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番外編 遊園地に行こう!③

 

 次は少し軽めにしようと、トラヴィスがどうしても行きたいと言っていたアトラクションに向かうことにした。

 その名も『ワールドトリップカート』という、子供向けのアトラクションだ。

 世界各国の街並みを表現したジオラマの上を、6人乗りのカートでゆったり巡るというもの。

 カートは空を飛ぶ鳥をイメージされていて、街並みを少し俯瞰するように設置されている。

 あまり動きのない何てことのないアトラクションだけど、各国の言葉で「こんにちは!ぼくらはともだち!」という歌詞の歌が流れていて、何ともハートフルな雰囲気だ。

 正直、小さな子供連れの家族か歩き疲れてちょっと休憩したい時なんかに乗るものなんだけど……なんでトラヴィスはこれに乗りたかったのかな?


 特に落ちるでも速く進むでもなくゆったりとレールの上を走るカートに乗って、みんなでジオラマを眺める。

「これはなんていう国だ?」「砂漠だらけの国もあるんだね」などと口々に話しながら、最初はみんなニコニコしながら乗っていたのに、終盤に差し掛かると、何だかみんな口数が少なくなってしまった。

 最後、各国の民族衣装に身を包んだ人々が手を繋いでいるイラストのゲートをくぐる頃には、むしろ険しい顔付きになっていた。

 何だろう、不機嫌というよりは、何か物思いに耽っているような?


「ねえみんな。どうしたの? なんか変じゃない?」


 カートを降りて、出口へと歩きながら尋ねる。

 皆少しだけ視線を彷徨わせたけれど、シリルが何だか苦笑するように頬をかきながら口を開いた。


「……あのね姉さん。みんな、向こうの世界との違いを実感してるんだよ」



 あ、そっか。

 確かに向こうの世界では、「人類皆兄弟」「全ての人は平等」という価値観は、皆無なんだわ。

 現実問題がどうこうはさて置いて、こっちの世界だとそれが真理だと幼い頃から刷り込まれる。

 まさにこのアトラクションなんか、そうだよね。

 世界の全ての人が、それぞれに違う場所で違う文化を持つけれど、同じ人間、「みんなともだち」という。


 階級制度が根深くある向こうの世界では、あり得ないことだ。

 違う国の人々どころか、同じ国の中でも貴族と平民の価値はあまりに違いすぎる。

 だからこそ、トラヴィスが言っていたコランなんとか子爵の件で、私は針の筵になったのだろうし。

 フロース王国だけではなくて、向こうの世界でこっちのような考え方をしていそうな国はないように思う。

 それはただ、「時代の違い」でしかないだろうとは思うけれどね。

 もしかして、トラヴィスはその違いを知りたくて乗りたいと言ったのかもしれない。



「蘭のような考え方は、こちらでは珍しいことではないのだな。見ろ、このカートから降りてくる人々の顔を。何の違和感も疑問も感じていない。フロースでは、考えられないことだ」

「やはり、蘭さんは私たちとは次元の違う価値観をお持ちだったんですね」

「そりゃあ向こうで浮くよなぁ」

「ちょっと! はっきり言わないでよ傷付くじゃない!」


 褒められたんだか貶されたんだか結果的に古傷を抉られた私は、頬を膨らませて抗議した。


「いや、傷付くことはない。お前の方が、何十歩も先に進んでいたということなのだから」


 トラヴィスは、どこか眩しそうに私を見つめた。

 ああ、これは。

 この顔は、スカイタワーの上で見せていた表情と同じだ。

 フロース王国と日本を比べているんだ。


「そう、だね。でもさ、だからといってこの世界から差別や争いがなくなる訳じゃないんだ。不思議だよね? たぶん世界の多くの国でも同じように教えられている筈なのに。それに、最近じゃ無理矢理な『平等』を押し付けられることもあるし……。でも私もこの考え方は好き。体に染み込んでるしね。根本にこの価値観があるっていうのは、大事なのかも」


 差別をそうと思わず当然のことと認識しているのと、「本当は悪いこと」と認識しているのでは、やっぱり違うと思うんだよね。

 しかもそれを多くの人たちで共有しているっていうのは。

 綺麗事だとか結局争いは無くならないとか、それはそうだと思うけど、子供の頃からその「綺麗事」を学ぶことは大事なんじゃないかな、と。



「まあ、だけどフロースでは受け入れられる訳ないよね。常識が違うんだもん。当たり前だよ。色々すっ飛ばしてこっちの世界の常識を語ったって、分かる訳ないんだ。向こうで浮いてたのは、理解を得ようとしてなかった私の所為だもん。仕方ないよね」


