12.来る。
私がそう叫んだ瞬間、辺りがピカっと光り、目をつぶった。次に目を開いた瞬間には、既にダンジョンへと転移していた。
「やっぱり……そういう事か」
私はため息をついた。木々が生える森と、荒々しい岩肌。どこかの山のような所だ。はぁ、こんな時一条が居ればいいんだけど。
「一条君がいない分、僕らで神を倒さないといけないね……ダンジョンには神の力を持つ宝物、神具があると言われている。それを探してみよう」
武弥の言葉に頷いた。これは、稲咲さんの授業で学んだ事。もし1人で迷い込んでしまった時の為に教えてくれた。神具さえあれば、生身の人間が神を殺す事も可能となる。
「とりあえずこれ、つけといて」
そう言って武弥から手渡されたのは、緑色のお守りだった。金色の刺繍と水色の文字で「守護」と書かれおり、美しかった。
「稲咲さんが僕に持たせてくれたんだ。これを身につけていると、大抵の神の攻撃は防いでくれる」
武弥に勧められるまま、私はそれを身につけた。特に違和感などは感じられない。だがこれも、意味があるのだろう。とりあえず、私たちは辺りを捜索する。
徒歩で行けそうな所は、あらかた周り尽くした。が、神具らしき物は見当たらない。いくらダンジョンの中と言えど、レアものなのだろう。
「夜見さん、あった?」
「いやー、ないねー」
「そっかー、じゃ、もう少し探してみよう」
「うん」
そう言って、私がそこを離れようとした。その時だった。
「ウォォォォォォ!」
「!?」
突如、大型獣と思わしき叫び声が聞こえた。そして、うっそうと生える木を切り倒して、神が遂に姿を見せた。
「くそ……遅かったか」
その神の姿は毛深く、口に携えた牙は鋭く、目は血走っている。重そうな身体を支える4本の足は太く強靭で、爪は命を刈り取れる程に凶悪だ。「熊の神」だろう。
「来るよ、夜見さん!」
「ブルルゥゥゥァァァァ!」
熊が全体重をかけて向かってくる。私は稲咲さんのお守りを信じて、防御姿勢を取った。
「っっ!」
熊の前足が直撃する瞬間、胸にかかっていたお守りが光り、緑色の半透明なバリアが前に展開され、私を保護した。ふぅ、何とか直撃を防げたわ。
「……でも、こいつの力が……強すぎる!」
前足の直撃は防げている。が、熊が何としてでも振り下ろそうとするため、バリアを抑えている私の腕にとてつもない負担がかかるのである。
「ぐぁっ!」
遂に支えきれなくなった。それと同時に、私の身体が奥の岩壁へと吹き飛ばされる。その衝撃は、自転車がぶつかった時と同じくらいの強さだった。
「いてて……」
私は制服についた土を落とす。何とか大丈夫そうだ。骨は折れてない。少し、打撲した程度だ。
「夜見さん、大丈夫!?」
慌てて武弥が駆けつける。
「うん、何とかね……でも、次の攻撃は……避けられそうにないかな」
足の打撲がキツい。あの攻撃をもう一度受け流す事は無理だろう。
「そんな……じゃあ、どうすれば!」
「武弥くんは……逃げて。ここは、私が抑えるから」
武弥は心配そうな顔で見つめる。
「でも、どうやって?」
「……さっきの技、吹っ飛ばされる空間があったから、大ダメージを受けた。でも、今の状況なら、吹っ飛ばされる心配は無い。多少なダメージはあるかもしれないけど、何とかなる。そうして耐えている内に、一条が来てくれるはずだよ」
「で、でも! 命の保証なんて……」
武弥は心配そうな顔をさらにゆがめて言った。確かに、命の保証はない。でも、一条と一緒にいる中で、気づいてしまった。「命の保証がある所なんて、どこにもない」と。
「命の保証なんていらないよ。多少の無理を通さなきゃ、生き残れない。神と戦う上ではね。覚えときな。それと、一条は必ず助けに来るよ。だって彼は……」
「私たちの、ヒーローだから」
私はそう言って笑った。武弥を安心させる為に。
が、武弥は予想外の発言をした。
「……許せない」
「ん?」
「……許せないんだよ! 一条君や夜見さんに任せっきりで、何も出来ない自分が!」
武弥は普段の武弥からは想像出来ない声でそう言った。
「武弥……」
「僕は……母さんに会うために、この部活に入ったと言ったね。本当は……違うんだ。本当は……」
「母さんをぶっ殺しやがった神に復讐するためなんだよ! だから、こんな所で負ける訳にはいかないんだ!」
武弥は前へ前へと足を進める。
「そんな、無茶だ! 神の力を持っていない君に、あいつの相手なんて!」
「止めないで!」
武弥の怒号が響く。
「これは、僕の――神原武弥の選択なんだ! こんな、女子高生1人助けられない自分じゃ、ダメなんだ!」
私の静止を振り切り、武弥は進み続ける。
「憎い憎い憎い憎い憎い! 弱い自分が! 勇気の無い自分が! 人1人も守れない自分が憎い!」
武弥がそう言った瞬間、木々がざわめき始めた。鳥は持ち場を離れ、けたたましくわめく。まるで、何かの襲来に怯えているように。異様な雰囲気が周りに流れていた。
「この自分を……変えるために――」
「来いよ!僕の神様ぁぁぁぁぁぁ!」
武弥が天に向かって叫ぶ。
その時だ。
「!? な、何?」
武弥の周りから、マグマの泡のようなものが溢れ出した。ポコポコという音を立てながら、1つ2つと数を増やしていく。そして、そのマグマは大きな火柱となって――武弥を飲み込んだ。
「これは――一条が力に目覚めた時と同じ……まさか、武弥くんも、神の力を持っていたの!?」
「ガァァァァァアァ!」
火柱から叫び声を上げながら現れた武弥は、もはや武弥ではなかった。
紅黒い長髪をたなびかせ、急速に発達した身長と筋肉で、佇みながらも敵を威圧するその姿は、まさに「破壊神」だ。





