―― 第十四話 神様への手紙 ――
デーモンが院長を務める御呉病院は、内科と心療内科を併設した個人病院だ。この病院に行くと心も身体も楽になるとカルトな人気があり、今日も多くの患者が詰めかけている。
だが、どうしても一定数の困った患者も現れてしまう。
今診察を受けている中年の女性がそうだ。
患者と医師の間には、しっかりとした信頼関係が築かれているのが理想なのだが、この女性はデーモンや看護師の質問にまともに答えず、ため息をつくばかりだった。
悩みがあるのは確実なのだが、それを話してくれないとデーモンとしても手の打ちようがなかった。
「お大事に~」
笑顔の看護師に声を掛けられても何も言わず診察室から出てきた女性は、またため息をつきながら受付の前の椅子に座り、会計を待った。
「聞いた? 神霊桜の話!」
受付の看護師たちが何か雑談をしている。
「なに何? アニメの話?」
「ちっがうわ!」
「最近話題になってるどんな悩みも解決するっていう桜の木のことよね?」
「なにそれ? 木が何かするの?」
「根元に子猫が入れるくらいの穴があって、そこに悩みを書いた手紙を入れるといつの間にか解決してるんだって」
「えー、手紙? そんなの入れて、誰に読まれるか分からないじゃない」
「そうよ、特定とかされてネット晒しとかヤバイじゃん!」
「別に名前とかを書かなきゃ良いのよ。悩みだけ書けば良いんだって」
「ふうん、なら安心かー」
「私も、同僚の看護師に毎日虐められてますって書いて入れてみようかしら」
「なによそれー!」
「桜の……、神様ねぇ……」
くだらない話で盛り上がる看護師たちを見ながら、患者の女性は小さく呟いた。
翌日の深夜、トノの家の桜の木の前にこの女性が来ていた。そしてかなり長い時間お祈りをして帰って行く。
それを監視カメラの映像で確認したトノは、すぐさま桜の木の所へと行った。
思った通り根元の穴に手紙が入れられている。
回収したトノは、すぐにデーモンに連絡した。
「まったく面倒かけやがる。悩みがあるなら最初からちゃんと喋れよ!」
テレビ電話で話すデーモンの顔は苦虫を噛み潰したようだ。
「まぁ医者とはいえ、他人に自分の悩みを言うのは誰しも抵抗あるだろうからねぇ」
「そのたびに、ウチの看護師たちの学芸会見せられるのは辛すぎるんだがw」
「で、この女性患者さんの神頼みは対策可能なのか?」
「あぁ、よくある嫁姑問題だな。これなら解決できそうだ。ったく毎回こんな調子で素直に本音を言ってくれれば助かるんだがな」
「役立ってるなら良いが、このまま噂が広がると本格的にここがパワースポットに認定されてしまいそうだなぁ」
「まぁまた手紙が入ってたら連絡してくれ」
「あぁわかった」
こうして意図的に広められた桜の神様への手紙の噂だったが、やがてトノやデーモンの予想を超えた方向に広がっていくこととなる。
数日後、御呉病院で午後の診察が終わるころ、デーモンのスマホが鳴った。
「トノか、何があった? また手紙? あ? ……殺人予告?」
夕暮れの街を、病的に痩せた中学生の女の子がふらふらと歩いていた。顔や手足、いや身体中に痣がある。桜の神様へ手紙を送った少女だ。
**桜の神様へ**
これからわたしは、父さんを殺します。
あいつは、母さんと弟とわたしを毎日なぐります。
このままだと誰か死にます。
だからわたしは、あいつを殺します。
きっとわたしは地獄に行きます。
でも、母さんと弟は関係ありません。
悪いのはわたしだけです。
どうか地獄に行くのはわたしだけでおねがいします。
どうかどうかおねがいします。
お腹の所に隠した包丁を服の上から触りつつ「大丈夫、わたしはやれる、わたしはやれる」と呟いている。
「うぅ!」
突然少女がうずくまった。
「胃……、いたたた」
心窩部痛とか呼ばれる空腹時の胃痛だ。
「おなか…すいた……、でも、もぉすぐ終わる、終わらせるんだ……」
なんとか立ち上がると薄暗い路地を出て商店街の中に出た。
「最後に美味しいもの食べたかったな……」
「おいし~」
突然、少女にとって羨ましすぎる声が聞こえた。
『こなさんみんばんわ~♪ この度、皆みな様から頂いたご愛顧に~感謝還元、タコ焼き無料キャンペーンを実施中~♪』
商店街の端にあるタコ焼き屋の屋台から、なんとも気が抜けるような物売りの声が流れている。
その屋台はひげ面の大男がやっていて、横にあるベンチでは小学生の兄妹が美味しそうにタコ焼きを頬張っていた。先ほどの羨ましい声は、この妹の声だったようだ。
