金の群れだァ……!!
秋良は山手線の新宿駅で降車した。地上ホームからロッカールームで着替えを行い、その足でシカ地下へとおもむく。シカ地下のダンジョン雑貨店『DONE』で、秋良は火炎瓶や解毒ポーションⅠなどを大量に購入する。
そして整備に出していた小剣と剣帯を鍛冶職人から受け取って装備した。
――3階層は一気に攻略してやる。あわよくば4階層も
意気込んでダンジョン入り口の改札で協会の女性役員を見つけた。この前と同じ人の様に見える。が、向こうは秋良のことなど正確には覚えていないだろう。
「こんにちは。ライセンスの提示をお願いします――」
お決まりのやりとりを数回行った後、秋良は「目的は発掘と攻略。期限は二日。非帰還時の捜索不要で」と告げた。問題なく改札を通過し、秋良はダンジョンへと入場する。
一階層は何事もなく突破。今回はあの気持ち悪い女探索者――名前は忘れた――とも会わず、するりと2階層へ。2階層『小鬼の巡回地』にてしばらく洞窟を進むと、待ってましたとばかりにゴブリンが1匹現れた。
「お前が来ることはわかっていた。一匹で行動していることもな」
接敵する前から、秋良はゴブリンの気配を感じ取っていた。
「ギ?」
言葉は通じていないようだった。
「気にするな。独り言だから」
油を塗られたばかりの刃が、首を滑らかに切り飛ばす。
「あと気持ちわるいから声を出すな」
哀れゴブリンは二度目の声を発することもなく、その命と共に、魔結晶と鬼の妙薬を地面に落とした。
圧倒的な速度で首を狩る様はまるで暗殺者。そして秋良自身、ゴブリンナイト戦前と比べて身体能力が跳ね上がっていることに驚く。全能感にあふれていると言えばいいのか。とにかく、2階層のゴブリンは何体来ても相手にならないだろう。
「寄り道せずに3階層で蜘蛛を狩ったほうがよさそうだ」
ゴブリンを倒しても稼ぎは魔結晶の稼ぎは知れている。ならば、今の秋良は深層へと潜って戦うべきだ。そう判断して勇み足で3階層『毒蜘蛛の狩場』に急いだ。
3階層 『毒蜘蛛の狩場』
早くも夏を先取りしたようなじっとりとした暑さが、蛇のように肌に絡みついてくる。そのせいで滝のように汗が流れ出るのが不快だ。
「汗、きも」
秋良は汗をぬぐいながら森を歩いていた。手には火炎瓶を持ち、足音を消して歩いている。
秋良の足裏にはスライムジェルが塗られている。攻略ページにあった小技の一つで、スニーキングの時に使われる。このジェルは最初に触れたものに粘着性を発揮するのである。そして、他のものを拒絶――とまではいかないが、粘着性は落ちる。なおかつ消音性があるため、こうして隠密に応用されたりする。
毒蜘蛛は物音を聞くことはできないが、振動を足で感じ取ることができる。スライムジェルで足音を消すのは効果的と言えよう。
それはさておき。
数分ほど森の中を探索したところで、秋良は標的を見つけた。木と木の間に放射線状の巣を張った毒蜘蛛が不気味に佇んでいる。獲物がかかるのを待っているのだろう。微動だにせず、かといってこちらを認識している様子もない。
「気持ちわるっ、なんで蜘蛛は見た目があんなに不快なんだ」
――ともあれ、ネット型が一匹だけか。
絶好のチャンスだ。
火炎瓶のふたを開けると自動的に口に火が付いた。わざわざマッチなどを使わなくて便利なタイプのものだ。お値段一本500円也。
一体だけに使うにはすこし値が張るが、せっかく敵が孤立しているのだから効果のほどを試すにはもってこいだ。
秋良は迷わずに火炎瓶を投げた。ガラスのはじける音が森中に木霊した。火炎瓶は木の幹に当たって火をばらまいていた。見事、蜘蛛の巣には延焼し、被害が広がっている。そして蜘蛛本体にも燃え移り、毒蜘蛛はたまらず地面に落下した。
