―― 第十話 これじゃあないですか? ――
クリスマスの前日をクリスマス・イブと呼ぶのは間違いで、正確には前日の日没後からがイブ。つまり昼間の今はイブじゃない……
トノがそんな言い訳のような下らないことを考えているのは、いま現在ロボと二人、つまりおっさんカップルで街中を歩いているからだ。
二人は閑静な住宅街にあるカーテンが閉まった古い一軒家の前で立ち止まった。
「この家か?」
「ですね」
ロボの言葉に、住所と表札を確かめながらトノが答えた。
その家は、留守というより空き家っぽい外観で、玄関の横に犬小屋があり中にガリガリに痩せた犬が居た。
「あれが婆さんが言ってたバカ犬か」
ロボが呟いた。内容は悪口のようなのに、その口調は優しいものだった。
『隣の爺さんが入院して、飼ってた犬の世話を頼まれたんだけどねぇ、全然エサを食べてくれないのよ、どうしたら良いのかねぇ』
昨日、桜の木にお婆さんが相談に来てそう言ったのだ。
「かなり衰弱してますね、飼い主の方には連絡して了解を得てますから、お願いします」
「ふん、主人の帰りを待って餓死寸前たぁバカな犬だぜ」
そう言うと、ロボは門を開けズカズカと入っていった。
ヨレヨレ状態の犬だったが、それを見て必死で立ち上がり唸り始めた。
「それで番犬のつもりか? フラフラじゃねぇか」
ガッ!
伸ばしたロボの腕に噛み付く犬。
「オイっ!」
驚くトノだったが、ロボはまったく動じない。
「寂しかったのか? 主人に捨てられたと思ったか? 安心しろ、もうすぐ退院して帰ってくる」
犬を抱きしめ、優しく撫で始めた。
「よ~しよしよし怖くない怖くない……」
なんだかどこかの姫姉様のようなセリフを言っているが、美少女がやっているならともかく、60過ぎたマッチョなオヤジがガリガリに痩せた犬に腕を噛まれつつ、わしゃわしゃと撫でながら満面の笑みで抱きしめる姿は……
少し怖いモノがあった。
「ほ~ら、よ~しよしよし」
最初ズリズリ引きずられるように抱きしめられびっくりしていた犬だったが、やがて大人しくなってきた。
「急に主人が居なくなって寂しかったな、もう大丈夫だぞ」
抱きしめながらゆっくり撫でつつ優しい言葉をかけていると、ロボの大きな身体に安心したのか犬の身体から力が抜けていき、やがてパタパタと尻尾を振り始めた。
「お前昔から、動物にだけにゃモテるよな……」
ペロペロと嬉しそうにロボを舐め始めた犬を見て、トノはうっかり禁断のセリフを吐いてしまった。
「あ……、ぃゃ、ゴメン」
振り向き、トノを睨むロボの目には、漢の涙が光っていた……、ような気がした。
トノとロボは、かつて一緒に人気バンドをやっていて多くのファンがいた。5人のバンドメンバーの内、4人はモテまくったのだが、ロボだけは……、当時『人類が体験可能なすべての振られ方を経験した』とまで呼ばれていた。
「おら、しっかり喰え。しばらく一緒にいてやるから、さっさと元気になっちまえ」
ドッグフードを用意してロボが言うと、犬は嬉しそうに食べ始めた。
「ンだよ、よく喰うじゃねぇかよ」
「では、後はよろしくお願いしますね……、私は次に行ってきます」
尻尾を振りながら幸せそうに食べる犬を見ているロボにトノが言った。
次にトノが向かったのは、上江と春日の夫婦漫才コンビ達が通う南原中学だ。
職員室に向かうと、教頭先生に持ってきた動画を見せた。
『ごめん……イジメられてるの知ってて助けてあげられなくてごめん……、でもミユもいけないんだよ……、人が良すぎ。なんであんな……あんなヤツらの武勇伝を信じちゃうかな。あたしアイツらの本音知ってるのに、ミユがアイツら庇うんじゃ助け舟だせないよ……。さくらの神様、どうかミユちゃんを……』
桜の木の前で、南原中学の制服を着た女の子が泣きながら話している。
「こんなことが……」
教頭先生が呟いた。
「クラスメイトがイジメられているのに助けられず、それが苦しくてウチの庭の桜に懺悔しに来たみたいで、防犯カメラに写っていました。対応をお願いします」
