第三十八話 ティリアンを出る
「クリス、ユートだ」
俺はドアを二回ノックすると、少し大きめの声でそう言った。すると、数秒後に扉が開き、中からクリスが姿を現した。
「おはようございます。準備はもう出来ていますから、いつでも行けますよ」
クリスは、魔法師のような黒いローブを着ていた。
「分かった。俺も準備できているからいつでも行けるぞ」
「分かりました。では、早速行きましょう。ユートさんや私のように、ステータスが高い人は、馬車よりも走った方が速いので、走って行きましょう」
「そうだな」
俺とクリスは軽く頷きあうと、衛兵の詰所を出た。そして、そのまま横にある門を通って、街の外に出た。
「ユートさん。私、一つ重大なことを忘れていました。あの……ノアちゃんをどうしましょう? 流石にノアちゃんは走れませんよね」
俺はそれを聞いた時、「やべっ」と思った。ずっと一人で旅をしてきたので、他人のことを考えるということを忘れてしまっていた。
「まあ、大丈夫だ。俺が抱っこして走る。空気抵抗に関しては〈結界〉で防ぐから問題ない」
「そ、そうですか。申し訳ございません」
クリスは、申し訳なさそうな顔をしながら頭を深く下げ続けた。
「いや、大丈夫だ。ていうかさ、エルフの里ってどこにあるんだ?」
俺は、クリスに顔を上げさせるために、無理やり話題を変えた。
「そうですね……里はここからだと、まずグランに行き、そこからグランの森を抜けた先にあるのです」
「え、マジで!?」
グランから近い場所に、エルフの里があるなんて思いもしなかった。
それにしても、エルフの里が、グランの森を抜けた先にあるということは……
「でもそれってかなり強くないと、里に入ることも、里から出ることも出来ませんよね?」
グランの森は俺が確認した範囲だけでも結構広かった。そんな広大な森を、一日で走り抜けるのは、普通の人では無理だろう。そうなると、どこかしらで一晩寝る必要があるのだが、あの森は夜になると危険な魔物が出現するようになる危険地帯だ。どんな魔物が出るかは分からないが、Aランク冒険者複数人でないと、入ることすら許されていない時点で、Sランクの魔物が出る可能性が非常に高い。
「ええ、そうですね。まあ、そもそも里から出るようなもの好きのエルフはあまりいないんですよね。私のように誘拐されてしまう可能性が高いので」
クリスは少し暗い顔になりながら答えた。
「そうか……悪かったな」
俺は、辛いことを思い出させてしまったことに、謝罪した。
「いえ、大丈夫です。それに、助けてくださって、今、こうして里に帰ることが出来るので、今の気分は最高ですよ」
クリスは太陽のように明るい笑顔を浮かべながら言った。その笑みに、俺は思わず視線をそらした。
「そ、そうか……て、これからグランに行くんだよな……」
グランに行くのなら、〈空間操作〉を使って、転移すれば一瞬でつくことが出来る。あまり見せないようにと神様から言われているが、クリスなら、誰かに言うこともなさそうだ。
「では、これからグランに行きますが、少し特殊な移動法をします。それで、そのことは誰にも言わないでください」
「特殊な移動法? まあ、分かりました。クリスティーナの名において、絶対に他言しません」
クリスは胸に右手を当てながら、力強く言った。
「分かった。じゃあ、そこから動かないでくれ。ノアは、一応抱っこしとくか」
「抱っこ~」
俺はしゃがみ込むと、両手を広げた。ノアは、そこに勢いよく飛びつくと、俺に抱き着いた。
「よっと、では、行きますよ。〈空間操作〉!」
俺は〈空間操作〉を使って、グランの森に転移した。
ディン視点
「……そうか」
俺は心の中で深いため息をついた。
シャオニンが負けて帰ってくる姿は予想していた。だが、シャオニン以外の人間が全員殺されたこと、あの隠し部屋が見つかり、俺が苦労して手に入れたハイエルフが奪われたことは、完全に予想外だった。
「シャオニン。これで分かったか? あいつと戦うのは無謀だってことに」
俺は目の前で不貞腐れているシャオニンに、そう言った。
「で、でも流石にあれは予想できるわけないでしょ! あれだけの数の人質をとったのに! 不可視の攻撃をくらって吹っ飛ばされたんだよ! あんなの予想できるわけないだろ!」
シャオニンは、子供のように、手足をバタバタさせながら答えた。
「それにしても不可視の攻撃とは一体何のことなんだ?」
シャオニン国家戦力級の強さを持っている。そんなシャオニンが目に追えないほどの速度で攻撃を受けるのはかなり不自然だ。
「う~ん……何かしらの罠を張られていたのか?」
まあ、流石にないだろう。あの状況で罠を張られるなんてことがあるわけが――
「あ~それはありそうだね。僕、あの時人質取れて、ちょっと調子に乗ってたからな~」
どうやら俺の考えは当たったようだ。
「はぁ……取りあえず、次戦う時は、絶対に油断するなよ」
「うん。分かった。次は人質の数を一人にして、代わりにその人質をあいつの大切な人にしておく」
「そうか。確かにそれは有効かもな。あいつは味方には優しい性格のようだからな。でなければ、わざわざお前の所に行って、取り返そうだなんて考えない」
俺は、久しぶりにシャオニンの考えに、心から頷いた。
だが、後に知ることとなる。この選択は、私の――いや、私たちにとっての、最悪の選択であったということを――
読んで下さりありがとうございます。
ブックマーク登録をして下さるとモチベが上がるので、ぜひお願いします!!
↓にある☆☆☆☆☆もつけていただけると嬉しいです。
今話で、第二章が終わります。
第二章では家族が出来ました。
次話から第三章が始まるので、引き続き見てくださると嬉しいです。




