―― 第十一話 無礼者 ――
その日、南原中学の総合音楽部の部室は妙な緊張感に包まれていた。
小学校時代からの幼なじみで、夫婦漫才コンビと呼ばれるほど仲が良い上江と春日が、険悪な雰囲気を漂わせているのだ。
同級生で音楽部メンバーの朝平胡桃がそれをハラハラしながら見ている。
どうやら春日が有名なバンドのことをまったく知らなかったことが気にいらず、上江が一生懸命解説しているのだが……、春日の方は興味が無いようだ。
「……というくらい数々の伝説を生んだすごいバンドだったんですよ! BUREIDOUって!!」
「へ~……」
熱弁を振るう上江だが、春日は本気でどうでも良いという態度だ。
「春日さん……、この方たちって私達の大先輩なんですから、もう少し興味持ってください」
見かねて朝平も声をかけた。
「大先輩?」
「ええ、BUREIDOUのメンバーは全員、南原中学出身なんですよ」
「へぇえー!」
どうやらちょっと興味が出たようだ。
「数十年にひとり生まれるという天才が同じ年に5人も生まれた『黄金世代』と呼ばれる時代があったんですよ天使の歌声のヒメ魔法の曲作りトノ鬼才ドラマーロボこの3人が当時の中学大会を総ナメにしてそこに天才ハッカーのカミとデーモンが合流した話はもはや伝説でえぇ……」
「ぅへえー……」
またものすごい早口で話し始めた上江に、やっぱどうでも良いやと考える春日。
(サインもらい損ねたのが、よほど悔しかったのね……)
もはや聞いてない春日を無視してさらに語り続ける上江を見ながら、朝平は冷静に突っ込んでいた。
その頃、トノは熱に浮かされていた。
先日公園の池に落としたブローチを探すため、小雪が舞う池の中で大捜索やった結果、ひどい風邪をひいたのだ。
ベッドでふうふうと荒い息を吐きながら、トノは昔の夢を見ていた。
中学時代、総合音楽部の部員として活動していた頃の夢だ。
部室に同級生で部員のヒメとロボがいて、楽器の練習している。
ギター兼ボーカルのヒメが舞うように演奏し、ドラムのロボが超高速でスティックを振っていた。どちらも中学生のレベルではない。
「あ、トノちゃん。顧問の先生は何て?」
私に気づいたヒメが練習を止め、聞いてきた。お嬢様のような外見なのに露骨な毒舌で、ロボも苦笑いしている。
「県大会の優勝報告やるから校長室に来いってさ」
「偉そうに……、音楽なんて興味無ぇクセによ、俺たちが好成績あげたとたん手のひら返しやがって」
まぁ口が悪いのは、私もロボも似たようなものだ。
「最近の音楽関連の大会、私達がほぼ全部優勝してるものね~♪」
「校長室、オレらのトロフィーや盾で埋め尽くされつつあるからなw」
ふたりが文句を言うのを聞きながら、3人で校長室に行く。
「そう言えば神楽塚君と御呉君のハッカーコンビも、情報システム部門の大会で優勝したみたいよ」
「フン、あいつら性格悪いが頭 だ け は良いからな」
なぜかロボはあの二人にライバル心を持っている。タイプはまったく違うのだが。
「え~頭だけ? あいつら歌も上手かったぞ」
「そもそも顔面偏差値であんた遥かに負けてない?w」
「おめーら、ケンカ売るなら買うぞ!」
笑いながら逃げ出す私とヒメ。
「なんて事してくれたンだ!!」
校長室に近づいたとき、中から怒鳴り声が聞こえた。
「なんだ?」
「なんか顧問の先生がわめいてる」
ロボとヒメが聞き耳を立てているが、私は無視してドアを開けた。
「失礼しまーす」
「おぁ? ノックくらいしろ!」
「しました。どうしたんです?」
校長室の中には、校長と脳筋っぽい筋肉質の教師と女子生徒がいる。
脳筋角刈り教師が私たち総合音楽部の顧問だ。
その脳筋が涙目の女子生徒を叱りつけ、校長はオロオロしながらそれを見ていた。
「こいつが展示してあった優勝トロフィーを壊したんだ!」
見ると棚に展示してあるトロフィーのひとつが折れるように壊れていて、女生徒がハタキを持っている。
「わ、わたし、掃除当番でホコリをはらってただけで……うぅ……」
とうとう震える女生徒が泣き出してしまった。
「泣いて誤魔化すな! これは私の努力の結晶なんだぞ! それを壊しておいてどう責任を取るつもりだ!」