「いや、情報提供有難うございました。すぐに対処致します。イジメはなかなか分からないので助かります」
「くれぐれも相談者の少女に矛先が向かぬようにお願…「キョトせんせー!!」
突然職員室に元気の良い声が響いた。
「明日のコンサートの事なんだけどー!」
音楽部の春日だ。職員室に入ってくるなり『第一回クリスマスコンサート』と書かれたポスターを広げて一方的に喋り始めた。後ろに困った顔をした上江も居る。
「その『キョトセンセ』と言うのはやめなさい。ノックもしないで……」
もはや諦めたような顔をして教頭先生が言った。
「あ、打ち合わせ中、失礼しました。春日ァ~、お客様がいるだろ? 自分の都合だけで行動するのヤメよう!」
「あぁ大丈夫ですよ、もう話は終わりましたから」
上江の言葉にトノは笑いながら答えた。
「本当すみま……せ、んン?! ぶぶブブ!!」
「わァ、ちょ何してんのよ! きったな」
トノの顔を見て上江が吹き出し、春日が悲鳴を上げた。
「ぶぶぶ、BUREIDOUのォ、『トノ』だぁぁァ!!」
「……誰?」
「ええぇえぇぇェ! 知らないんですか?! 一世風靡した伝説のバンド! 神と悪魔に愛された五人組!!」
「ん~~???」
「何年バンドやってンすか! いや、日本人なら常識ですよ!」
「へー……」
「ボーカルのヒメ
ギターのカミ
ベースのデーモン
ドラムのロボ
そしてキーボードのトノ!」
「全然知らない」(テヘペロ)
「カミとデーモンの戦いの如き混沌をヒメの美声とトノの電子音波が調和をはかりロボが束ね上げる奇跡の演奏の素晴らしさ絶版のレコード板などはプレミアもので高額取引がされ知らぬ者はロックを語る資格なしとまで言われた伝説のバンド!」
「うわ、早口……」
「トノ様! ワタクシめにサインなどを! いただけ……ないで……」
上着を脱ぎ、シャツにサインしてもらおうとした上江だったが、気付けばトノはとっくに帰っていた。
「自分の都合だけで行動するのヤメなさい」
春日の無情な突っ込みを見て、職員室に教頭先生のため息が響いた。
次にトノが向かったのは、桜の木の周りの音響システムを納入した地元の商店街の電気屋だ。
なんでも商店街で空き巣が多発しているそうで、商店街の会長から依頼されたのだ。
「クリスマスイブだというのに急な仕事をお願いしてすみません」
「いぃえ、どーせ帰っても何の予定もない独り身なんで。それにそもそもこの仕事って、商店街の会長の依頼ですからねぇ」
いつもの店員が笑いながら答えた。
「簡単に出来そうですか?」
「あの桜の木の位置なら商店街が一望出来ます。ずっと動画撮影して空き巣があったらチェックしたいって話ですから、望遠カメラの向きを調整するだけで大丈夫です」
早速工事をすることになり、二人は「岩本電気」と書かれたワゴンに乗ってトノの家へと出発した。
「ん?」
車がトノの家へ向かう坂道を登っている途中のことだ。なにげなく景色を見ていたトノはトンでもないものを見つけた。
『お悩み解決! 神霊桜 この道をまっすぐ1km』という看板だ。
「な、なんだ? 今の看板は!」
思わず叫んでしまうトノ。
「誰だ、あんな看板立てたのは……」
「近所の人たちが勝手にやってるみたいです。みんな完全に御神木と見てますよね……。市の観光課がパワースポットとして宣伝しようとしてるとか」
「……勘弁してください」
頭を抱えてしまうトノ。
家に着き、電気屋の青年が工事を始めようとした時のことだ。
「うん? 桜の木の所に誰かいますね」
二人は急いで監視カメラの映像が映るモニター室に移動した。
「あの人は……」
カメラに写っていたのは、以前自分をダメOLと自虐していた猫好きの女性だ。名前は、椿 優香。
『なによ……何よ何よ、何なのよ!』
今日はお酒は入ってないようだが、口調が真剣だ。
