昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・後日談
今日はぼくの退院日だった。“制約”などの“力”を行使されていないか検査を受けているいちめい達はもう数日入院する。
ぼくはいちめい達に「明日か明後日見舞いに来るから、知らせずに居なくならないでね。もし居なかったら、鎌を手に何処の果てまでも追って切り付けるから覚悟してね。そら、いちめいにまた会いに来る時は呼ぶからよろしくね」と念押ししてから退院した。例え地の果てだろうとそらなら追えるからね。そらは『しゅゆそらいちめいあう』と手を振って了解してくれた。
いまはオン村地区本部の入村手続きの受付脇奥の個室の待ち合い室で座っていた。受付前に見知った顔が居て、ここへ連行されたのだ。その見知った顔とは。
「あんた誰」
「るるはるるるん。るると呼ぶるん。この子はまつごろうるん。まつごろうと呼ぶるん」
「うぁんっ!」
ふわふわふわふわ。風の無い室内で揺れている、自由奔放そうな長い髪の毛先。
キラキラきらきら。真っ直ぐぼくを射貫く、雑味の無い意志の瞳。
るんるんるんるん。甘えや媚び無く平坦に淡々と、しかし円やかな明るさの声と口調。
ざらざらゴツゴツ。差し出されたので握った手は、想像とは違って少し荒れていて固いタコが幾つもあった。
どうしよう、ほとんどぼくと真逆で仲良く出来るか心配だ。一気に自分で言うけど、髪はぺたりと短いしひねくれてるし気持ちによっては声が大きくなるし手はまだ何もしていないやわな手だし。なんかへこたれそう……。待て待てそれはそうと誤解を解いておかないと。
「うん、紛らわしい言い方してごめんね。あなたの事じゃなくて、あなたの後ろで目も頬も緩んでる人の事。数日前とまるで違うものだから。挨拶ありがとう。ぼくはしゅゆ。しゅゆと呼んで。まつごろうはうしおが書いた犬に似てるね。るるは……らいあに似てる」
「そうだろうか」
らいあの瞳が輝いた。数日前の人の悪そうな瞳も良かったけど、今日の別人みたいに素直な瞳も良いね。奥にどん暗いものが残ったままなのが尚良いよ。
「元気だね、らいあ」
「ああ、その、本当にるるは私に似ているか?」
「うん、似てると思う。特に鼻筋。他はパッチリな目と長い睫毛に、“力”の質の面白さかな」
内々はその内知れるだろうか。知れるといいな。おもしろそうな二人だもの。
「そうか!」
照れた笑みのらいあはなんだか発光していた。ぼくの目のせいではなくて、肌と服の表面がほんのり発光している。
光る茸の胞子を吸うと光る事があると聞いたけどそれでかな?それでは服まで光らないかな?
「似ているんは嬉しいるん。らいあはるるのお父さんるん」
「お父さん……!?るるに、お父さんと呼ばれたっ……?! どうすれば良い?村中の総菜屋で赤飯を買えば良いのか?花か?花を飾るのか?ケーキか!?」
バキッ! ガガン! ガラガラーッ!
喜びで“力”を誤って放出して机を縦真っ二つにした人初めて見たよ。机に乗っていたお菓子の入った小皿と白湯の入った湯飲みは全員分が空に浮いている。るるの“力”だろう。
「これ……ほっといて良いの?弁償で破産しない?」
「気にはなるるんけど、るると会ってから基本こんなんるん。この部屋に通されたのもこれが理由るん。ここまでの道中のみんなの反応でらいあの基本でない事は分かったるんから、落ち着くまで待つるん」
懐の容量の大きそうな子だな。らいあを見守る目が遊ぶ幼い孫を見守る祖父母のそれだよ。
「うふぁんっ!」
ぼく達が話している間も、るるの服や肩掛け鞄のありとあらゆる隙間に顔を突っ込み続けていたまつごろう。何も無かったようで、不貞腐れたようにソファーの隙間に鼻を突っ込んだまま吠えた。
「まつごろう、松ぼっくりは無いるんよ」
「松ぼっくり?」
「るん。家にな、松ぼっくりを糸で繋げた健康願いの飾りが飾ってあったるんけど、まつごろう、それが視界に入ると半狂乱するん。暴れっぷりがひどいから見てない隙に倉庫に厳重に仕舞ったるん。好意的に取れば松ぼっくりが好きなんだと思うるん。名前もそこから来てるん。松ぼっくり好きといつもゴロゴロしてるうしおから産まれたって事で」
松ぼっくりで半狂乱になる?手綱をるるに任せていて良いの?
