俺はもっとクソなんだ
本日、3話目です。
手をぐっぱっして、魔結晶のエネルギーから取り込んだエネルギーを確認する明良。
「うん。これなら、やれる」
さっきまでスピードはゴブリンナイトが優勢だった。でも今なら速度で上を取れる。確信とともに、明良は脚のギアをトップまで跳ね上げた。
一瞬にして姿がかき消える。
あたかも明良が幻だったかのように。
――ヤバい。速さのコントロールが利かない。
「……っ!」
――でも最高に気持ちいぃぃ!
急激な変化に頭と体の判断が遅れている。精神と身体の連携がズレている。そんな感覚の中、明良は新たな力に酔いしれていた。
岩肌の床を蹴って、一息でナイトとの距離を詰める。
明良の身のこなしを見てナイトの顔色が変わった。獲物から好敵手を見る目へと。
「あはっ!」
明良の小剣が、三叉の光となって閃く。ナイトの頬、腕、腿と亀裂が入る。
「ギァッ!」
負けじと騎士の大剣が横に凪がれる。明良はジャンプで身軽に避けると、大剣の腹を蹴ってナイトの上を取った。そこから小剣を逆手に持ち替えて、ナイトの左目に刃を突き立てた。
――左目を奪った!
「アハハッ!」
「ギアアアアッ!」
振り絞るような絶叫が轟いた。明良の歓喜と小鬼の騎士の恐怖。傍観者のいないダンジョン内に、両者の声が響き合う。
しかし流石は希少種モンスター。騎士はすぐさま明良を振り払った。明良は慌てずに小剣を手放し、彼我の距離をあけて様子を窺う。
「フー、フーッ!」
子鬼の騎士は、絵に描いたような鬼の形相を浮かべている。突き立った剣はそのままである。剣を抜けば出血が酷くなると本能で理解しているのだろう。
「へえ。剣、抜かないんだ……俺に武器を返すような真似はしないってことか」
武人だなと感心しつつ、明良は次の手を考える。小剣が手元にない以上、徒手空拳で戦うことになるが……。明良の骨の浮き出た拳では、騎士の鎧を砕くには威力が貧弱すぎる。
小鬼の騎士もそれを分かっていながら、明良の八方塞がりな状況を楽しむように嗤っている。痛みにうなされながらも、愉快そうに口角を歪ませている。化け物の本性が馬脚を現していた。それでいて悪辣であり、利発な頭も持っている。
――圧倒的な強さに加えて、邪悪な知性もある。ルーキーが殺されるわけだ。
「さすがモンスター。クソみたいな性格してるね。気持ちわるっ」
「フゥー、ギアアッ!」
丸腰の獲物に目がけて、ナイトが勇み足で馳せていく。今度こそ追い詰めて、縊って、切り刻んでやるという殺意が明良の肌を刺す。
「ギィッ!」
ナイトが距離を詰めて今まさに明良を叩き斬ろうとする。
明良は、欲望まみれの騎士を見つめていた。
「ほへんへぇ」
明良は奥歯を見せるように口を開く。ガラス玉が、歯と歯でがっちりと挟まれている。
「!?」
刹那、貝殻を砕くような軽快な音が明良の口の中で弾けた。光と煙が洞窟内を席巻し、ナイトの五感を鈍らせる。
「俺はもっとクソなんだ」
明良は、騎士が鈍った瞬間を見逃さなかった。目を瞑り、前へ踏み出す。大剣の軌道を読み切ったうえで、明良は後ろにステップを踏む。
地面に大剣が叩きつけた音を聞いてから、明良は跳躍する。
目を開ければナイトの悶絶した顔が見えた。明良は小剣に手を伸ばしたが、小鬼の騎士もさる者であった。
「ギアッ!」
「お゛っ!?」
明良の胸に強烈な衝撃が走った。ナイトの両手が自由になっているのに、明良は遅れながら気づく。大剣を捨て、徒手格闘になっている。
――あばら、何本か逝ったな。
吹き飛ばされたのち、すぐに大勢を立て直す。咳払いをすると、口元に当てた手に鮮血がついた。
――肺も傷ついてるな。
失った血の分、明良の頭は冷静に回転していた。武器は手元になく、体もガタガタである。最後にとってあった閃光煙幕を生み出すガラス玉――通称フラ玉――はさっきので尽きた。明良に打つ手は残っていなかっまた。
だが、
「俺の勝ちだ」
明良はゴブリンナイトに微笑んだ。騎士は沈黙していた。明良の言葉を受け入れているかのように。
騎士の左目にあった小剣は、より深くに突き刺さっていた。明らかに、脳まで届いた致命の一撃である。
カウンターを喰らう寸前、明良は武器を取り戻そうとせず、拳で柄を殴りつけたのだ。ゴブリンナイトとのクロスカウンターになる形で。
「……」
小鬼の騎士が徐々に消えていく。まず半透明に。ダンジョンの壁が見えるくらいに透過したころ、明良は口を開いた。
「今度はもっと下の階層で会おう。次も俺が勝たせて貰うけど」
言い終えると、ショートソードが地面に落ちる。明良のみのダンジョン部屋に、金属の虚しい音が響いた。
地面にはショートソードの他に、握りこぶし大の紫色の魔結晶が転がっている。明良は、それを無造作にポーチに突っ込んだ。
「は、ぁ……ごほっ、階段……」
明良は体に鞭打って進んだ。階層と階層を繋ぐ階段は、基本的にモンスターが入ってこれない安全地帯。警戒しないで体を休められる。
階段を少し降りたところで壁際によりかかる。
「ポーション……」ごそごそ、と腰のポーチを探る明良。
「あった」
ポーチから取り出した小瓶。青い液体が、ガラス瓶に反射してエメラルドに煌いている。
明良は、コルクを抜いて一気に中身を煽った。飲み薬のような不思議な甘味が鼻腔を貫き、胃の奥へと落ちる。
――これで、もう……大丈夫だ。
大きな安堵を一つして、明良の意識はダンジョンの闇に沈んでいった。