仁ちゃんには関係ないだろ
本日からストック切れるまで毎日1話ずつ投稿の予定です。30話分くらいまで毎日投稿するつもりなのでよろしくお願いします。
「へっ……ぶしゅ! ……うぁ」
ゴブリンナイトとの激闘の後。明良は自分のくしゃみで目を覚ました。暗い階段を見渡せば、足元にポーションの空瓶が転がっている。
全身を見る。
革製の胸当ては凹んでいるが、あとは小さな傷がついているくらいだ。修復に時間がかかりそうだが、買い替えるほどではない。ショートソードの刃こぼれは“シカ地下”の鍛冶職人に見てもらえばいい。
明良は体の具合を確かめた。
初級回復ポーションのおかげでかなり快調だ。ナイトに殴られた場所は痛むが、それも打撲ほどの痛みに収まっている。
とはいえ、これ以上のダンジョンダイブは危険だ。
「……ちょっとだけ見ていこう」
危険だとわかっていてもせっかく3層への階段までたどり着いたのだ。明良の足は地下へと向かった。
新宿ダンジョン 3階層 『毒蜘蛛の狩場』
「うわ、あっつ……」
鬱蒼とした森が広がっている。絡みつくような湿気と肌を舐めるような暑さ。まるで熱帯気候だ。
3層はその通り名のまま、毒持ちの蜘蛛型モンスターが敵だ。とりあえずどんな風貌か、姿だけでも拝んで帰りたいところだ。今後の攻略のために。
「チチッ!」
「……!」
甲高い鳴き声とともに茂みがさざめいた。物音に反応して、明良は小剣を抜く。
出てきたのは黒い体に紫の線がある蜘蛛だった。
さすがは3層。さっそく戦闘になるかと思いきや。次の瞬間、蜘蛛の頭に一本の矢が降り立っていた。
蜘蛛の体が煙と変わり、魔結晶が転がる。
茂みの奥から弓を携えた男が出てきた。どうやら今の毒蜘蛛は、別の探索者の獲物だったようだ。
「あ、どうも」
「……(ぺこり)」
無言の会釈を済ませると明良はきびすを返して2層へと戻っていくのだった。
今日の稼ぎはナイトの魔結晶だけで充分だろう。しかし、明良はこの魔結晶を売るよりも自分の強化に使いたかった。
結局、追加でスライムを何匹か倒しつつダンジョンから帰還するのだった。
"シカ地下"ダンジョン入口にて。
明良はシーカー協会の換金窓口に潜果――ダイブの成果のこと――を提出していた。
窓口の受付嬢からライセンスを返してもらい、査定額の見積もりを受け取る。
「ライセンスを拝見いたしましたが、不正、犯罪記録はありませんでした。それと今回のダイブで階層更新のため、Lv3シーカーにランクアップしていますね。おめでとうございます」
「……どうも」
「ところで、魔結晶はすべて換金されますか?」
「一番大きいのは俺が使います。他は換金してください」
「かしこまりました。では"休憩室"をご利用ですね」
使う=食べるということを受付も理解しているので、特に何か言うことはなかった。
明良も黙って頷く。
見積もり価格『100,000』に目が眩んだが、明良はぐっと我慢した。いずれ取り返せる額なのだから、今は自分を強くすることに使いたい。
明良は今回のダイブ報酬、しめて5,700円をポーチに突っ込んで休憩室に向かった。
ダンジョン及びシカ地下の外には魔結晶は持ち出せない。家に持って帰って魔結晶を摂取することは禁止である。持ち帰ると、一般人に魔結晶が渡ってしまう可能性があるからだ。シーカー同士で転売するならまだいい。最悪のケースだと、魔結晶を取り込んだ一般人がその負荷に耐えきれず死ぬこともある。
それを防ぐための休憩室だ。
魔結晶を取り込んで消化を終えるまで、無料で貸し出してくれる施設である。
それらを眺めながら、明良は一人席に着いた。ポーチからナイトの魔結晶を出して、口に放り込む。これで大幅な戦力アップにつながる。
――このサイズの魔結晶は吸収に三十分かかるかな?
