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―― 第十三話 チェリーサークル ――

 抜けるような青空の下、「ロボ」こと路傍埼ろぼうざき一石かずしはトノに注文されたタコ焼きを原付バイクで配達していた。


 今の姿から到底想像出来ないが、彼は40年ほど前に一世風靡したロックバンドBUREIDOU(ブレイドウ)のドラムを担当していた元アイドルだ。


 30歳でバンドの解散後芸能界を引退し、しばらくブラブラしていたが、自分が好きで食いたいからという理由で今のタコ焼き屋を始めたのだ。


 いかついプロレスラーのような見た目はいかにも的屋のようで、似合っているとも言えた。



 いつものようにトノの家に着いたロボは、いつものようにタコ焼きの入ったビニール袋を下げて家の中にズカズカ入り込んで行った。


「おう、注文のタコ焼き持って来……」


 いつものようにトノにタコ焼きを渡そうとして、ロボが固まった。


「よう……」


「おい、なんでデーモンがいやがる!」


 トノの隣でモニターを見つめるデーモンを指差し、ロボが叫んだ。


「いろいろあって、いろいろ手伝ってもらってるんだ」


 トノとしては苦笑するしかなかった。


「こんな面白そうなことオレ抜きでやろうなんてよ……、悲しいじゃねーか。声くらいかけろよロボ公」


「そぉだな、畑の肥をかけてやるよ冷血漢野郎!」


「ロボは相変わらずのシーモネーターだねェ」


 こういうやり取りはバンド時代からの伝統芸だ。そして毎回最後はロボが……



「で、童貞は卒業したのか?」


「とっくにしとるわボケ!」


「二次元じゃ無理だし、リアルドール(・・・)でか?」


「アホか! 武士はモテずもリアルガールだ!」


「俺の情報によると、作ってンだろ? お人形」


 そうなのだ。いかにもガテン系で力任せの肉体労働者に見えるロボなのだが、実は手先が器用で絵画や木工等の繊細な作業が得意で、最近はイタリア風の女神(ヴィーナス)像の彫刻を始めていた。実に多芸な男なのだ。


 ……趣味人すぎてモテない男の典型のようだ。



「…………」


「言ってない、お前が分かりやすいだけだ」


 ロボがこちらを睨んで来たので答えた。デーモンは最近のロボのことなど知らない。カマをかけただけなのだ。それにここまでみごとに引っかかるとは……、相変わらずだ。



「まさかお前が芸術に目覚めるとはなぁ。完成したらそれで抜くのか?」


「アホかてめーは!」


 騙されたと分かりがっくりと項垂れるロボに、さらに追い打ちをかけるデーモン。こちらも相変わらず容赦ない。



「お前ら本当に相変わらずだなぁ」


 トノはもうため息をつくしかなかった。


「そしてこちらも相変わらず……」


 そう言いながらトノが眺めるモニターには、酔っ払ったOLが写っている。もはや神霊桜の常連とも言える椿つばき優香ゆうかだ。今日もまた缶ビールを飲みながら、桜の木に向かって愚痴を言っていた。




「鬱になりそーな与太話は他所でやれ! 本題に入るぞ!」


 延々と馬鹿話を続ける二人に、トノは大声を出して無理矢理話しを進めた。


「デーモンもロボも録画していた過去の映像見ているから知っていると思うが、彼女は家庭環境や職場の悩みで苦しんでいる。なんとかしてあげたいんだが、このの事情も複雑だからどうしたものか相談したい」


「ふン、そんなの簡単だろ」


 トノの真剣な言葉に、デーモンが軽く答えた。


「え?」


「お前は物事を難しく考え過ぎだ。まず問題点を整理して考えろ」


 驚くトノにデーモンが話し始めた。


「この娘の抱える問題は『仕事がうまくいかない』とか『ボケた母親の介護』とか『無関心な父親』とかいろいろあるが、問題の中心はどれだ?」


「…………介護か?」


「そうだ、仕事での失敗も明らかに介護によるストレスから来ている。父親は無関心なだけで害はねぇ。あの娘の愚痴が問題を複雑に見せてるが、解決するべき問題は一つだけなんだよ」


 いつもは適当で無責任な言動の多いデーモンだが、今は医者の顔をしている。


「この娘が悩みを喋ってる動画を見てすぐわかった。これは『マスコット・ピエロ』って症状だ。

 認知症やアル中など、問題行動を起こす人物がいる家庭でよくみる症状だな。ヤバイ患者は、その家族にも影響を与えるんだ。


 その主な症状が、4つある。


 まずは『ファミリー・ヒーロー』

家族をまとめ、支えようとする、通称・良い子だ。


 2つ目は『スケープ・ゴート』

これは男性に多い。家庭内暴力にはしる、通称・問題児。


 3つ目は『ロスト・チャイルド』

家庭内で何があっても無関心で関わろうとしないタイプだ。

この娘のボケた母親を無視するという父親は、これだな


 そして『マスコット・ピエロ』

おちゃらけて笑いをとろうとするタイプだ。

会社で過激なギャグやって失敗したと話していたし、間違いなくこれだ。


 以前両親に虐待されてた子どもを診察したんだが、殴られないようひたすら笑顔で能天気にギャグやってた子供と同じ匂いをしている」



「ふ~ん、さすがプロだな。だが、介護がなんとかなったくらいですべて上手くいくと言うような単純なハナシとも思えんが?」


 デーモンの真面目な診断に、ロボもいつものおちゃらけた様子もなく話している。



「むろん職場に居るという難儀な上司とかには対応が必要だろうな。だが大筋ではそれでいい。

 それよりこの娘の最大の問題点は、孤立してるってことだ。相談できる家族も友人もいなくて『人に頼る』大切さと危うさを知らない。うっかり人の不幸が蜜の味なフレネミー連中に相談してしまう前に、信頼できる同じ境遇の仲間ってのに出会う必要があるのさ」


