第4話 危機です!
嵐は突然やって来た。
「小原さん、買い取りお任せするね」
思えば、一人で任せるべきじゃなかった。
小原さんがバイトを始めて二ヵ月。どんな作業もそつなくこなす姿をずっと見てきて、安心しきっていたのかもしれない。
「こんな安いわけねぇだろぉがよぉ!!」
フロアに怒鳴り声がこだまする。買取カウンター越しに、男性のお客が小原さんを睨みつけていた。
「当店の査定基準ではこうなっていますので」
「それさっきも聞いたよぉ!!」
埒が明かない。私はたまらずカウンターに駆けつけた。
「恐れ入ります。何かお気に召しませんでしたか?」
「誰、アンタ? 広田……翠子サン?」
名札をジロジロ。たまにいるんだ、こういう嫌な人。
「一旦確認させていただきますね」
古着が数点と、ポータブルのプレイヤー機器。状態によって買取額が上下するのを加味しても、総額は妥当に思えた。
問題はその内訳だ。
「小原さん……この服のブランド、高価買取」
「……? ……!?」
私の指摘に小原さんは目を丸くする。その手には、以前私があげたメモ帳が広げられていた。
『価格査定表。昔と基準変わってるとこもあるけど――』
ああ。もっとしっかり確認をとっておくべきだった。
「ほらぁ! 間違ってんじゃんかよぉ!!」
「申し訳ございませんでした」
「申し訳……ございません」
どんなに増長されても、私たちには謝ることしかできない。
「すぐに査定し直しますので、も――」
「当たり前でしょうがよぉ、そんなのぉ!!」
「もう少々お待ちく――」
「もう待たされてんの! そっちの、小原……」
だけど、限度ってものがあるじゃない。
「凛チャンっつーの? さっきからデカい態度で見下ろしてきてさぁ! 目つきが淀んでんだよ!! 接客向いてねぇよ!! 辞めちまえぁ!!」
その瞬間、私の中で何かがプツンと「キレた」。
あぁ――退職金ってこの場合もらえるのかな。家賃とか公共料金どうしよう。実家戻るとして引っ越し面倒だな――。
……どうでもいい。唸れ、私の拳――!!
「こぉのハ――」
「申し遅れましたぁああ――! 店長の姉崎ですぅうう――!」
慌ただしく割り込んで来たコメツキバッタが、私の行く手をさえぎった。
店長は一瞬こちらを向いて……え? ウィンク? キモッ! ……じゃなくて、こっそり送った手振り、「ここは俺に任せて下がってな!」的な合図だよね。
「……あとは店長に任せよう。ね?」
私は小さく囁いて、小原さんと一緒にバックヤードへ退避した。
*
嵐の後。
「小原さんはどう? 様子」
「はい……まだちょっと落ち込んではいますけど」
閉店間際のフロアには店長と私だけ。
「うん。まぁ、仕方ない」
「それより店長、さっき咄嗟に対応していただいて助かりました」
「いいのいいの。こういうのは適材適所だから」
肝心なときだけ頼りになるのズルいよ、この人。
でも、だったら、私は――
「……広田さんさ、小原さん送って行ってもらえる?」
「私がですか? 車なら店長も……」
「いや、あんな怖い思いした後に男の俺と一緒じゃ小原さん、落ち着かんでしょ」
その気遣いを普段も発揮しろよ! とは思ったけどなるほど、適材適所だよね。
「……ありがとうございます」
「ん? 何でお礼?」
「あ、えっと……小原さんの代わりに!」
降って湧いたお膳立てが、凛ちゃんと車中に二人っきりって……私が落ち着かんでしょ!