―― 第十二話 ワクワクする事 ――
デーモンの病院に通って数日後、トノは全快した。
そして「オレも交ぜろ」の言葉通り、デーモンが家のモニター室にやって来ていた。
……個人病院の院長という立場なのに、平日の昼間に出歩いていて良いのだろうか?
「おィおィ、これは……」
デーモンが桜の木の周りが映し出されたたくさんのモニターを眺めながら嬉しそうに言った。
「画面切り替えはこれだな、ズームはこれか」
そして早速、説明もないのに操作を始めた。
「各種センサーに超望遠カメラ……、随分楽しそうな事やってるじゃネェか」
「いや、最初はちょっとしたエイプリルフールのイタズラだったんだ……」
トノが言い訳とも愚痴ともとれるようなことを言ったとき、部屋の隅から可愛い唸り声が響いた。
「フーーー!」
不格好な車椅子に乗った仔猫の飛馬だ。見慣れない人間を警戒して、一生懸命威嚇している。
「ん~~~? なんだこいつ、なんで車椅子?」
「生まれつき後ろ足が動かないんで自作したんだ」
トノがこっちにおいでと手招きすると、仔猫が猛ダッシュでトノの所に行こうとした。
ところがその瞬間、デーモンがフワッと自然な動きで手を伸ばし、あっという間に仔猫を抱き上げた。
「ニャ?!」
仔猫は驚いたが、デーモンの抱き方が上手いのか大人しくしている。
「ん~?」
デーモンはしばらく仔猫の体をチェックすると、突然車椅子を外し、ゴミ箱に捨ててしまった。
「な、何を……?」
「こいつはまだ仔猫だ。車椅子を使っていると関節が固まっちまうが、これから動かし続けて筋肉をつければ動くようになる可能性が高い」
「……」
「動かない足で歩こうとすれば当然地面で引き摺りケガをする。血も出るし、こいつも痛がるだろう。だがケガの治療だけしてギブスや車椅子で固定するな。痛ければ、痛くないように足を動かそうとする。それが最高のリハビリになるのさ」
「……相変わらずだな」
「いいか、どんなに痛がろうと自分の足で歩かせろ。痛みこそが生きている証なんだからな」
そう言いながら笑うデーモンは、正しく悪魔の表情をしていた。トノは苦笑いするしかなかった。
「で、今どんなおもしろネタ抱えてんだ?」
「ネタってわけじゃないんだが……、まぁ一応全部録画してるから見れるが」
トノが過去に桜の木の前にやってきた人たちの動画を再生すると、デーモンはフムフムと見始めた。
「ピー、ピー、ピー」
「何だ?」
突然、侵入者アラームが鳴り、『警告、南口階段』の表示が出た。
モニターを見ると、ふうふうと荒い息を吐きながら坂道を登ってくる小太りの老人が写っている。
「ん? 商店街の会長さん?」
「突然失礼しました。実は昨夜商店街にまた空き巣が入りましてな、先日お願いした監視カメラの映像を調べたいと思いまして」
どうやら以前依頼された件が、進展したようだ。
「あぁ、商店街の入り口をずっと動画撮影していた件ですね」
「お前、そんなことまでしてたのかよ」
デーモンが呆れたように言った。
「ありゃ、御呉病院の先生? 隼野さん、どこかお悪いんですか?」
「いえ、ちょっと…「頭に異常が」うっさい少し黙れ」
デーモンの突っ込みに、さらに突っ込むトノ。言葉はキツイがトノは懐かしく感じていた。一緒にバンド活動をしていた頃は、毎日この調子だったのだ。
「どう見てもこいつだな」
3人で昨夜の防犯カメラの映像をチェックしてみると、商店街の入り口の横に怪しい車がいる。ズームして乗っている人物をしばらく観察すると、ヘルメットとマスクで顔を隠しバールのような物を取り出したのを見て、デーモンが呟いた。
「前回、別のお店が被害に遭ったときも、ここに路駐してたようですね」
「店内の防犯カメラから映らない場所を知っているんだろうな」
「この映像、コピーお願いします。商店街で配りましょう」
トノとデーモンの会話を聞いて、商店街の会長が言った。
「あー、それはヤメとけ。公的に無許可な防犯カメラの映像ってプライバシーの侵害で大問題になり、訴訟沙汰になることもある」
「うぅ、ではどうすれば……」
デーモンの忠告に会長が詰まったとき、トノがなにげなく見ていたリアルタイム映像に知り合いを見つけた。