秋良がその隙を逃すはずがなかった。
木の陰から音もなく飛び出した秋良は、一瞬でショートソードを抜く。
「シッ!」
「……チチッ!?」
振り抜いた刃は、毒蜘蛛を縦に真っ二つにした。そのまま蜘蛛は魔結晶と糸の束を落として消えた。
「あっけなさ過ぎるな……」
ゴブリンナイトの魔結晶を取り込んでから体の調子がいいとは思っていた。
1、2階層のモンスター相手だと雑魚すぎて分からなかったが、相当なパワーアップをしているようだ。
「次は火炎瓶なしでやってみるか」
理想の敵は、地蜘蛛型の毒蜘蛛だろう。火炎瓶を当てようにも素早い動きで避けられてしまう可能性が高い。
ちょうど、自分の力がどこまで着いたのか試してみたかったところだった。
秋良は魔結晶とドロップアイテムの『蜘蛛の糸』をポーチにしまう。縫製品などに使われるアイテム……つまり多くのシーカーには使い道のない代物だ。ゆえに3階層は初心者を脱したシーカーの金策スポットと言われている。
それは秋良にも当てはまる。
――しばらくここでアイテム掘りと魔結晶集めだな。
決意した直後に、近くの茂みから毒蜘蛛が飛びだす。ガラス瓶が割れた音を感知して近寄ってきたのだろうか。
少し討伐が遅れていたら2対1になっていた。そう考えると厄介な相手のはずなのだが。
「チチチッ!」
秋良は敵が飛びかかってきたのを見て
――あれ、蜘蛛遅いな?
すれ違いざまにショートソードで切り上げる。毒蜘蛛は胴から真っ二つになっていた。
頭よりより体のほうが先に動いていたようだ。
毒蜘蛛は魔結晶と『蜘蛛の毒』をドロップして消えた。地蜘蛛型のみが蜘蛛の毒を落とすため、そこそこいい値段で売れるアイテムだ。解毒ポーションⅠの材料にもなるが、素直に売り払ってしまった方が金になる。つまりこれも金策アイテムである。
「チチチ!」
「チチ!」
「蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛……いや」
次々と釣られてやって来る地蜘蛛たち。本来の推奨レベルなら撤退するのが正しい戦術である。だが今の秋良にはカモがネギをしょってきたようにしか見えない。
「金の群れだァ……!!」
そこからは一方的な虐殺だった。多対一であるはずの戦いで、必ず一対一に持ち込めるよう立ち回り、一匹ずつ確実に仕留める。毒蜘蛛の攻撃は秋良にかすりもせず、避けるたびアイテムが転がっていく。
「ハッ!」
「ヂッ!?」
コロン。ポトッ。
「フッ!」
「チチーッ!」
コロン。ポトッ。
「アハッ」
「チチッ!」
コロン。ポトッ。
魔結晶とドロップアイテムが落ちる。
それを何度繰り返しただろうか。
20匹ほど倒したところで地蜘蛛タイプは打ち止めとなった。だらだらと援軍の地蜘蛛が来るものだから10分ほどは動きっぱなしだったはずだ。
「疲れはないね。上出来じゃないか」
――チンッ。
秋良は小剣を鞘に納めた。
ゴブリンナイトの魔結晶は秋良に想像以上の力を与えてくれたらしい。今日の稼ぎは1万を越えそうだ……と内心ほくそえむ。あまり感情を表に出さないが、稼ぎが良くなるというのは気分のいいものだ。
魔結晶を自分の強化に当てている秋良にとって、3階層は天国だ。
毒蜘蛛にとっては地獄だろうが。
しかしあまりにも歯ごたえがない、という実感がある。秋良的にはもっと苦戦すると思っていた。だからこそ火炎瓶をいくつも準備したし、スライムジェルを使った小技まで使用したのだ。
拍子抜けもいいところだ。
本来は『剣封じの森』とまで呼ばれるくらい厄介な階層のはずが、秋良の頭のおかしい捨て身戦法のせいで機能停止しているだけなのだが
――――――秋良はそれをまだ知らない。