「ハァ、何もやらないどころか、オレたちの足引っ張ってるだけの顧問の努力の結晶ねぇ」
「なんだと!!」
ロボの突っ込みに、脳筋の怒りの矛先がこっちに来た。
「いやいや、たかがトロフィーですよ? そんな大声出さなくっても」
私も追撃する。
「何を言っとる! このトロフィーは我が音楽部の栄光と活躍を後世に伝える大切な……」
「ぶっ!」
「ださ」
「我が……?」
ロボ、ヒメ、私の突っ込みがハモった。
「女の子を一方的に怒鳴りつけるような部活に、どんな栄光があるっていうのかしら」
「なんだと!!」
「デケぇ声出さんでも聞こえらぁ。女子の涙に興奮でもしてンすか?」
「チッ……こンの……」
ヒメとロボのさらなる追撃に、ついに脳筋がキレた。
「キミ、安易な体罰は……」
校長がやっと止め始めたが、キレたのは脳筋だけじゃない。
「あの、スンマセン。あなたの顧問としての考えはよくわかりました。とてもついて行けませんので私は音楽部を辞めさせていただきます」
「右に同じ!」
「同義!」
私の冷たい言葉に、ヒメとロボも笑いながら追従した。
「な、何を言ってる! 来月の大会をどうするつもりだ!」
「俺たちの音楽は、あんたの出世のためのモノじゃねぇってことさ」
ロボが中指を立てている。下品だからやめろと何度も言っているのだが。
「この無礼者が! お前ら! 内申書がどうなるかわかってるんだろうな! よく考えろよ!!」
「無礼者で結構! こんなことで女の子を泣かすお利口さんなんぞになるつもりはねぇよ」
そう言いながら、ロボがさり気なく泣いていた女生徒をかばいながら校長室を出ていった。こういう気遣いが出来るのに、なぜあれほどモテないのか不思議だ。
さらに怒鳴る脳筋を無視して私たちは部屋を出る。
その時、私は少しだけ視線を窓に向けた。
窓の外に何かの影がふたつあった。
「ねぇ、これからの活動はどうするの?」
3人で下校途中にヒメが聞いた。
「ふたりとも、このまま何も言わずについて来てくれ」
「「?」」
ふたりは不思議そうな顔をしたが、そのまま黙ってついて来た。
当時の南原中学の周りは、まださほど開発されておらず、のどかな田園風景が広がっている。
私たちは人気のない畑の中をゆっくり歩き、やがて川沿いの桜並木が見える場所に来た。
私は立ち止まると、当たりを見回しはじめた。
「どしたの? トノちゃん」
不思議そうにヒメが聞いた。
「おぉい、出て来いよ! ここなら誰も来ない」
突然の私の大声に、ヒメとロボが驚いた顔をした。
桜の木の影から、カミとデーモンが出て来た。
「神楽塚君に御呉君……? どゆこと?」
「なんでここに?」
さらに驚くヒメとロボ。
「あのトロフィー壊したの、本当はお前らだろ?」
「「えぇっ!!」」
「校長室の窓の外で聞き耳立ててたから来ると思った」
「ほう、気づいてたのか」
「なぜわかった?」
デーモンこと御呉と、カミこと神楽塚がなぜか嬉しそうに聞いてきた。
「んん~、気配がなんかネ、お前ら独特なんだよなァ。そんなお前らが校長室の外で隠れている。そして私はあのトロフィー受け取った本人だ。あれがハタキくらいで壊れるようなもんじゃないことくらい知ってる。となれば犯人の予想は簡単だろ」
「へぇ」
デーモンが歪んだVの字のような口で笑った。一見すると相手をバカにしたように見える笑い方だが、私は知っている。これは彼が心から楽しいと思っているときの笑い方だ。
「わりぃ、あれ壊したのオレたちなんだw あのクソ教師、オレらにも絡んで来ててな、何か脅すネタ収集出来ないかと思って昨日校長室に忍び込んで家探ししたり、校長のパソコンにウィルス仕込んだりしたんだw」
「その時、えらく良い音がしそうなトロフィーがあったんで、ちょっと鳴らしてみようと叩いたらコ~ンて落ちて壊れちまった♪」
カミとデーモンが言い訳しているが、正直男のテヘペロ顔は見たくなかった。
「とっさにバランスとって誤魔化してたんだ。今日、接着剤で直そうと校長室に行ったらあの騒ぎでさ……、スマンかった!」
カミが両手をあわせて拝んできた。
「悪いと思うんなら、私たちよりあの女の子に謝っといて」
「あの子かなり落ち込んでたからな」
「ああ、後でフォローしとくよ」
