11.これが青春だ!
それから数日後、私たちはいつも通り学校に通った。まだ学校が始まったばかりと言うだけあって、授業は簡単だ。ただ、今日ばかりはあまり集中出来なかった。なぜなら「今日から部活動が始まる」から。設立の件については、一条と神田さんが上手くやってくれたこともあり、スムーズに進んだらしい。高校といったらやっぱり部活! ちょこっと普通の部活とは違うけど、こういう少人数の部活もありだよね。密な青春が遅れそうな気がする! 楽しみだな。
――
「ありがとうございましたー」
全員で、帰りのホームルームの挨拶をする。今から、待ちに待った放課後だ。私は急いで帰る支度を済ませ、教室の外へと飛び出した。
「おっ……と、そんなに慌ててどうしたんー」
教室から出た途端、誰かにぶつかった。一条だ。その隣には武弥もいる。
「いやー、部活が楽しみでね。早く行きたかったんだ」
私は笑いながら言った。
「その気持ち、分かるよ」
「じゃ、さっさと行きますかー!」
一条はそう言って、廊下の奥へと進んで行った。部活を行う所は、学校の敷地内にぽつんとある、謎の小屋。何かの部活の部室にする予定だったらしいが、結局使われなかったらしい。そこで、私たちが活動場所兼部室として使用できたという訳だ。詳しい場所は一条しか分からない。私たちは一条の後を追っていった。
「よっし、ここが、俺らの部室ですぜ!」
一条が指さしたそこには、確かにコンクリートで作られた小屋があった。近くが森のようなスペースになっているため多少の草は目立つが、小屋自体にはかかっておらず、手入れ自体はされていそうだ。
「じゃ、開けるぞ……!」
一条がドアノブに手をかける。そして、勢いよくドアを開いた。
内装は、一言で言うなら殺風景。いくらかの机とホワイトボードが置かれているのみだ。幸い、壁紙や床は汚れておらず、ホコリ等も溜まっていなかった。
「まぁまぁ、綺麗なのはいいじゃん! 内装は、こっから俺らが開拓してけばいいんじゃねーの? とりあえず、テレビとかゲームは置きたいな!」
「神話の資料とかも置けそう……!」
「カーペットとか壁紙とか、もっとオシャレなのにしたいな!」
私たちは互いに思い思いの部室のイメージを話し合った。こうして部室について考えているだけでも楽しかった。自分たちで部活を作れてよかったと、心から思えた。
「おっすー、悪ぃ、ちょっと遅れちまった!」
ドアの開く音と、明るい声が部室内に響いた。声の主は稲咲さんだった。が、いつもと少し、雰囲気が違った。
「ぎゃはははは! 何スーツなんて来て改まっちゃってんの!」
そう、稲咲さんは普段、ライダースーツやスポーツウェアなど、身軽な格好をしている。神殺特別科本部に行く時もそうだった。それが、学校の顧問という立場上からか、ピカピカのスーツを着ていたのだ。
「俺だったこんなの着たくねぇし、来たのなんて10年振りくらいだぞ! でも、神田さんが着ろって言うから、仕方なく……」
稲咲さんが小さくうつむいた。多分、自分でも似合わないって分かってるんだろうな。
「ま、切り替えてやってくぞ! まずはこいつを渡しておこう!」
そう言って渡されたのは、ホッチキスで止められた小さな冊子だった。表紙には「稲咲龍介特製!神様丸覚えテキスト」と書かれている。
「うちの研究職とか神田さんとかその他もろもろの協力を経て作ったんだ。ここには神についてのこと、ダンジョンの発生条件、ダンジョン内のことなど、神と対峙する為に必要な知識が詰め込まれている。部活の前半はこれを読むぞ!」
「おお、なかなかの完成度じゃねぇか!」
一条が唸った。それにつられて、私もテキストを開く。そこには、教科書さながらの文章と、いくつかの写真が載せられていた。これは、普通に売りに出してもいいレベルだ。
「だろ? 俺頑張ったんだぜ! こいつを覚えて、神殺特別科ライフを送ろうぜ!」
私たちは頷いた。この本があれば、なんとかなりそうな気がする。
「それと……神原武弥くん! 君に少し、話しておきたいことがある!」
「は、はい!」
稲咲さんは優しくも、覇気のある声でそう言った。武弥は少し押され気味ながらも返事をした。
「君の家族の話、一条から聞いたよ。今まで、色んな思いがあったと思う。そして、「もし母親が消えた原因の神がいるのならば、そいつを探したい」という思いも。俺はそれを応援したい!だから君も、神殺特別科には入れないけれど、一条や夜見ちゃんと一緒に、神殺しを手伝ってほしい! もしかしたら、武弥くんが神の力を手に入れられるかもしれないしな。……どうだい? 悪い話ではないだろ?」