 私は苦笑する。

 正直、すごく投げやりだったし、勝手に諦めて「どうせこの人たちには分からない」って、線引きして下に見ていたのかもしれない。

 何だか、すごく恥ずかしい。


「姉さん、そんなこと言わないで。姉さんはたった一人で異世界に来てさ、それで世界の常識まで変えろなんて、そんなの無茶だよ。ラノベ? だっけ。そういうのじゃないんだから。僕がもっと姉さんに信頼してもらって、話を聞いていれば良かったんだ」


 シリルはそう話しながら、ひどく肩を落とした。

 表情から、本当に後悔しているだろうことが伺える。

 いい子だな。シリルは本当に。

 シリルだって知らない家に引き取られて、たった一人、不安と戦わなきゃいけなかったのに。

 人のことなんて気にしてられないよ。


「それを言うなら、俺もお前としっかり向き合って話していれば、それこそ常識を変えることだって出来たかもしれないんだ。俺は王子だったんだから」


 トラヴィスの言葉に続き、ウォルトとニコラスまで私も俺もと言い出してしまった。

 もうお互い反省合戦だ。

 ただでさえニコラスは反省してぼろぼろ泣いたばかりだというのに、せっかくの楽しい雰囲気が台無しになってしまう。


「よし、もうやめ! 反省はまた今度にして、次行くよ次!」


 私は両手をぱんっと叩いてから、笑顔で言った。

 せっかくの夢の国、みんなに存分に楽しんでほしい。


「シリル! 今はどのアトラクションが空いてる?」

「……えっとね、あ! 『プリンセスアドベンチャー』がいい感じだよ!」

「よし! じゃーしゅっぱーつ!」





 その後もいくつかのアトラクションを回り、みんなで楽しむ。

 メリーゴーラウンドで白馬に乗るトラヴィスがあまりにも王子過ぎて、本来友人や家族を撮るために周囲にいる人みんな、絶対トラヴィスのこと撮ってたよ。間違いない。

 コーヒーカップではニコラスがぐんぐん回すから、そのまま外に弾き飛ばされるんじゃないかと思ったし、やっぱり注目を浴びていた。

 そんなこんなでいくつかアトラクションを制覇し、ついに、あのアトラクションに来てしまった。



「ねえ、本当に乗る? 本当に乗るの……?」


 私は引き攣った顔で屋敷を見上げる。

 いや、屋敷のように見えるアトラクションだ。

『テラーホラーハウス』という、お化け屋敷である。

 実は私、お化けが大の苦手。

 この『テラーホラーハウス』には子供の頃一度乗って、あまりの恐怖から二度と乗るものかとそれ以来乗っていないのだ。

 正直、夢の国スタジオは家族向けのテーマパークだから、お化け屋敷としての怖さレベルはさして高くないという。

 けれど私には子供の頃の記憶があまりに鮮烈で、もうアトラクションの前に立つだけで恐怖が迫り上がってくる。


「姉さん、こういうの苦手なの? じゃあ止める?」

「そうだな。無理して乗る必要はない」

「強制するようなものでもないですしね」

「だな! 蘭がいなきゃ意味ないしな!」


 そう言って4人は気遣ってくれる。

 でも本当は乗ってみたいというのがバレバレだ。

 さっき、ウォルトだって頑張ってジェットコースターに乗ってくれたというのに、私は本当にこれでいいのか。

 いや、良くない!!


「ううん! 大丈夫! みんなで乗れば怖くないよ!!」


 そう言って私は、みんなの手を取りアトラクションへと並んだ。


『テラーホラーハウス』は3人乗りのカートに乗って、恐怖の館の中を巡るタイプのアトラクションだ。

「廃屋となった屋敷の地下室が死者の世界と繋がっていて、新月の夜になると地下からあの世のものが湧き出してくる」というストーリーで、観客たちは死者の世界への扉を閉じる任務を負った霊能力者という設定。

 そのために、カートに取り付けられた聖なる光(という体の懐中電灯みたいなもの)でお化けを照らすと、近付いてくるお化けを倒すことができるのだ。

 が、これがなかなか難しくて、うまくいかないとお化けにめちゃめちゃ囲まれる。

 しかも(私的には)なかなかのクオリティのお化けたちだ。

 幼い頃の私はあっという間にお化けに囲まれてしまい、もうめちゃくちゃに怖かった。


 恐怖を悟られまいと必死に隠して、グループ分けをする。

 そして、ニコラスとシリル、ウォルトのグループと、私とトラヴィスのグループに分かれることになった。

 シリルは「今のなし! もう一回!!」と何度か叫んでいたし、ニコラスも「男3人じゃ狭いじゃないか! シリルと蘭が交換すべきだろ!!」と言っていたけれど、トラヴィスが頑として譲らなかった。

 まあそんなこと言ったらグッチーした意味がないしね。

 やっぱりトラヴィスって、曲がったことが嫌いなたちなのかな?