「あそこにいるのは……、ふむ、この人に協力してもらいましょう」
公園のベンチに座りジェラートを食べている、ちょっと太めの若いサラリーマンを見ながらトノが言った。
「えぇと、この公園です?」
やって来たのは電気屋の青年だ。以前ブローチを落としたOLに話しかけたときと同じようにイヤホンをしていて、無線でトノの指示を聞いている。
『そう、今ベンチでジェラート食べてる人です』
「あ、あの方ですか。岩本デンキのお得意さんですよ」
『おぉ、それは話が早い。打ち合わせ通りにお願いします』
「あの方がどうかしたんですか?」
会長が聞いてきた。
「この方、以前桜の木の前で酔っ払ってアニメーターになりたいと将来の夢を語ってた方です。先程、犯人らしき人の画像を岩本デンキさんに送りましたから、それを偶然みかけた怪しい人として絵が達者な彼に似顔絵にしてもらえればと思いまして」
「なるほどな、こんな調子でやってるのか」
トノの解説にデーモンが感心したように呟いた。
『次のニュースは、商店街で窃盗を繰り返していた男が逮捕された事件です。逮捕の決め手は被害にあったお店のお客さんが描いた似顔絵だとの事ですが……、鈴木さ~ん!」
テレビのワイドショーで、この街のニュースをやっている。
『は~い! わたくし今、被害に遭われたお店の前にいるんですが、似顔絵を描かれたお客さんに来て頂けましたので、お話をお聞きしたいと思いま~す』
レポーターが岩本デンキの店の中に入っていって、アニメーター志望の男にインタビューを始めた。
『こちらがネット上で似顔絵が似すぎ!と大評判になってる絵を描かれた方です! 凄いですね~ どうやったら、あんなそっくりな絵が描けるんですか~?』
テロップに【お手柄!そっくり似顔絵!】と入っている。
『え、その……、オレ…いや私、絵を描くのが趣味で……』
「あの方は今の仕事がつまらなくって、もっとワクワクする事がやりたいと仰ってましたから、今回のことで何かのチャンスを掴み取って、悔いのない人生の選択が出来れば良いのですが……」
「ふん」
桜の木の前のベンチに、トノとデーモンがいる。足の悪い仔猫のリハビリとして散歩に来たのだ。早速仔猫は無謀にも木登りを始めている。
「絵心のあるやつなら、写真から描き写すとか誰でも出来る。本物の似顔絵師は一目見ただけで表情付けたり誇張も自由自在だ」
「何が言いたい?」
「似顔絵師になりたかった訳でもないヤツが、突然天才似顔絵師と呼ばれることになった。あいつはこれからが地獄だろうな、実力もないのに名前だけ売れた状態だからよ。今後どんな選択したって後悔しまくりだと思うぞ」
「そんな……」
仔猫が木によじ登ろうとしては、ずり落ちている。
「お前は世間一般の尺度で言えば社会的に大成功した人間だ。そのお前が今、後悔してないか?」
「……私はまた間違えたのか?」
「お前は真面目すぎだ」
また仔猫が落ちて頭を打った。それでも諦める気配が無い。
「お前の娘の事故死も妻の病気も確かに不幸な出来事だった。だがそれはお前が人生の選択を間違えたからじゃない」
「いや、私がイラつきを人にぶつけるような奴でなければストレスで妻の免疫力は落ちずに済んだ。娘の事故も……」
「そんな事に悩むお前は本当の善人なんだろうな」
仔猫はトノとデーモンの話など何処吹く風で、木登りに夢中だ。
「がけ崩れがあったとき、自然は下にいた人間を選別しない。良いヤツと悪いヤツを区別したりしないんだ。どんな宗教信じていようがどんな善行積んでいようが、運が良いヤツが生き延び運が悪いヤツがくたばるだけの話。世の中はとことん理不尽なのさ」
「……」
「お前はもう少し自由に生きてみたらどうだ?」
仔猫が「な゛ーーー!」と雄叫びを上げた。
「何も考えず、ただ目標めがけて駆け上ってみなよ。このネコみたいに」
「いつの間に……」
後ろ足がまともに動かず、根本でずり落ちるばかりだった仔猫が、桜の木の下枝に登っていた。
コミカライズ版
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