昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・二十一
「影の“力”保持者へ信号を送れる者が居るのか?」
らいあは影をジッと“見”ていた。影の表面ではなく、更に奥を覗くその目を覗いたらぼくも巻き込まれて倒れると気付いて無理矢理剥がしたが、遅かった何人かが倒れたのを周りが支える光景が見えた。しじょうが回って診ている。
ほんと、らいあの“力”は恐ろしいね。周りを巻き込まないよう“守護”の“力”も使っているようなのに。どうしても影響してしまうくらいの“力”の質なのか強さなのか、そのどちらもなのか。何れにしても、使わないという選択肢は選らばなかったんだね。周りもそうだ。迷惑とか思ってなさそう。らいあの“力”が必要だと納得しているのだろうね。
「はい。影を“突く”と言ってます」
いちめいは空を人差し指でトン、と突く動作をした。“突き”は棒や槍で使っている人は見たことある。門番や狩人に多い“力”だ。大抵物を使って行う。指でするとなると、指自体を“保護”か“強化”しなければ怪我の元になる。
「敬語でなくて良いぞ。気楽にらいあと呼んで良い。ふむ、指で影を“突く”のか?初めて聞いたな」
「私も目の前で見てもよく分からなくて。彼が“突く”と、影に波紋が浮かぶんだが」
「“干渉”や“操作”に近いか?」
「うーん、そうでもなくて……あれはごり押しな“力”技だと思う。例えば、風を指で“突いて”流れを変える時は、風をあたかも受肉しているものの如く扱っている様な」
「どんな“力”技だ」
らいあも呆れる“力”、見てみたいな。
そして更に五分ほどのち。
「「いちめいさん、ただいまー!!」」
元気に飛び出て来た二人に安堵の顔を向けるいちめい。続いてぎたい、そして細く長身のスーツ姿の人が。皆ピンピンしてる。
「おかえり……このにおい、ペンキか?」
「そーなの! ちょっと、えき! なんであんたペンキかけられまくってんのよ?! みかげの気合い服にペンキ付いちゃったじゃない!」
みかげは赤いペンキの滴るスカートの裾を指して怒り心頭だ。
「申し訳ありません。お怒りになられたペンキ職人の皆様方にお追い掛けられてしまいまして」
飄々というよりは、淡々と返すスーツの人。細い目はどこを見ているのか分からない。真顔で感情も分からない。けれど何処か憎めない。そんな雰囲気の人だった。
「かげり、分からないな。どうすればあれだけの人数のペンキ職人を怒らせられるの?」
「さて?ただ歩いていただけなのですが」
「「あんたって……はぁ、ほんと呑気」」
「それで?ワタクシが見た限りでは、救助要請をする程の事態に思えませんでしたが?あなた一人でも隠れて機会を狙っていた機構どもを倒す事は容易でしたでしょうに」
「出来ますが、スーツが汚れます」
注目を集めるスーツ。沈黙漂う室内。一点の汚れも無いスーツ。拳握るみかげと立ち上がる影。
「……それがみかげ達をペンキ職人への生け贄に捧げて、一人離脱してそこら中に機構を転がしまくった訳?」
「はい。ご協力ありがとうございました」
これは淡々とではなくて、飄々とだな。
「あぁーんんーたぁーねえぇー!」
「新しいスーツか?似合っているぞ」
いちめい、怒りを脇に避けられたみかげが悲しい顔をしているよ。
「ありがとうございます。はい、就職活動の為に全財産注ぎ込んで購入して参りました」
「就職活動?全財産?」
「ええ、きしゅうさんが入社された会社へ自分も入社しようと思いまして。どうせ口座は凍結しますでしょうから、思い切りました。このスーツの生地には高性能の“力”が織り込まれています。“力”だけを抽出すると高く売れますので。きしゅうさんをしばらく養えるかと」
「抽出は違法だぞ」
「聞こえず存じません」
「おい……えき」
いま聞こえたでしょうにねぇ。
「ふーん、売れる服を守るためならしょーがないわね。だって、どうせ口座も家の物も押さえ込まれるでしょ。だから、みかげ達は実家から貰ってきた骨董品売ったの。みかげは金属ブレスレットとネックレスを買ったわ。重いのなんの。けど溶かしてもそのままでも売れるから。いちめいさんはみかげが養う!」
「かげりはデカ宝石系。重すぎて肩凝ってきた。けど宝石外せば売れるから。いちめいさんはかげりが養う!」
双子が腕と首の服を捲ると、そこには幾重にもブレスレットとネックレスが。
わお、金属チェーンとゴロゴロ宝石類たくさん。それ着けてあの動きしてたの?やるねぇ。
「みなさま素晴らしーい。ワタクシはコ、レ、時計です。チョコレイートを食べる時間を考える時間を考える為に。もちろん、中の時石を外せばなかなか高価に売れますから。シリアルナンバー入りは闇取り引きで売れますし。いちめいはワタクシが養いますので」
外套を開けて広げると、そこには大小様々な懐中時計がずらりとぶら下がっていた。
ねぇ、闇取り引きって言っちゃったのは良いの?壁外の何人かの顔がひきつってるよ。
「君達……逞しいな」
「「えへへー」」
「ウフン」