「いいわよね、優しそうなお父さんで……」
タコ焼きを焼く大男とその傍で笑う兄妹は仲の良い親子に見え、少女は反射的に顔を背けた。
「お~い! お嬢ちゃん、タコ焼き無料だよ~」
大男の声を無視して、屋台を見ないように横切ろうとする少女。それを見て、大男が何やらヒソヒソと妹に耳打ちをした。
「うん!」
妹は元気よく返事をすると、タコ焼きのパックを持って走り出した。
「おねえちゃ~ん! はいっ!」
そして通り過ぎようとしていた少女の前に回り込むと、タコ焼きを差し出した。
「キャンペーちゅうで、ただなの! おいしいよ!」
(幸せそうな顔しちゃって……)
少女にとってこの笑顔は辛いものだった。だが同時に心底うらやましいものでもあった。
ぐぎゅるるるー(イタタタ)
お腹が鳴り、胃痛がぶり返してきた。
「……はむ」
いろんな感情が渦を巻き、頭が混乱して何も考えられず少女はほとんど無意識状態で差し出されたタコ焼きを一口食べた。
「美味しい……」
タコ焼きの美味しさが広がると同時に、自己嫌悪の感情も広がってきた。
「こんな子を妬むなんて……、わたしって、なんてヤな奴……」
タコ焼きのパックを渡してくれた女の子の笑顔を見ていると、涙が零れて止まらなかった。
「おなかすいてたんだね。わかる! わかるよ、おねえちゃん。まだたくさんあるから、こっちでいっしょに食べよ!」
商店街の通路で泣いている少女を引っ張って、屋台の横のベンチに座らせる妹。
もちろんタコ焼きの屋台をやっているのはロボで、ベンチで食べていたのは道正と夕美の兄妹だ。
仲良くみんなでタコ焼きを食べる姿を、商店街の人たちがほっとした顔で影から見ている。以前『探偵ごっこ福の神』として活躍した人たちだ。
「ターゲットの保護、完了しました」
物陰からイワモト電気の青年が電話している。
「そぉですかー、良かった」
トノがホッとして返事をしたとき、横でデーモンが文句を言い始めた。
「この娘がやってきて手紙を入れたのが17時5分。
それをトノが回収して読んだのが17時15分。
俺に連絡後、直ちにチェリーサークルの連絡網でこの娘の写真を送信。
会員からの情報でターゲットの名前と住所が判明したのが17時30分。
同時に商店街の探偵ごっこ福の神会員と桜監視カメラの映像から、ターゲットの現在位置を特定したのが17時45分。
近くにいたロボに身柄の確保させたのが17時50分。
遅い!
結局45分も掛かっている。
30分以内で出来るように特訓だな」
「いや、特訓て……、昭和か」
デーモンのあまりに理不尽な意見に、トノは苦笑いするしかなかった。
「そもそも犯罪者じゃないんだから、身柄の確保じゃなく、せめて保護と言ってくれ」
「フンッ、プライバシーの覗き見と非公式な保護活動。ヘタすりゃ俺たちの方が犯罪者かもだぜ」
皮肉に笑うデーモンだが、確かに正論でトノとしても反論出来なかった。
エイプリルフールのちょっとしたイタズラで始まった神霊桜の騒動は、まだまだ続きそうだ。
殺人予告の騒ぎから数日後、桜の木の前にトノとデーモンとロボが集合した。
「またか……」
トノが穴から手紙を取り出し、ため息をついた。
「今は3日に1通くらいのペースだけど、これ以上増えたら私の手には……」
「俺が協力してやるよ」
トノの愚痴にデーモンが軽く応えた。
「お前、病院はどうすんだよ?」
「大学病院から研修医を数人都合した。今、ウチのヤリ手看護師が研修医を教育中だ。気遣いの出来る良質のタマゴに、ウチを継がせる」
「カンゴシがイシャをキョーイク? お前のトコの病院はどうなってんだ」
ロボとデーモンの会話を聞きながら、トノはなんとなく理解した。あの病院の看護師たちはデーモンの影響をモロに受け、かなりの個性派ぞろいなのだ。
「で、結局あの女の子はどうなったんだ?」
「母親と弟含めて保護したが、父親のDVが証明されたんで県と市から予算ぶん取ってDVから避難できる『民間シェルター』って組織を作ってそこに入れた。あれで大丈夫だろ」
ロボの質問にデーモンが淡々と答えた。またどこかの代議士や社長が泣いたのだろう。
「ほおおお、さすが闇の人脈を持つデーモンだ。ちょっとだけ見直したぜ」
「いいかロボ公、よく聞け!
世の中の悩みの90%は、金と権力があれば解決する!」
「やっぱ最低だわお前!」
悪魔のような顔で笑うデーモンに、ロボがまた呆れ顔で怒鳴った。
コミカライズ版
https://www.pixiv.net/artworks/102536690#1