 なんて思っていたら、「じゃあ間を取って私と蘭さんで行きましょう」なんてウォルトが言い出し、他の3人に一蹴されていた。


 なんやかんやあったものの、当初のグループ分けのままカートに乗り込む。

 直前まで、シリルは「トラヴィス! 絶対姉さんに変なことしないでよ!? 姉さんもトラヴィスが何かしたら頬を引っ叩くんだよ!!」と言っていた。

 確かに暗い中でカートに2人だけど、周りからだってカートの中が見られる仕様なんだし、変なことは起きないと思うけど……。

 でも、シリルがそんな風に騒いでくれたおかげで、少し緊張が和らいだ。



 ……と思っていたのだけど……。



「いやぁーー!!!」


 めっちゃ怖い! やっぱり怖い!!

 始まって早々、私はあまりの恐怖に絶叫していた。

 不気味な音楽とどこからか聞こえてくる不気味な声がめちゃめちゃ怖い!!

 とてもじゃないけど、聖なる光をお化けに当てる余裕がない!!


 涙が滲むのも構わず下を向いて目を瞑っていると、ふと、ふわりと温かい感触に頭が包まれた。


「怖いなら、ずっとこうしていろ。奴らは俺が倒す」


 どこかの勇者様かな? という言葉に目を開けると、私はトラヴィスに頭を抱き抱えられていた。


 思わずドキッとする。

 あまり意識したことはなかったけれど、やっぱりトラヴィスはとんでもなくイケメンなのだ。

 そんなイケメンに抱きしめられているという事実に、急に体温が上がっていくのを感じる。


「ト、トラヴィス……?」

「すまない。少し我慢してくれ。お前の涙は、見たくないんだ」


 そう言って、トラヴィスは腕に少しだけ力を入れた。


 トラヴィスの表情は、暗くてよく見えない。

 でも、すごく優しくて、まるで何か愛しいものを見つめているような表情、な気がする。

 まさかね! トラヴィスは私なんて興味ないだろうし、きっと暗くて見間違えたんだよ!!


 あんなに怖くて怖くて仕方なかったのに、私はすっかりそんなこと忘れてしまって、トラヴィスの腕の中で目を瞑った。

 心臓の鼓動が早い。

 それはそうだ。

 こんな風に男の人に抱きしめられたことなんて、一度もないんだもん。


 アトラクションの終盤が近付くと、そっとトラヴィスは腕を離した。


「もう、大丈夫か?」

「う、うん……ありがとう、トラヴィス」

「いや……。むしろこちらこそありがとう」

「え?」


 なんでトラヴィスがありがとう?? と思ったけれど、カートの手元に表示された数字に驚き、それどころではなくなった。


「え!? 何これ!? トラヴィス一人でこんなに倒したの!!?」


 最後、カートの手元にはお化けを倒した数が表示される仕様になっている。

 更に出口付近の壁に付けられた画面に成績が表示されるのだが、トラヴィスはぶっちぎりで優勝だった。


「いや……ちょっと雑念を払おうと、お化け退治に集中しただけだ」

「雑念……?」


 私がトラヴィスに聞き返す前に、カートの降り口に到着してしまった。

 なんだったんだろうと思う前に、後ろからニコラスたちが降りてくる。

 私たちの状態は見えただろうし、シリルに何か言われるかなと思ったけど、どうもそれどころではないらしい。


「2人とも! しっかりしてくださいよ!!」

「何あれ……すごく怖かった……」

「うわぁ!! きっと夢に出てくるぞあれは!!」


 なんと、ウォルトに引っ張られてシリルとニコラスが這々の体でやってくる。

 いつもと立場が逆だ!!


「この人たちが煩すぎて、何も出来ませんでしたよ!」

「……ウォルトは意外と平気だったんだね?」


 てっきりウォルトの方が怖がるかと思っていた私はびっくりした。

 なんていうか、ウォルトが一番ヘタレだから……。


「ええ。だって作り物でしょう? それにお化けだなんて……非現実的ですよ」


 ああ、こういうとこ冷静なのねウォルト。

 異世界転移している身で、お化けを非現実的というのも何だかおかしいけど……。

 私は思わず笑ってしまった。


「次はどこにするか」


 トラヴィスがそう言って、先頭を歩く。

 明るい所に出たら、何だか耳が赤いような。

 もしかして、トラヴィスもちょっと恥ずかしかったのかもしれない。

 勇者みたいだったもんね。


 私はふふふと小さく笑って、トラヴィスを追いかける。


 さあて! そろそろショーの時間かな!




番外編最終話は夜アップします。

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