稲咲さんは語りかけるように言った。
「も……」
「も……?」
「もちろんです! やらせてください!」
武弥は普段の彼からは想像できないほど、ハキハキとした声で言った。その声で、私たちは湧いた。
「じゃ、授業を始めるぞ! みんな、席に着け!」
「「「おー!!」」」
――
私たちの部活は月・水・金・土の4日間行われる。前半は稲咲さんの座学。後半からは、図書館や稲咲さんが持ってきてくれた資料などを使って、自主学習の時間だ。ただ、稲咲さんは仕事の関係上、水曜日と金曜日は来れない。この時間は、自主学習が全てとなる。そして、土曜日には稲咲さんが持ってきてくれた道具などで、実践的な学習を行う。ダンジョンの中にある宝物の扱い方。神の攻撃の避け方などなど……主な活動はこれだ。
稲咲さんの話は面白い。明るく、知識が深く、そして優しさに溢れている。まさに理想の先生と言った感じだ。座学は質問が飛び交う為、眠くなる心配はない。自主学習も実践も、楽しく行える。私たちは楽しくて仕方がなかった。
そして、神殺特別科としてのお仕事。これも順調だ。ダンジョンに人が巻き込まれる事例も、あれ以来発生していないし、出てくる神もだいたい雑魚 (一条にかかれば)だ。何の心配もなしに勝つことができる。そんな楽しい日々を送って、2週間が過ぎた。
「今日、一条くんお休みだって」
朝、部室に図書館で借りてきた資料を置きに行った時、武弥にそう言われた。風邪なんかひかない一条が休むなんて……
「一条、怪我でもしたの?」
「いや……なんかさ……」
武弥が答えにくそうにしている。あ、どーせくだらん理由だ。
「有給……らしいよ?」
ほらやっぱり。ま、大怪我とかじゃなくて良かったわ。
「そこでさ、もし夜見さんがよかったらなんだけど……」
「?」
「今日の放課後、一緒に帰らない?」
武弥は少し恥ずかしがりながらそう言った。ははーん、さては武弥、人見知りだな? だから、はっきり言い出せなかったんだろ。もう2週間経ったんだしさ、そんなの気にしなくていいのに。
「うん、いいよ!」
「わぁ……ありがとう!」
武弥は嬉しそうに微笑んだ。そんなに喜んでくれるなんて……ちょっと嬉しいな。
――
授業はあっという間に過ぎ、放課後になった。時刻は午後4時を回っている。今日は火曜日だから、部活はない。今日は、そのまま帰ろうか。
「あ、夜見さん!」
廊下で、手を振りながら私を呼ぶ武弥の姿が見えた。私は急いでそちらへ向かう。
「じゃ、帰ろっか」
「うん!」
私たちは他愛も無い会話をしながら、駐輪場へと降りていった。
下校途中も、そのような会話が続いた。最近の活動だとか、最近戦った神についてだとか、流行りの曲についてだとか。そんな、他愛も無い話。
「僕さ、本当にこの部活に入れて、よかったと思ってる」
辺りが少し暗くなり、赤色の日光が少しづつ陰って来た時、突然武弥が口を開いた。
「あの時、一条くんの放送を聞いた時さ、本当は入ろうか迷ったんだよ。中学生の頃からやっていた吹奏楽とどっちを選ぼうか、迷ってたんだ」
そりゃそうだ。あんなおかしな宣伝、1発で入ろうと思ったらそりゃおかしいよ。
「でも、こうしてこっちを選んだから、一条くんや夜見さんみたいな、いい友達が作れたし、充実した毎日を遅れている。本当に、感謝しかないんだ。ありがとうね」
武弥は優しく微笑んだ。その顔は、どこか純粋な子供のように幼げであったが、その中にキラリと光る覚悟があった。沈む太陽に照らされ輝く笑顔。美しかった。
そこで私は少し、冷静になってしまった。よくよく考えたらこの状況、男子と2人きりじゃん! どうしよどうしよ! こんなの生まれて初めてだよ! 今まで気にならなかったから良かったけど、気にし始めたら急に恥ずかしくなってきた! 相手は武弥なのに!
「あ、坂道。自転車、降りようか」
「う、うん」
あーもう! まともな返事ができない。なんで、そんな可愛い顔すんだよ! そんなイケメンみたいな顔すんだよ!
私は黙々と進み続ける。武弥と隣り合いながら。
「……ん?」
今まで黙っていた武弥が、急に口を開けた。私は思わず前を向く。そこには――
「これは……あの時の……」
神降山で見た時と同じ、光の輪が広がっていた。
「武弥、来るよ!」