ヒメとロボの忠告にデーモンが答えた。ふと、ロボが振られる姿が目に浮かんだ。ゴツい見た目のわりに紳士的で女性に優しいロボだが、心にもない歯が浮くようなセリフを滔々と喋るイケメンが相手では勝ち目が無い。
「ふふ、おもしれぇなぁお前ら」
「本気で部活辞めるつもりなのか?」
「私はそのつもりだ。別に音楽は部活じゃなくてもできるからな」
「俺も制約だらけの部活に未練なんざねぇ」
「私もよ、3人でバンド結成してやってくわ」
私たちの返事を聞いて、ふたりはついに笑い始めた。
「くく……、おいカミ、良いよな?」
「ああ」
「オレたちも交ぜろ!」
「5人でバンドやろーぜ」
デーモンがまたVの字のような口で笑った。どうやら本気のようだ。
「……どうする?」
「別に良いんじゃない?」
「俺様の速度について来れなきゃ叩き出すだけだ」
私が聞くと、ヒメとロボも笑いながら答えた。
「おっし決まりだ、よろしく頼むぜ」
デーモンの言葉に、自然と全員で握手した。
「バンド名どーする?」
「顧問の先生によると、私たちって無礼者らしいじゃない。なら、その無礼者の道を極めるようなのが良いわね」
カミの質問にヒメが答えた。
「無礼者の道か……、BUREIDOUってどうだ?」
「おぉ良いなw」
私の意見にロボが賛同した。
「良し! 我ら五人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、無礼者の道を突き進まん」
デーモンが演劇のような口調で、どこかで聞いたような台詞を言う。
「『桃園の誓い』ならぬ『桜園の誓い』か」
カミが笑い出した。
「なんだそりゃ?」
「後で三国志ってお話読んで」
本気で意味が分からないロボに、ヒメが解説している。
みんなで大笑いした。
ああ、そうだ、これがBUREIDOUの……
「ゲホゲホ……、懐かしい夢を……」
目を覚ましたトノは、しばらくぼんやりと天井を見上げていた。
「うぅっ……熱が下がらんな……」
体温計で測ってみたが、相変わらずだ。
「ふぅ……、あいつの所はあまり行きたくないんだが、腕だけは確かだからなぁ」
トノはなんとか起き上がると、スマホを取り出し病院に予約をを入れた。
御呉病院は内科と心療内科の個人病院だ。
一見しただけだと何の変哲もない普通の病院なのだが、カルトな人気があり、わざわざ他県から通院してくる患者もいる。
その人気の秘密が院長だ。
今もアルカイックスマイルを浮かべたナイスミドルの院長がお婆さんの患者をあざとさ満点で診ている。
「おお、お変わりなく御元気そうでお美しい……。お嬢様、今日は如何されましたか?」
お婆さんの前で片肘ついて目線を落として診察している姿は、少女漫画調で花を背負ってる王子様としか見えなかった。
「貴女との出会いは私の人生で一番の出来事です。病気は辛くとも私達ふたりが出会えた運命に感謝いたしましょう」
(きゃ~でた~、センセのトシ忘れプラセボ術!)
にっこりと微笑む院長に、患者のお婆さんだけでなく看護師たちまでもが引き込まれている。
診察室から出てきたお婆さんは、入った時とは別人のように背筋が伸び、恋する乙女の粧いとなっていた。
「隼野さーん、診察室にどうぞー」
トノが呼ばれ診察室に入ったとたん、院長の態度が豹変した。それまでの優しい笑みが消え、歪んだVの字のような口で笑う。
「珍しいじゃねーか、お前が体調崩すたぁ」
「ちょぉっと水遊びが過ぎてな……」
「なぁにやってんだ?」
院長の後ろの壁に、BUREIDOUのポスターが飾ってある。派手なロックコンサートのもので、トノはいつも病院の診察室には相応しくないと思っているのだが、この院長には似つかわしいのかもしれない。
「今話題になってる神霊桜って、あれァ、お前ん家の庭にある桜だろ?」
まるで悪魔のような目で院長がトノを見た。
「いったい何を企んでんの?」
この目は、獲物を見つけた肉食獣の目だ。
「オレも交ぜろ」
院長……、いや、デーモンがまたVの字のような口で笑いながら言った。
コミカライズ版
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