昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ ・ニ十
「済みません、チョコレートをお持ちの方は一つくださいませんか?」
力無く横たわる人を腕に抱えるいちめいの必死な頼みに、急病で医師や看護師を探す場面を思い出したけど、これはなんか違いそうだ。みかげとかげりが「みかげ、この人こっちのが良い」「かげりも」とか冷めた声で言ってるから余計にそう思うのかもしれない。
「ブラックチョコレートならあるが、これでも良いのか?」
チョコ持ってるか?どら焼ならあるけど。わたし飴しか無いわ。とかざわめく周囲の中、平然としているらいあは袖の中に入っていた巾着から飴結びの菖蒲色の包み紙を一つ取り出し、防御防護壁の中へ差し出した。ありがとうございまーす。とみかげが受け取りいちめいに渡す。いちめいが倒れている人の口元へ持っていくと。
「とれいびあーん!!! ワタクシの延髄まで染み渡あーるチョコレイートッ! これはまさしくファンタスティッークッ!」
両手を天に向け跳ね起きるその人。
なんか生まれたよ?元のその人知らないけど、双子の様子からして元気になったとかそんな次元じゃないんじゃない?
ぼくの前にたてこうの腕が伸びて来た。
この人が来る少し前。次は誰を呼ぶか話し合っていたいちめい達。
「みどりじゃない?みどりの居る隠れ部屋はあの子しか入れないから心配してないけど、一番話通じるのはみどりでしょ」
「ぼくはぎたいのが良いと思う」
「ええー! あのへんた……。ぎたいは後にしようよー。めんどくさい」
みかげは変態って言おうとしたのかな?
「けど、ぎたいはきしゅうさんの同僚で唯一の友人だし、ほぼ百パーセントきしゅうさんを裏切らないと言い切れる人の一人だよ。もし仲間に入れるなら目立つから早めに回収しないと。変に強いから捕まっちゃわないけど、目立つから。どう?きしゅうさん」
唯一の友人なんだ……否定しないんだね、いちめい。目立つからって二回言ってるけど、見た目がかな?ちょっとワクワク。
「まあねぇ、何処に居てもきしゅうさんを追ってくるとは思うけどね。ど?きしゅうさん」
「済まない。先に伝えておくべきだったな。改名した。いちめいだ。宜しく頼む」
そういえば、改名すると知り合いや仲の良い人には言って回るんだってね。前の名前を呼んでも特に問題はないけど、知ったからには新しい名前で呼ぶのが基本なんだって。それと、なんでか知らないけど確かめる風習があるんだよね。「呼んで良いですか?」って。
「「改名おめでとう! 呼んで良いの!?」」
「あ、ああ、もちろん」
「「いちめいさん!! いまの名前のが似合ってる!!」」
全身で喜ぶ双子と照れてるいちめい、本当に仲良さそう。少し気恥ずかしいのか、いちめいはゴホンと咳払いをした。
「私もぎたいは早目に回収した方が良いと思う。彼は“力”が派手だ。他の人に被害が出そうで」
「「たぶんもう出てるよ」」
出てるんだー。どんな風に派手なんだろう?あ、防御壁が強化された。おおねかな?続いて防護壁もだ。結局、壁を作った人全員が強化を行ったのかな。そろそろ良いんじゃない?有事に村に使えるくらい強固になってるよ。
「……そうだな。みかげ、かげり、頼んだ」
「「……!! ……はいっ!!」」
頼まれて大はしゃぎ、意気揚々といちめいの影に飛び込んでいった双子。
きっと、いちめいは頼み事をしたことがあんまりないんだろうなぁ。そして双子は頼まれたかったんだね。
それから三分も経たない内にかげりが影から飛び出して叫んだ。
「切れてたのに持って無い! “影反転”します!」
えぇ、怒ってたの?何を持ってないの?