『クソッ! ばかバカ馬鹿オヤジ! 酒代なんかに金出せないっつったら勝手に母さんの大事なブローチを質に入れやがって!』
いつもの愚痴と違い、怒号とか絶叫に近い喋り方をしている。
『昔、母さんの誕生日にプレゼントして、泣いて喜んでくれたブローチ……、せっかく四方探し回って取り戻したのにぃ……。疲れてたけど、ヒザガクだったケド! だからって……ブローチ持って公園のベンチで……ホッとして寝るなよ私ぃ! 池ポチャとか、バカじゃないの? ワタシぃぃぃ……ううぅぅ』
ついに泣き出してしまった。
「ん? この人……、昨日の人だ」
「え?」
「あぁいえ、昨日の夜、仕事帰りに……公園の池のほとりでうつらうつらしてる女性がいて、カクンってなった拍子に持ってた物を池に落としちゃったんですよ。その後、雪が降ってる池の中に飛び込んで何かを泣きながら一生懸命探してて……、風も冷たかったし泥だらけになってるし寒そうだしで『危ないですよ』って声かけたんですけど……、『なんでもないです』って言ってどこかに走って行っちゃった……ってな事がありまして」
「ふむ……」
トノはしばらく考え込んでいたが、スマホを取り出すとロボに電話を掛けた。
「今どこです?」
『あぁ? まだ使えねぇ番犬のとこだ。エサは食べるようになったが、帰ろうとすると泣きわめきやがるンで、今夜は一緒に寝てやるつもりだが、何かあったのか?』
「あなたバンド辞めた後、一時期トレジャーハンターになるとか言って色々装備を揃えてましたよね? その中にやたら高性能の水中金属探知機がありましたよね?」
『お、おぅ……。俺ン家の倉庫にあるが……、それがどうかしたか?』
「借りますよ。倉庫のどの辺りに入れてますか?」
『お前なぁ……。そう言やぁお前って俺ン家の鍵持ってるか』
「あなたが私の家に入り浸りたかった時、留守だと入れずに玄関で待たされたりしたんで、家の鍵よこせやゴラァ!ってふんだくり、言い訳として等価交換とか言いながらあなた自身が置いてったんでしょ?」
水中金属探知機の保管場所を聞き電話を切ると、トノは電気屋の青年に言った。
「少し、手伝ってもらえますか?」
すっかり暗くなった桜の木のベンチで、椿は泣き疲れて座っていた。もうどうしたら良いのか分からなかった。
「あ、ここに居たんですね」
そんな椿に突然声が掛けられた。電気屋の青年だ。
「え?」
「ほら、公園の池の所で……」
「あ……、あぁ……、き、昨日はどうも」
椿はびくっとしたが、すぐに昨日の青年だと気がついた。
『もう少し驚いたふぅで自然によろしく』
電気屋の青年がしているイヤホンから、椿に聞こえない音量でトノの指示が入る。
「い……いやぁ、おどろいた~、本当に会えるなんて~……」
「?」
「じ、じつは~、何か探してたみたいでしたが、ひょっとしてこれじゃあないですか?」
椿の前にブローチが差し出された。
「え? えええええ?!」
「あなたが走って行った後、水中に光るモノが見えて拾ったんで、もしかしてと思って探してたんですよ」
「まさか本当に……」
「ここで会えるなんて不思議だなぁ~ハハハ」
「あ……ありが……と……ございます。ありがとう……ございます」
震えながらブローチを受け取った椿は、顔をくしゃくしゃにして電気屋の青年に抱きつくと泣き出してしまった。
『抱きしめてあげなさい』
困った顔の電気屋のイヤホンから指示が入った。
(何言ってんですか!)
電気屋は、椿に気づかれないようにカメラの方を向いて口パクで答えた。
「根性なし……」
二人の様子をモニターで見ながらトノが呟いた。
そんなトノだが、池の中で大捜索やった関係で、毛布にくるまり寒さに震えていた。
さすがに小雪が舞う池に入るのは、年寄りの冷や水だったようだ。
「ぶえっくしょい!」
トノのクシャミがモニター室に響いた。
コミカライズ版
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