昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・後日談ニ
「なんかかわいい子いんじゃん。どっちも初めて見ない?」
「だよな?他地区からの観光かな?声掛けてみようぜ」
「なんて掛けるんだよ?荷物持ちましょうか?って?」
「それは自動運搬機がするだろ。こんにちは俺達と一緒に周りませんかって言うんだよ」
「天才かよ」
後ろでごちゃごちゃ言ってるやつら、もしもるるに声掛けてごらんよ。人災とは思えない天災級の事態になるよ?仕方ない、ぼくが骨を折ってあげよう。
「るるー、るるって普段らいあの事なんて呼んでるの?やっぱり『お父さん』?」
真隣に居るから、こんなに大きな声は本当は出さなくて良い。だからきっと後ろのやつらに伝わるだろう。というか分かれ、気付け。その動機でこの子に声掛けたら来るぞ、『お父さん』が。
「らいあはなんでも良いって言うるんのと、るるの住んでたとこでは名前呼びが多くて、つい『らいあ』って名前で呼んでいるんけど、たまにお父さんって呼ぶことにするん。らいあが挙動不審になるんから、たまにるん」
前後左右でざわざわしていた喧騒が暫し、止まった。
「れ、れ、零輪地区長と同じ名前の人ってこの村に二人居たっけか?」
「バカやろう二人も居たら地図から村消えとるわ」
いやいや、例え二人同名が居たとして、内一人はらいあであってらいあでないからね?同じ名前だからあんなんってことないからね?
「だよな?え?この子たち、れ、零輪地区長の子?……帰ろう友よ」
「そうだな、帰ろう友よ」
懸命だ。君たちの聡明さを讃えてあげよう。
「え、君たち、零輪地区長のお子さんなのかい?」
思わぬ伏兵が目の前に。肉屋の人だ。
「るるがらいあの子るん」
ゴスン! ゴロゴロ……。
大人の頭二つ分の大きさの南瓜が突然台から落ちて転がり……。
ガラガラガラカラガラ……。
棚の板が外れて食器の雪崩が起きて……(割れないを売りにした食器で良かったよ)。
チャリーンチャリーンチャラチャラチャリーン!
そこらかしこで小銭が落ちる音が音楽の様に鳴り止まず。
バッシャーン! バッシャーン! バッシャーン! バッシャーン! バッシャーン!
大型の魚が自ら生け簀から飛び出して打ち揚がったのをきっかけに、大型の蟹もやたら胴の長い巨大海老も飛び出してはびちびちのたうち回るか歩いて行くか。
「なんなの。らいあの名前出すと売り物と小銭のイキが良くなる呪いにでもかかってるの?」
「それなら掛けてほしい! 商品のイキは目に見える鮮度だからな!」
隣の鮮魚屋の人が顔より大きな木ベラと鉄ヘラを手に、逃げる大蟹と格闘しながら叫んだ。
「商魂逞し過ぎる」
「ま、こんなこたぁ日常茶飯事だぜ」
胴の長い巨大海老を担いで来た別の人がフッと笑いながら決め台詞。格好つけは良いから海老の尾を押さえよう。足バシバシ叩かれてるよ。
「管理甘くないかな?」
「徹底管理すると値が上がるからな。客から『管理いい加減でお願い』要望が来てる。ヨッと」
二階建ての長屋並みに大きい生け簀脇の階段の途中から海老は投げ入れられた。バッシャン! 他の海老が飛び込んで来た海老から逃げた。
よく考えれば海老も蟹も魚もこんな大きかったっけ?ぼくの居た海で獲れていた海産物は、平和な種類ばかりだったんだな。手のひらに乗る大きさの海老しか知らないよ。ぼく、この村に来て感覚が鈍いか図太くかなったのかな?あんまり驚かない自分が心配だよ。
「普通逆じゃないかな?」
「鮮度保持と安全管理は確実にしてるからよ、こんぐらいどうってこともない。君たちも“浄化膜”に包まれたろ?あの膜が全体に常時張られているこの市場内は、洗ったばかりの皿より綺麗だ。海老が高跳びしようが南瓜でボーリングしようがへっちゃらさ」
「そこはへっちゃらになっちゃいけないと思うよ。あれ、“浄化膜”って言うんだ」
市場に入った時、ぼく達と他のお客さん数人で横に並ばされ、「はーい、包まれまーす!」と門の人の合図と同時に透明な何かに包まれたのだ。悪いものでないのは分かったけれど、何に包まれて何になったのか。人波に押されて聞けずに中に進むと、想像以上の広さと活気に驚いたんだ。それで忘れてたよ。
「るる、煮ても柔らかいお肉と焼いて蕩けるお肉食べたいるん」
らいあ家の食事情を正す使命を背負うるるはぶれなかった。肉屋の前に立ったその時から、視線は肉に固定されている。
「それならこの鶏肉と豚肉どうだ?こっちは牧場主が牧場主の環境を整える為のすったもんだの末に開発した低ストレス環境で育てられた鶏で、柔らかい肉だぞ。こっちは牧場主の好みの薬草を安く仕入れる為に一括購入した薬草入り餌の肉でな、香りが良い。焼くと香ばしい」
どっちの牧場主も生活を大切にする主義な事が伝わって来た。
「一.ニキロずつちょうだいるん。どちらも二等分に分けてほしいるん」
「まいどー! 袋は?」
「二つほしいるん」
「あいよ! また来てなー」
「ここ広いから、道に迷わなかったら来るん」
「わははっ! そうだな!」
豪快な笑いに見送られ、ぼくたちは小銭と食器の散乱ゾーンから抜けた。何故誰も拾わないのかと思ったら、大蟹とヘラ店員さんの闘いを観戦しているからだった。なんて愉快な市場だろうね。ぼく、ここ好きだな。
「お肉たくさん買ったね」
「るん。どっちも半分こ」
るるは二等分にした肉一塊を入れ替えると、一袋をぼくに渡してきた。
「え?ぼくに?」
「さっき、三人で住む言ってたるん。一人二百グラムずつ、どうぞ」
「わぁ、ありがとう。こんなに良いお肉をこんなにも」
「らいあが来ない理由は薄々気付いていたるん。あなたが来てくれて助かったるん。後ろの人達は命拾いしたるんな」
「アハハ、まあ、悪気なさそうだったし」
「まあな。あ、良い香り」
るるが視点を左右に移動させる。遅れて香るは甘く華やかな香り。
「うん?ほんとだ。なんだろう?」
「花ジャムるん」
「花ジャム?」
るるの指が小さな机に六角形の小瓶が並んだだけの露店を差す。籠を膝に乗せて座る麦わら帽子の人にお代を渡して、小瓶を自分で持って行く客の姿があった。試食用に分けられた一口分が浮かぶ泡に入れられており、それから香りがしているようだった。
「食べたことないるんか?るるは庭の花で作ったるん。少量しか作れないから、普通な日を特別な日にする時に食べたるん。……おいしいるん。これください」
るるは泡を一つ口に運んで微笑んだ。二時間近く一緒に居て、初めての笑みだった。
るるが選んだのは光の加減で色が黄、橙、藤色へと変わるジャム。麦わら帽子の人は笑みを浮かべて、指で金額を示す。るるは何かを籠へ静かに置き、小瓶を一つ手に取った。
離れながらもう一度籠を見るが縁取りの高さで見えなかった。小銭でなかった事だけが確かだった。




