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気持ちわるっ

本日、2話目です。

「そういうの興味ありませんから」


 楽しげにそよぐ風が、うららかな陽気が、一瞬にして凍り付いた。

 文句なしの美少女ーー桜庭さくらば叶恵かなえの美貌が、口の中で砂を噛んだかのように歪む。なぜパーティー申請が断られたのかわかっていない様子である。


 だが、叶恵はくじけることなく明良あきらの手を握りしめた。


「え……えーとぉ、じゃあ依頼じゃだめですか? 私、下の階層に行きたいんですぅ! お願いします!」


「もっと嫌です」


 取り付く島もない態度。"嫌"という強烈な言葉に当てられ、叶恵が怯む。


「そんな……私、あなたと探索したいって思っただけなのに……」


 叶恵の頬を雫が伝う。目を伏せがちにして、明良から一歩また一歩と離れていく。並の男性冒険者なら謝って受け入れてしまうか、フォローを入れて済ませるところだろう。


「……は、ぁ"ぁ"ぁ"〜〜」


 それは淀みきったドブ川を思わせる、長い、長いため息だった。


「気持ちわるっ」


 明良は汚物を見てしまったかのようにそう吐き捨てた。

 信じられないものを見たと言わんばかりの表情で固まる叶恵。流した涙も引っ込んでしまいそうなレベルである。

 口角はにわかに引きつり、眼尻はひくひくと痙攣していた。

 なぜ? なぜ? なぜ? と顔中にクエスチョンマークが張り付いているようだ。


「俺はお前みたいな他人にすがりつくやつが心底嫌いなんだ。このピンクの汚物め」


 もはや遠慮も配慮も欠片もない。最低限の敬語すら取っ払っていた。相手が女だろうがお構いなし。毒という毒をまき散らす。


 唐突とうとつな毒舌テロを受けた叶恵は、口を開けて呆然としていた。


「大体、その格好なに?」


 明良は、叶恵を上から下まで一瞥する。だからといって体付きを見ているわけでもない。


「ポロシャツ、ジーンズ、スニーカー? 武器はその果物ナイフみたいな安物の短剣? そりゃスライムだって警戒心の欠片すら抱かないで襲ってくるよ」


 シーカーとして最低限の、常識的な装備ですらない。明良の革防具とショートソードで及第点レベルだ。叶恵の格好など論外。ダンジョンでは裸と大差ない。そんなスーパースター級のルーキーと探索はできない。


「ま、助かってよかったね。それじゃ」


 言い捨てて、明良は叶恵に背を向けた。早急に2階層までいきたいのだ。1階層で油を売っている時間が惜しいくらいに。


「……っ」


 明良の背後で、奥歯を噛みしめる音がきこえた。しかし、その小さな悔しさが明良に伝わることはついぞなかった。



 新宿ダンジョン 2階層  『小鬼の巡回地』


 明良がこの階層に来るのは二回目になる。

 2階層のフィールドは洞窟。1階層と打って変わって”地下らしい地下”が広がっている。壁面には決して消えない松明が設置されていて、荒れ野のような壁を薄らと照らし出す。しわがれた老人を思わせる閑寂かんじゃくとした階層。


