このデパートに閑古鳥を鳴かせてやるっ!
『悪食の氷原』のページを見つつ明良は毒を吐く。
「クソステージだこれ。てか、なんだよ最後の『パーティー』の作り方ページはありません、ってなんだよ煽りか! 俺への当てつけか!?」
文句を言いつつも4階層の攻略を考えなければならない。明良には立ち止まるという選択肢は無いのだから。
まず氷原を駆け抜けるのは難しい。スキーウェアなどを着た状態で素早く動くのは困難を超えて至難だ。
なら倒す方が早いのだが、そうなるの装備の損壊をどこまで許容するか、そしてどんなパーティーを組むかを考えなければならない。
明良は避けタンク兼ダメージディーラーのため立ち位置的には遊撃手のポジションだ。あと1枚はタンクが欲しい。欲を言えばアタッカーも1枚欲しい。
ちなみに攻略ページにある正規の方法は一人を囮にして倒すか、先に進むというものだった。
――そして、邪道は装備をすべてアイテムポーチに突っ込み、耐寒ポーションを飲んで全裸で氷原を突っ切る……らしい。ウェアイーターは服または装備を装着した人間しか狙わない、という生態らしい。
「気持ちわるっ。考えた探索者もウェアイーターもただの変態じゃん……」
たとえ、その方法が通じるとしても絶対にやらないと決意する明良だった。
ぐぅぅ。
「……腹減ったな。ご飯にしよっ」
腹時計に急かされて、アイテムポーチから仁に貰ったお惣菜を取り出す。
どこにでもあるプラ容器が2つに、メンチカツとコロッケが4個ずつ入っている。
「いや多いわ」
いくら明良が食べざかりのティーンエイジャーで、腹が減っていても、揚げ物8連弾は胃が油の海に沈んでしまう。
まあ、食べるのだけれども。
コロッケを無造作に掴み、一口頬張ると黄金色の衣が香ばしい食感を奏でる。ほくほくのジャガイモの中から顔を出す粗挽きの牛挽肉も素晴らしい。そして満を持して、口の中いっぱいに弾けるような油がじゅわっと溢れた。
「うまっ」
前言撤回だ。これならあればあるだけ食べてしまえそうだ。
メンチカツにも手を出す。こっちは噛んだ瞬間肉汁が爆発した。おかげで口端から汁が地面にこぼれたが構うことはない。
肉厚のハンバーグにザクザクの衣を着せたような食べごたえに、明良も思わずにっこりする。
こんなものをタダで頂けるなんて贅沢の極みだ。戻ったらまず、仁に改めて感謝を伝えておこうと決めた。
――仁ちゃん、か。
悔しいが、この先に進むには頭数が必要になる。探索者の知り合いが少ない明良には、他に当てがなかった。
「ここを出たら仁ちゃんに連絡するか」
☆★☆
新宿ダンジョンから帰還して、いつも通り受付嬢に魔結晶とドロップアイテムを渡しておく。
査定の結果は魔石が37,000円、ドロップアイテムが21,500円。
そして当然ながら探索者Lvは4に。
悪くないどころか上々の結果に、聞いた明良が目を丸くしたほどだった。前回のダイブ利益を大幅に更新している。ドロップアイテムの利益だけでも十分すぎるほどに。
――ま、命を張った値段がコレっぽっち、て見方もできちゃうけどね……文句は言うまい。
明良は魔結晶をすべて自分で使うことを伝えて、ドロップアイテムのみを売り払った。
財布の中に万札が2枚もある。この状態が当たり前になるように、もっと頑張りたいものだ。
明良は『休憩室』を使い、30分ほどかけて魔石を取り込む。
その最中、少し視線を感じたが、明良は気のせいか?と思いスルーした。
帰りはそのまま新宿駅から山手線で帰った。電車に揺られながら、明良は冷蔵庫の中身を思い出していた。そろそろ買い出しに行かないと食材が無くなりそうだった。
――買い物してから帰るか。
日暮里で降りて、デパートに寄っていくことにする。本当は商店街にお金を落としたいところなのだが、チェーン店のデパートのほうが品揃えに偏りがなく、予算も抑えられるので、仕方なくデパートに向かう。
デパートの名前は『DONE』。シカ地下にて明良が利用している店でもある。
「鮭の切り身……ソフトパン粉……あとは」
買い物カゴをカートに載せて、スマホのメモとにらめっこしていると、いきなり罵声が飛び込んでくる。
「まだ終わってないのか! 簡単な品出しだぞ!」
「申し訳ありません、チーフ……」
怒られているのは明良の母、文江だった。叱責を飛ばしているの男を、明良はよく知っていた。フロアチーフの黒住だ。油っぽい髪の毛をワックスで更にテカテカにして撫でつけた中年である。アラフォーのカーブに差し掛かってから、頬にでかいシミができているので若いバイトやパートの奥様からはクロジミと揶揄されているらしい。
母は、ひとりでは到底さばききれない大量の品出しを任されていた。とても短時間では終わらない個数のダンボールが積まれている。
――あの野郎っ……ふざけやがって!
口を出そうと一歩踏みしめた明良は、肩を誰かに掴まれた。
「秋良、やめるんだ」
デパートの制服に身を包んだ父、修時が明良を引き止めたのだ。
明良は思わず父の手を振り払った。
「父さん、悔しくないのか? だってあれはパワハラじゃ……」
「例えそうでも、今の私たちは職を失うわけにはいかないんだ。わかってくれ」
苦渋の表情を浮かべる父。分かりきっているのだ。今の父には歯を噛み締めて耐えるしかないことが。
それに周りを見てみれば、他のパートの者たちもあまりいい顔をしていない。彼らも多くが商店街からの出稼ぎで来ている者たちだからだ。
―こんなの間違ってる。いつか絶対に、このデパートに閑古鳥を鳴かせてやるっ!
秋良は、拳を握りしめた。そして、自分が「西乃雑貨店」を復活させるのだと再度心に誓うのだった。