらいできるのがナニよ!」
「英語とドイツ語とフランス語と中国語が喋れるとか」
「……あたしだって南原神社の境内にいる猫たちと話せるし!」
「「………………」」
負けず嫌いの春日らしい台詞だが、上江と朝平は慈しみの目(?)で見ている。
「それより、ウチの中学にいて10年前に中国で事故死したっていう天才少女が、ヒメとトノの子供ってことで良いのよね?」
「ですよ、そのエピソードも有名ですね。30歳で結婚したけど、なかなか子供が出来ず、39歳でやっと授かったって大喜びして大パーティ開いたとか、生まれる前から名前を何百個も考えてたのに、生まれた子供の耳の下に桜の花びらみたいな痣があるのを見つけて『さくら』って名前にしたとか、子煩悩の話がたくさんあります……」
「さくらちゃんの事故、可哀想……。そのショックで、ヒメさん引退しちゃったんですよね」
「えぇ、その後60歳の時にガンを発症して、去年……、63で亡くなったんです」
「…………」
上江の言葉に春日や朝平だけでなく他の部員たちも含め、部室全体がしんみりとなった。
そんな時、突然部室のドアが開いて教頭先生が入って来た。
「うむ、音楽部全員居るな、君たちにお客だ」
「?」
不意を突かれ驚く音楽部員たちの前に、『ちょいワルオヤジ』っぽい初老の人物がやって来る。
「こちらは私の古い友人で、チェリーエージェンシーでマネージャーをしている斎藤さんだ」
「やぁこんちは、チェリーエージェンシーのサイトーだよ~」
高級ファッションを少し崩したように着こなし、屈託のない笑顔で話す姿は妙な魅力があった。
「チェリーエージェンシー!? 超大手の芸能事務所じゃないですか!」
驚く上江たち。
「先日の進路調査にて、バンド等の芸能界で働きたいという者がいたので、彼に現在の芸能界の状態を話してもらおうと思ってな」
「おぅ、なんでも聞いてくれや。なんならデビューの後押しくらいしてやるぞw」
「まさか……」
(桜の神様! センキュー!!)
突然の話にほとんどの部員が戸惑う中、春日は心の中で絶叫していた。
その日の夕方、デーモンが院長を務める御呉病院にサイトーがやって来た。
大型テレビがある待合室で待っていると、看護師がコーヒーを入れてくれる。
「ちょっと待ってて下さいね。すぐに先生来ますから」
「おぅ、すまねーな」
しばらくテレビの歌番組見ながらコーヒーを飲んでいると、デーモンがやって来た。
「すまねー、待たせた、急患が入ってな」
「おぅ、構わねーよ、あんたにゃ散々助けられたんだ。これくらいなんでもねぇ」
「で、どうだった?」
「芸能界の現実ってモンを話して来たが、どこまで通じたかは分からねぇなぁ」
どうやら今回の南原中学への訪問は、デーモンの指示によるもののようだ。
「実力が有れば売れるっていうような単純な世界じゃないからな」
「それどころか変に実力あったら叩かれる世界だしよ」
「それを食い破るのが楽しいんじゃねぇかw」
「そりゃあんただけだ」
悪魔のような笑顔で笑うデーモンに、サイトーは苦笑いで答えた。
「まぁ可愛い俺の後輩たちだ、本気でデビューしたいなら目をかけてやってくれ」
「おぅ、また何かあったら声かけてくれや」
そう言って笑う二人は、まるでイタズラを企む小学生のようだ。
「じゃあな」
サイトーが帰ろうとした時、テレビからフルートの音が聞こえてきた。見ると若い女性が演奏している。
その演奏を聞いて、不思議そうな顔をするデーモン。そしてそのまま食い入るようにテレビを見始めた。
「?」
突然のデーモンの奇行に、帰ろうとしていたサイトーも何事かとテレビを見た。
「お、桃花じゃねーか。いま売出中の新進気鋭の中国の演奏家だ。何だ? こういう女が好みなのか?」
「………………」
しかしデーモンは何も答えない。
「おい、どうしたよ」
意味が分からず戸惑うサイトー。
「クソ、ふざけるんじゃねーぞコラ! 一体なんの冗談なんだよこれは……」
デーモンが大型テレビを見つめながら叫んだ。
「???」
サイトーや看護師たちがその声に驚いてデーモンの周りに集まって来る。
フルートを吹く桃花と呼ばれる演奏家の耳の下に、桜の花びら型のアザがあった。
コミカライズ版
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