「……チェリーサークルの出番か」


「こいつはネットに繋がるか?」


「あぁ」


「???」


 デーモンが突然そばにあったパソコンを操作し始めたのを見て、ロボが不思議そうな顔をした。



「なんだこりゃ? ウチの街に、こんなにいろんな団体あったのかよ」


 画面に現れた『南原チェリーサークル』というサイトを見て、ロボが唸った。


 サイトには『南原市自助グループ一覧』とあり、

『子育て支援の会』

『虐待被害者の会』

『認知症患者の会』

『カルト宗教被害者の会』

『薬物依存救済の会』

『アルコール依存症の会』

『犯罪被害者の会』

『犯罪者自立支援の会』等々、ずらっと並んでいる。


「あったんじゃねぇよ、作ったのさ。医者なんて商売やってると面倒なヤカラと当たることが多くてな」


 デーモンが笑いながら答えた。


「私も家内(ヒメ)が認知症になった時お世話になったが、よくもこれだけ創ったもんだ」


「虐待で保護された全身にタバコの火傷跡がある子どもを、世間体が悪いからと勝手に連れて帰ろうとする毒親から引き離すために作ったのが最初だったな。その後、面倒なヤツが出てくるたびに作ってたらこうなったw」


「社会的弱者を守ろうとするなら、こういう団体作るのが一番効果的だからなぁ」


「それにしても、そんな組織、簡単に作れるモンか?」


 トノとデーモンの会話を聞いて、ロボが呆れたように言った。


「あー…、設立時に私も協力したから知っているんだが、地元の議員や大企業の重役が何人か死んだ目をしてたなぁ」


「ちょおっとオハナシして、資金や人員を融通してもらっただけさ。いやぁ、芸能界にいた時に知った裏情報(ゴシップ)がこんなに役立つとは思わなかったぜw」


 少し遠い目をして話すトノに、爽やかな笑顔で言葉を返すデーモン。



「さて、まずは『認知症患者の会』の会長に連絡して、次の会合にあの娘を連れ出してもらうとするか」


 そう言ってメール文を打ち始めたデーモンだったが、ふと会員の名簿一覧を見て手が止まった。


「ん? こいつは……」




『認知症患者の会』の定期会合の日、南原市文化福祉会館と書かれた建物に50代の女性に連れられて椿優香がやって来ていた。


 最初オドオドしていた椿だったが、会場で以前池に落としたブローチを拾ってくれた電気屋と出会い、お互い驚いてしまう。



「さて、白馬の王子様の出番だ」


「イワモト電気の……。あいつの親も認知症だったのか」


「上手くいけば良いけど」


 二人が話しているうちにだんだん笑顔になってくるのを監視カメラの映像で見ているデーモン・ロボ・トノ。



「いくさ、間違いなく」


「なんで言い切れるんだ?」


 自信満々なデーモンの言葉に、ロボが突っ込みを入れる。



「ストレスを溜めると、普通は人に優しく出来なくなる。そう考えればこの娘は非常によくやっているが、必ず限界はあるしそれは突然やってくる。

 そんなとき現れた似た境遇の優しい異性。

 桜の神を信じた心はめぐり合わせを感じ、強く惹かれる事になるだろう。

 人というものは、皆に認められ愛される居場所がほしいものだからな」


 デーモンの言う通り、椿は電気屋の青年に悩みを聞いてもらううちに感極まって涙を流し始めた。しかし泣きながらも、青年から涙を拭くハンカチを受け取るときの顔は、なぜか晴れ晴れとしていた。



「う……ぐ、いいなイイな……若いってイイな」


 突然ロボが呻き始めた。いや、泣いていると言うべきか。仲睦まじい二人を見ているうちに、何かトラウマを掘り起こしたようだ。


「二人で仲良くぽたぽたオフロ、ダブルのベッドで眠るんだろな……」


「何を言っとるんだお前は」


 妙な替え歌を呟くロボは、どう見てもただの不審者だ。トノの突っ込みを受けてもまだ何かブツブツ言っている。


「ほっとけ、ほっとけ。バンド時代のフラれ伝説でも思い出してるんだろ」


 どこかのバスケ選手は3年間に50人連続でフラれたとかいう話だが、ロボの場合はそれを遥かに上回る伝説を持っていたりする。



「それより娘の職場対策だが、この娘の職場は事務職と営業職があり、娘は事務職。睡眠不足での事務はミスを連発する最悪の取り合わせだ。この娘は明らかに営業向きだと、この会社の社長にオハナシして業務内容と時間を変更させた」


「オハナシねぇ……、また犠牲者が出たみたいだな」


 笑顔で会話する二人が映った画面を見ながら、トノが困ったように呟いた。



「それにしても、サイコP~のお前にこんな人助け思考が出来るとは思わなかったぜ」


 やっとトラウマ記憶から復活したロボが、感心したようにデーモンを見ながら言った。


「あぁん? 何勘違いしてやがる。俺は人助けなんぞやってねぇぞw

 俺は知的格闘技を全力で楽しんでるだけさ」


「やっぱ最低だお前!」


 ロボが呆れた顔で怒鳴った。



挿絵(By みてみん)

コミカライズ版

https://www.pixiv.net/artworks/101142337#1

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