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ウォルト


 鏡を覗き込む。

 青みがかった黒に染まった髪を指でいじりながら、私は不思議な気分を味わっていた。

 腰まであった髪を一気に短くし、蘭さん曰く「センター分けのマッシュボブ」とやらにした。

 部屋で髪の毛を染める所まではやったけれど、『ちょっとその髪にハサミを入れる勇気はない』と言った蘭さんに連れられ、ビヨウインという店に行ってきた。

 ぞろぞろと殿下たちまで付いてきたために恥ずかしい思いをしたけれど、私のこの長い髪を見ると、店員は何だか納得したように頷いていた。

 蘭さんは『多分何らかの転機のための断髪式だと思われてるんじゃない?』と言っていたけれど、あながち間違ってはいない。

 私にとっては、大きな決断だったから。




 私はハイドレンジア侯爵家の長男として生まれた。

 自分で言うのも何だけれど、私は幼い頃から優秀だった。

 どんなことでも少し学べば理解できてしまうため、勉強は退屈だと感じるほどだった。

 兄弟もおらず、本来であれば私が後継者となることに何の問題もないはずだ。


 この、瞳の色さえなければ。


 私の瞳は赤みがかった紫で、ハイドレンジア家の菫色とは異なる。

『ハイドレンジア家の色を持たないウォルトは、本当に侯爵の息子なのか?』

 親戚たちはそう囃し立て、私を引き摺り下ろして自身の子どもたちをその座に就けようと必死になった。

 そんな彼らを父は一蹴し、『ウォルトは間違いなく私の子供だ』と宣言してくれた。

 それでも尚、表立って何も言わなくとも、彼らの私を見る目は変わらなかった。


 父と母は、いつだって私を気遣ってくれた。

 周囲から心無いことを言われた私を母は抱きしめ、涙したこともある。

 父も母も、私を愛していた。

 私は2人の子供に間違いない。


 頭では分かっていても、ずっと不安だった。

 だからこそ、この青い髪がハイドレンジア家としての証のように思えて、丁寧に手入れをしてきた。

 髪を長く伸ばして、男でありながら毎日時間を掛けて梳いた。

 少しでも、この髪が周囲に印象付くように。

 殿下たちもその事は知っていて、この世界に来てから1人だけ髪を染めることも切ることもしない私を、そっとしておいてくれた。

 有難いと思うと同時に、どこか後ろめたいような気持ちがあったのも事実だ。

 けれど、私にはどうしても出来なかった。




 貴族はその家系によって、それぞれ固有の魔力の波長というものがあると言われている。

 だからと言って使える魔法に違いがある訳ではないのだが、その波長は家系の色に現れるとされている。

 男女が子を成すと、自然とその子は父親側の魔力の波長を引き継ぎ、父親の色を持って生まれる。

 家系の色とはつまり、必ず父親側の色によって継承され、故に女性は当主になり得ない。

 脈々と続く貴族の歴史の中で、貴族の「色」とは特別なものになっていた。

 家系の色は直系の証。

 一族の者であるならば、必ずその色になる。

 そんな風に言われてきた。

 だからこそ貴族たちは、万一にも異なる色の子どもが生まれぬよう近親婚を繰り返し、似たような色を持つ者同士で夫婦になってきた。

「必ずその色になる」と思いながらそうするのは、考えてみれば矛盾している。

 現に私の様な事例が多々ある所を見ると、子どもの魔力の波長は完全に父と同一のものにはならない、もしくは、色の発現の仕方に個人差があるのだろう。

 顔が似ているとか運動神経がいいだとか、そういったものと同じことなのかもしれない。

 何故色だけは別物と考えられていたのか、むしろ不思議だとさえ思えた。



 私は、目の前が急に開けたような気分だった。

 少し考えれば彼女と同じ結論に達したと思うのに、小さな頃から刷り込まれた価値観が、それを邪魔していた。

 自分は優秀だと思っていたけれど、全くそんなことはなかった。

 そうだ。

 多少色が違うからといって、何が問題なのだろう。

 既に、下位の貴族たちは示しているではないか。様々な色を持つ者同士で結婚し、子どもたちの色も様々なのだから。

 それを高位貴族たちは蔑み、「貴族としての血統を軽んじ、尊厳を持たないせいだ」と揶揄した。

 しかしそれはただ、自分たちが如何に特別な存在であるかという自己欺瞞に過ぎない。


 私の瞳がいくら赤かろうが、間違いなく、私はハイドレンジア家の長男だ。


 私は両親から愛されている。

 そして私も、両親を愛している。


 そんな簡単なことに、なぜ気付かなかったのだろう。

 他者の言葉以外に、私たち親子の間に何ら憂いは存在しないのに。


 私の当主としての能力は、誰もが認める所だ。

 いずれ、この国の宰相としての地位も私のものとなるだろう。

 親戚たちはそんな私にどうにかけちが付けたかっただけ。


 この瞳は何も、私の瑕疵になるものではない。

 むしろ私が、両親の子であることの証だ。


 そう考えたら、これまで悩んでいたことが嘘のように、ストンと失くなってしまった。



 ああ。

 なんて馬鹿らしいことで悩んでいたのだろう。

 何も悩むようなことではなかったのに。



 クローディア嬢は、フロース王国の中で浮いた存在だった。

 いつもどこか泰然としていて、無表情だったのも理由の一つだろうけれど、何事にも動じていないように見えたその姿が「人形姫」の二つ名になったのだろう。

 けれど彼女はこの世界の価値観を既に持っていて、きっと私たちとは違う次元で物事を捉えていたのだろう。



 私は、私たちは、彼女を誤解していた。

 そう思わざるを得ない。


 私たちが調べた彼女の所業は、本当に彼女の罪だったのか?

 当然に、きちんと調べたつもりだった。

 けれど彼女ならばやりかねないという、先入観があったことは否めない。

 しかし今は、きっと彼女はそんなことはしないだろうという思いが強くなっている。



 何故。

 何故私たちは彼女を悪女だと思っていたのだろう。

 私たちの異質なものを受け入れられない偏狭さが招いた誤解なのか。

 それとも何か、他にきっかけがあったのか。



 まるで喉の奥に何かが引っかかったような、不快さを感じる。

 私たちは何を見落としているのだろうか。


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