 明良はこの階層のモンスターに辛酸を舐めさせられて撤退したのだ。


「マップ確認、完了……装備状態、良好……行くか」


 前回の探索で通った順路を赤く塗りつぶし、次の階層への最短ルートを割り出す。さらにいつモンスターと遭遇してもいいよう剣帯からショートソードを抜く。


 しばらく道なりに進むと、分かれ道が見えた。


「いるな……二匹」


 しゃがれた犬のような息遣いが二つ。道の奥から響いている。暗闇の奥で、欲深そうな黄土色の瞳がぎらついていた。


 素足を引きずって現れたのは緑の小鬼たちだった。腰布を巻き、局部を隠しただけの下卑た格好である。二匹はそれぞれ、こん棒と短剣を携えている。


 ダンジョン攻略WIKKIではゴブリン、と呼ばれている魔物だ。


「ギッ」


「ギギッ」


「不快な声だ……気持ちわるい」


 二匹が明良に気づいて駆け出した。明良もショートソードで迎え撃つ……前にポーチからガラス玉を出して、ゴブリンの足元に投げつける。


 瞬間、ガラスが砕け散る音、火薬の煙さと洞窟内を塗りつぶす閃光がほとばしった。


「ギギィッ!?」


「ギ――ヘヒィッ!?」


 目と鼻を潰されたゴブリンが慌てふためく。その隙に、すかさず明良の小剣がゴブリンの首を跳ね飛ばした。そのまま返す刃で二匹目のゴブリンの首を落とす。


 明良は目を瞑ったままショートソードの血糊を振り飛ばした。

 以前、複数のゴブリンに手酷くやられた明良は、その対策として先の小道具を買ったのだ。さらにゴブリンの首の位置を見ずとも斬れるように何度も素振りを繰り返した。


 すべてダンジョン攻略WIKKIに載っていた攻略法だが、効果はテキメンだった。


「お前らに苦戦したおかげで俺はトップシーカーにまた一歩近づいた……感謝するよ」


 地面に転がった赤い結晶をポーチにしまい、明良は口角をわずかに上げた。スライムの結晶よりも一回り大きなものだ。これを換金することでシーカーは生計を立てている。当然スライムの結晶よりゴブリンの結晶の方が価値が高い。それはこの先の階層でも同じことが言える。


 だから深層にダイブしているトップシーカーは皆、強さも稼ぎも桁違いだ。


「もっと稼ぐ……もっと潜る……もっと強く」


 明良は新宿ダンジョンの深淵を求めて歩き出す。



 遭遇するゴブリンが単体ならそのまま倒していく。複数体が相手ならテンプレートの攻略法を使い殲滅する。たまに立ち止まって武具の手入れをしつつ、明良は3階層へ続く階段の前までたどり着いた。少し広めの造りの部屋に、地下へと続く階段が口を開けている。


 その階段を守護するように佇むゴブリンが、明良の行く手を阻んでいた。通常のゴブリンより大きな体を鎧で包み、ツーハンデッドソードを大地に突き立てている。


「ゴブリン、ナイト」


 明らかにゴブリンよりも上位の個体だ。希少種モンスターと呼ばれており、ダンジョンに低確率で出現する。本来はより深層に生息するモンスターだが、こうして浅い層に現れることもある。その危険性からルーキーが狩られることがしばしばあった。


 別名――新人ルーキー殺し。


 ルーキーがこれを目撃したらただちに撤退し、ダンジョン協会への報告が推奨されている。しかし、あえて明良はナイトの前に姿を晒した。


「……ギ?」


 ナイトは明良を品定めするように睨む。ゴブリンとは別格の強さ、そして知性を感じさせる瞳。小細工は通じないほどの力を感じる。


 明良は内心の恐れを押し殺し、無表情を貫いていた。


「ギィ……」


 歓喜に満ち溢れた笑みを浮かべた。どうやら明良は希少種のお眼鏡にかなったらしい。

 それは明良も同様だった。希少種は、討伐すれば高価値の結晶とレアなアイテムをドロップする。明良に言わせれば格上の賞金首である。


「お前は俺のボーナスだ。絶対に逃さない」


「ギヒッ!」


 火蓋を切ったのはナイトだった。両手剣を大上段に構えて走り出す様は西洋の騎士。足運びは軽やかで、鎧を着ているとは思えないほど素早い。一度瞬きすれば動きについていけないだろう。


 明良は恐怖と好奇心で震える唇を一文字に結んだ。


 ナイトの振り下ろしを掻い潜る。豪風が頭部を掠めて、明良の後ろ髪を揺らす。


「ハッ!」


 間隙かんげきをついて小剣が弦月を描き、騎士の腕を斬り裂いた。が、ガントレットが邪魔で二の腕に小さな裂傷をつけるに留まった。


――皮膚と筋肉が鋼鉄でできてるみたいだ。


 明良は距離を取りつつ、刃こぼれした小剣を見やる。今の斬撃では千回傷つけてもナイトを倒せない。それ以前に剣が折れるのが先か。


 狙うなら目か口。柔らかい粘膜の部分だ。


 それはナイトも理解している。狙うならカウンターを喰らう覚悟で仕掛ける。この相手なら、明良の命の価値を賭けるに足りえるだろう。


 それが明良には堪らない快感だった。


「ハハハハハッ! いいよ! 俺の価値を高めるには最高の相手だ!」


 歓呼せずにはいられない。


「ギ……ギィ?」


 明良の豹変ぶりにナイトさえもドン引きしていた。

 その隙に、明良はポーチにため込んでいた結晶を全部取り出す。手のひらからこぼれそうな量の赤い結晶を掴み、それを口に放り込んでかみ砕く。


 赤い結晶。


 またの名を魔結晶。高密度のエネルギー結晶体。人体に吸収されれば身体強化されるが、過剰摂取は体に強烈な負荷を与える。普通は少しずつ取り込んでいくが、明良は目の前の強敵を倒すために一気に頬張った。


 全身に漲っていく力と身をすり減らすような痛みを明良は感じていた。


「うん。これなら、やれる」


 明良は、陽炎の如く体を揺らしてその場から消えた。




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