ぼくの視線に気付いたらいあが肩をすくめた。
「うしおは駄目だった。まつごろうに振り飛ばされた。いまは己の腕力の低さに家で泣いている。私はつい“力”を出し過ぎてまつごろうを殺しかける。るるは“力”も力も程好く制御出来るが、まつごろうがるるを下に見ている為に言うことを聞きにくい」
下に見ている、のところで歯軋りの音がひどく、聞こえにくかった。
「下に見てる?」
「きっと、らいあの家に後で来たから妹と思われておるんよ」
「目の前で瓦割ってみたら?」
「力の上下関係は嫌るん。妹でも良いるん。それより、松ぼっくりを前にしたまつごろうをらいあの“力”でしか止めれない事が問題るん」
達観力のある子だ。
「“制御”とかの“力”の込められた紐か符陣を買ったら?らいあにおねだりしたら店ごと買いそうじゃない?」
「店ごとはいらんるんが、それが良さそうるん。らいあ、まつごろうが暴れた時にも耐えうる紐を買ってほしいるん」
「店ごと買うか」
「そこは疑問系で行こうるん。店はいらんるん」
「慎ましいな我が子よ。欲しいものはなんでも言うんだぞ」
「帰りにお米と野菜とお肉と調味料買ってるん。らいあの食料庫に栄養補給剤三袋とビスケット一袋と塩一袋だったこと、るる、夢で魘されたくらい衝撃だったるん」
あんまり食べてなさそうとは思ってたよ。らいあ、骨格良いのに痩せてるもんね。旅の間はビスケットですらご馳走だったけど、普段では栄養の偏りが気になるよね。
そう言えば、栄養補給剤は非常用に全国民に毎月配布されているけど、あれ受け取ると居場所がバレるといけないからって言ってもらえてないな。ここでならもらっても大丈夫か確かめてから、いままでの分まとめてもらえないか聞いてみよう。
「魘されたのか!?済まない、るる……っ、私が食に疎いばかりに」
「疎い程度の話では無いるん。らいあの家は零輪地区の避難所にもなるるんでしょ?本来は避難用の備蓄庫だけでなくて、らいあ個人の食料庫も地区の人の為に満杯にしておく決まりなんでしょ?その為の資金も給付されてるんでしょ?役割はちゃんと果たさないと」
「はい。ごめんなさい」
あのらいあが背を丸めて謝っている。るんるん言わない時のるるは怖いと知った。らいあの圧力を受け継いでいると見た。
それで、資金はどうしたの?塩の横に積んであった?なんで買って無かったの?備蓄庫を満杯にするだけで毎年一年経った?手伝ってくれる人は?“力”溜まりの家に入れる人がなかなか居ない?……後でたてこうと試して良い?大丈夫だったら雇ってくれないかな?良いの?よし、明日行くよ。
「るん。分かったなら良いるん。しばらくは、人手を雇ってでも備蓄庫と食料庫を満杯にするよう専念するんよ。明日待ってるん、しゅゆ。働きたい人が他にも居たら連れて来てほしいるん。けど、今日はまずらいあ家の食事情を正するん。市場とお店の場所や買い方はご近所さんから聞いたるん。らいあは家で待っててるん。荷物送ってもらうから、もし来たら受け取ってるん」
「一人で行くのか?」
らいあ心配なの?手が胸の前でわきわきしてるよ。それならこうしよう。
「ねぇ、ぼくも行きたい。最近越して来たばかりでさ、買いたいものがあるんだ」
「うふふ、一緒にお買い物嬉しいるん。行くるん。何処でも良いるん?」
「良いよ」
明らかにほっとした表情になったらいあに丸い花柄のレースで口元が飾られた小さな巾着を手渡された。何これ、お金?ぼくこの村の紙幣の価値知らないけど、これ結構な額なんじゃない?返すよ。余ったらで良い?なんなら私の名を出せばツケに出来る?そんなことしたらお店の人困っちゃうじゃん。分かったよ、おでこに押し付けるのはやめて、持って行くよ。正直助かる。
「しゅゆは三緒に帰るのだろう?ならば零輪第一バスターミナル横の大市場にすると良い。三番バス乗り場に三緒への直通がある。バス停の番号と地区番は同じだからな。三の一、三のニ、と目的地毎に割り振られている。せいの家の第三大通りは三の八だ」
「良いこと聞いた。ありがとう。行ってくる」
「ん?しゅゆ、入村手続きをして行かなくて良いのか」
「……るる、ちょっと待っててくれる?」
「るるもまだ手続きしてなかったるん」
「一緒にして来よう」
「るんっ!」
ぼくとるるは手を繋いで受付へ向かった。後ろでらいあは、るるの手がぼくとまつごろうのリードで塞がっていることを肺腑を絞るような声で嘆いていた。
面倒だから呪詛は掛けないでよ。いまのらいあならしそうだよ。