これが100,000円の味か(特に味などない)、と内心ニヤけていると
「なーに黄昏れてんだ」と頭上から声をかけられた。
おもてを上げれば、金髪とピアスが眩しいチャラそうな男性探索者が明良を見下ろしていた。
面識のない人間なら無視しただろう。ただ今回は、明良にとって少し特別だった。
「小金井?」
「おっ、覚えてたか〜。嬉しいぜマイベストフレンド。昔みたいに仁ちゃんって呼んでいいぜっ?」
ウィンクをしたチャラ男は、白い歯を光らせた。
全力でうざ絡みをしてくるこの小金井仁という男は明良のお隣さん。同級生の幼馴染だ。幼い頃から遊んでいたが、中学に上がってからはつるまなくなっていた。
だからか、明良はバツが悪そうに彼を見つめた。
「仁ちゃん、探索者になったんだ」
「そりゃ俺のセリフだぜ。中卒後、進学しないでバイトばっかしてたと思ってたよ……アキはまだ家のこと諦めてないのか?」
「……仁ちゃんには関係ないだろ」
「まぁな」
明良は息を抜くようにふっと笑った。こういうときに「関係ある」と言わない仁の性格は好ましかった。
「関係なくても相談ならタダで受けるからよ。いつでも頼ってくれや!」
仁は明良の背中を力強く叩いて笑った。竹を割ってさらに火で爆ぜさせたような、爆竹みたいな人柄にはさしもの明良もお手上げだった。
「……ありがとう」
「おう」
明良と仁はそのまま語らったあと、連絡先を交換してから休憩室を出た。仁とは中学から疎遠になっていたが、こうして縁を戻せたのはなにかの巡り合せだろう。
明良は顔は無表情のまま、上機嫌でシカ地下内を寄り道しつつ帰路に着くのだった。
☆
日暮里駅を降りてから、歩いて程なくした商店街。昔ながらの惣菜屋や八百屋、駄菓子屋から反物を扱う店までぞろりと揃っている。
そのうちの、ひっそりとシャターの降りた2階建ての店……の勝手口。明良は「ただいま」とドアをカラカラと引いて帰宅した。
両親の返事も待たずに2階に上がり、自室に直行。畳張りの床に敷布団を広げて、長方形の白い宇宙に飛び込んだ。
そしてあっという間に意識が呑まれた。新宿ダンジョンでのナイト戦がよほど体に堪えたらしい。
「(明良には届かない声)」
「(明良を見て嘲るように笑う)」
中学の教室で、女子たちがこれみよがしに噂している。すぐに中学の頃だとわかったのは、教室のレイアウトもそうだが、女子たちのセーラー服が明良と同中だったからだ。
――これは夢だ。
明良は、それがうつつの世界ではないことを早々に見抜いていた。明良はとっくの昔に中学を卒業しているのだから。
このときの女子たちの会話はよく覚えている。忘れられないというのが正しいかもしれない。
「明良クンの店、新装の大型雑貨店ができてから潰れちゃったらしいよ」
「ダンジョンのアイテム売ってる店でしょ? そりゃ明良くんちただの雑貨店だもん。勝てっこないでしょアハハ」
「しかも両親ともそこでパートしてるんだって」
「マジ〜? プライドなさすぎ〜」
女子の明良への陰口。陰で言ってすらいない悪口。ただの侮辱だった。
――好き放題言ってくれる……!
ダンジョン特需とよばれる好景気が始まったのは、探索者協会の設立後まもなくだった。探索者たちによってダンジョン産のドロップアイテムや開発品が出回るようになってから、通常の雑貨店など見向きもされなくなってしまった。
様々なエネルギーの代替として扱われる魔結晶はその筆頭。
スライムからドロップする『スライムジェル』は、乾電池の使用時間を大幅に向上させた。
ゴブリンからドロップする『鬼の妙薬』は、現代医学の技術を異端のレベルまで躍進させた。スライムジェルと混ぜることで回復ポーションに変化する点も大きく注目された。
他にも数え切れない程のダンジョンアイテムが売りに出された。しがない雑貨店であった明良の実家は、当然のごとく赤字経営が続き、毎月が火の車。
トドメは近所にできた大型の雑貨店だった。
商店街の多くの店は飲食店や食品店を除いてシャッターをおろしてしまった。
その後は、女子たちが噂していた通りの落ちぶれストーリーが展開されていく。
給食費や学費を滞納している、生ポ(生活保護)で生活している社会のごく潰し……――どれも根も葉もない下世話なものであった――噂の中心はスクールカースト上位の女子グループだった。決定的だったのは明良がアルバイトのために中学の修学旅行に参加しなかったことだろう。
貧乏守銭奴の西乃明良、とレッテル張りがされた。
実際、バイトを入れてたから友達付き合いは悪かったし、部活も途中で辞めた。男友達と遊ぶことも少なくなったが、小金井仁が男子との関係を取り持ってくれたおかげで、同情と心配の言葉をよくもらっていた。
そんな日々の中、何も言わない明良より先に痺れを切らした男がいた。小金井仁は、明良の影口を言い合う女子の一団に近づいていったかと思うと、唐突に言い放った。
「人の悪口ばっか言ってキモいわお前ら。耳が腐るからやめてくんねーかな?」
衝撃だった。
仁は幼馴染だけれど、男子のカーストトップに君臨していた。そんな立場の仁が、自分の風評を捨てて明良をかばったのだ。なにより、男子たちが(もしくは女子の一部も)抱いていた不快感を口にしたことが驚愕だった。
その結末は、学年中の男子と女子の派閥を巻き込んでの大抗争となったわけだが、ここでは割愛する。
なにはともあれ明良が中学を無事卒業できたのは、間違いなく仁のおかげだ。だから中学卒業後から進路が別れてしまったことを申し訳なく感じていた。そして仁のように意志の強い人間になろうと思ったのだ。
中学卒業後はお金を貯め、18歳で探索者デビューした。シーカーライセンス取得が18歳ボーダーだったからだ。
――そして、現在。
明良は、ちょっと拗らした感じで意志の強さを発揮する人間となった。
「気持ちわるっ」と。
女子からの作意や悪意を敏感に感じ取り、ためらいもなく不快感を口にするカウンター型陰キャ爆誕である。