「ええと、それはともかく。えき、私はオン村地区本部のらいあ区長の元で働く事と相成った。それと、改名したんだ。きしゅう改め、いちめいだ。宜しく頼……えっ!?どうした?どこか痛いのか?」
えきと呼ばれた人は、雨に打たれている木の幹の割れ目から溜まっていた雨水がつぅっと流れるかのように、静かな涙を流し始めた。
「大丈夫か?えき?怪我したか?」
ポケットを漁って、借りた服にはハンカチが入ってないと気付いたいちめいは、袖ですまんとか言いながらえきの頬をそっと一生懸命拭う。「スーツが濡れてしまうぞ。この素材は濡れると縒れるぞ」と言って、肌を傷つけ無いようにソフトタッチで拭いている。
「いえ……いえ、なんでもありません。失礼しました。自分もお名前、お呼びしても?」
「勿論だ」
「なんでもなく無いでしょー?大丈夫よ、みかげ、言う割りに怒ってないし。これでもかっ、ってくらいペンキの缶倒してやったもの。ふふっ。あの地区、掃除大変よ」
「かげりも大丈夫だよ。言う割りに呆れてないし。これでどうだっ、ってくらい落書きして来たから。アートの地区になったよ、人の背中もね」
「ワタクシも言う割りにペンキ舞う中での追い駆けっこは楽しかったですよ。ただ、一般の方なので怪我をさせないようにあえて滑らせていたのですが、文鳥達が張り切った為にワタクシまで人があまり来なくてですねぇ。ちょっと物足りなかっただけで」
たった数分間で?それはお祭り騒ぎだったろうね。
「いえ、ただ、新たな名前をお伺い出来たことが嬉しかったんです。本当に、それだけで」
「みかげそれ分かるー」
「かげりも分かる」
「まあそうでしょうねぇ」
「え?そんなにか?」
「「「「そんなに」だよ」ですよ」です」
「そ、そうか」
うーん、こんなに露骨な好意なのに。いちめいが早く気付くと良いんだけどな。ねぇ、そら。いちめいの頭頂部でぺしょりと動かないけど寝てるのかな?
やがてえきの涙が止まると、えきは「失礼しました」と両足を揃えて手を胸元に、らいあと向き合った。
「既にいちめいさんはこちらへ入社されたのですよね?では、面接をお願い致します。えき、二十五歳。特技は暗記。紙一枚ならば一秒で覚えられます。量はいまのところ無限大。文字だけではなく、輪郭、造形、足音、呼吸、“力”等、形の無いものまでお任せください。得意技は関節技。指一本触れられれば外せます。急所突きも同等に。目視出来ないものも“突け”ます」
「これはご丁寧に。さて、その“力”、ここで何の為に使う?」
せいの家で受けたおおねの質問に似ている。あれは当時おにゃもーらだったいちめいから聞かれたものだと思っていたけれど、らいあのものだったのかな?
「自分にとっての義を信じてくださる方の為に。同等に、自分の義と成ったものへも」
「変容可能ということか」
「ただ一人以外は」
「宜しい。採用だ」
「「あれ?! みかげとかげり言われてない!?」」
「採用だが、当人からの許可の無い影への出入りは緊急時以外は控えてくれ。ちと珍しい故、驚く者が多かろう。攻撃とみなされてはならぬ」
「「分かった!! やったー!!」」
「ワタクシは?」
「採用だが、“移り”も影と同様に頼む」
「もちろーん」
「ねぇねぇ、みかげ、みどり呼んで来る! 良い?いちめいさん」
「ああ、頼む」
「よーし、行こうかげり! 行ってきます!」
「行ってきます!」
双子は再び影へ垂直ダイブした。
微笑ましそうに見届けたえきは、「ぎたいさん、チョコレートは御入り用ですか?」と平たく薄い缶を差し出した。ぎたいは「これはどうもぉ助かります」と受け取り、親指でパカンッ、と蓋を弾き開けた。銀のホイルに包まれた板型の一口サイズを三つ取り出し、いちめいとえきに渡しながら、「えき、あなた、たいしょの事どう思いますぅ?調べていたでしょぉ?」と尋ねた。えきの顔に影が差した。
「……調査していた件はクロでした。定期的にあの一家と会っていました。内容までは分かりませんが、回数と雰囲気からして、仲は良好な様子。それも、仕事方面においてでしょう。自分個人は……消えないのです、虚偽の気配がたいしょさんから。出会ってずっと。信じたいと思う気持ちも失せる程に」
「ええええ、ワタクシもいちめいもどちらも存じておりますよぉ。ワタクシとしては、えき、あなたがたいしょを信じ切らなかった事が幸いの一つです。あなたは人中においては、攻守共にワタクシ達の最火力ですからねぇ。双子とみどりは少々絆されておりますし、たいしょが敵対を露にした場合、全力で闘えるか怪しいところですぅ。おや、非常用チョコレイートもなかなかいけますねぇ」
「……私は、当人の気質に問題は無いと見ている。根元はたいしょの動機と繋がりだろう」
「勿論、ワタクシもたいしょの事は買っておりますよぉ。け、どぉ、今すぐお話しましょ、は難しいでしょお?今日のところはみどりまでにしておきません?……それにたいしょは居るだけで暑苦しいですしぃ」
「オレがなんだって?」
防御壁内と外とに別々の“力”が満ちた。