「“影反転”!」
すると、床の影が天井に移動して、そこからみかげと黒い布に包まれた人?がずるりと出て落ちて来た。
へぇー、これが“陰反転”。珍しい“力”なのか、みんな興味深く注視してる。
「も一度“影反転”! “柔和”!」
みかげと人?が影から出切ってから再び床に戻った影は、木綿豆腐のように弾力と分厚さを持ってふにゃんとたゆんで二人を受け止めた。
気持ち良さそう。ぼく、あれで寝たい。
そして冒頭へと戻る。
「いやはや、参りましたぁ。ワタクシ、チョコレイートは切らさないよう気を付けていたのですが、うーっかり落としてしまいまして。助かりました、美丈夫殿。ウフ」
らいあに向けておどけたように頭を下げ、いちいち演技めいた態度を取る人を、いちめいはぎたいと呼んだ。
唯一の友人すごい癖だね。切れてたって、チョコレイートが不足してたって事だったんだ。……しまった! 移っちゃったよ。あれ?チョコレイートのイのアクセントが強烈で耳から離れないんだけど!?まずい。直さないと。チョコレィートチョコレェート、チョコレートチョコレートもう一回チョコレート。よーし、治った。大丈夫だ。
「ぎたい、私は改名して、いちめいとなった」
「おやおやおやおや、ようやくあの辛気くさい場所からおさらば出来ましたか。よぅく頑張りましたねぇ。ワタクシはあなたが誇らしーい。名を呼んでもよろしいですか?どうも。では、ワタクシがこれからすべき事も自ずと決まりましたね。いちめい、あなたの次なる仕事場となる御方はどの方で?」
余裕たっぷりに周囲を見回すぎたいと、ある演者の姿が重なって見えた。小さい頃、塩害でボロボロになった小劇場でとある劇旅団が行った演劇を思い出したのだ。ぼくが演劇を観たのはそれが最初で最後だった。
背筋をピンと伸ばしたあの演者は安物の衣装とひびの入った小道具を手に、口元に笑みを絶やさず、常にその目を輝かせて観客達を自らの世界に引き摺り込んでいった。それきり町に来ることは無かったが、また会えたら良いなとずっと思っている。
「『私の仕事場となる御方』とはなんだ?上司は零輪地区長のらいあ区長だが」
「これはこれは、これからはかの御方と血を共に流すなど、なんという光栄でしょうか」
ぎたいは、両手を左右に広げてくるりとドレスでも着ているみたいに優雅にターン。
血を流す前提、か。機構での仕事で多かったのだろうか。
「こちらこそ。次から次へと身を移ろうて仕留めると高名なぎたい殿と共に闘えるとはな」
何それおもしろそう、もっと詳しく聞かせて!
「アハハッ、ワタクシのような若輩者などとんでもございませーん。はてさてらいあサマ、チョコレイートはお好きですか?あの甘美さで全身を覆い尽くされたいと望むほど、ワタクシは大好きなんでございまーす。……どんなものでもチョコレイートはおいしーい。しかし、ワタクシの脳裏と舌にこびりついて離れないのは、あるお人好しにもらった血と泥の味の混ざった、ひしゃげたチョコレイートただ一粒なのですぅ。ワタクシは、そのチョコレイートの為だけに生きているのです。らいあサマはそんなチョコレイートを食べられた事がおありで?それを踏まえた上で、御一考をお願いしたく存じますぅ」
へぇ、この人らいあに喧嘩売ったよ。口調は癖があっても丁寧で、過去をただ話しただけなんだけど。それ、いちめいとの過去だよね?いちめいそわそわ恥ずかしそうだもんね。帰って来てからやたらと素直過ぎてちょっと心配だよ、いちめい。んで、その鼻につく態度からしてあれだよね。ぎたい風に言えば、『ワタクシを納得させるだけのものがあなたにおありで?』って聞いたんだよね。
良いもの見たなぁ。本当はたてこうやにりん、せいは休んでてって言ってくれたんだけど、大丈夫って強引に来たんだよね。来て良かった。こんな場面なかなか見れない。見ておかないと、これからの為にも。学ばないと、他の闘い方を。
「ふむ、精進せねばならんな。私は甘味に不得手で食さぬのだ。だがそれも良いものでな」
らいあは一度言葉を区切ると、ニッコリ、と笑んだ。背筋に寒気が走ってゾワッとした。
「不得手なものは誰かに教えてもらえばよい。それが繋がりとなり、縁となる。逆も然り、こちらが不得手で手を出さずおっても、気付いたなら口を出せばよい。そうもせんとあたかも守護者かの様に突っ立っておっても、盾にも鉾にもならんただの像となるよりは、余程得られ、得させられるものがある。そうは思わんか?ぎたい殿」
あー、これは参考にならないかも。らいあの闘い方は好戦的過ぎて、未熟なぼくがするにはとてもじゃないが危ういや。
「ええ、そうでしょうともそうでしょうとも。ええ、まっことそうでしょうとも。らいあサマの仰ること、身に染みるようでございます」
ぎたいの気配は髪一筋分も変わらない。変わらない事が恐いと感じるくらいに。
「ですがぁ、それはその道に詳しい誰かが居てこその事ですよねぇ。おんぶに抱っこ、お好きな方確かにいらっしゃいますが、ワタクシはちょーっと。そもそもぉ、ご自身で為されない事を他に丸投げして、名と利のみ容易に手に取るような形に甘んじる。なーんてただの略奪者の様なコ、ト、常日頃から大胆にされるのは芸が無い御方だけですよ」
「あはは、そうかそうか」
「ウフフ、ええええ」
どうしたの?たてこう。え?避難しようって?もう手遅れだよ。下手に音出して刺激したくないからぼくは動かないよ。だけど喧嘩というよりは遊んでるんじゃない?二人とも楽しそうだよ。何、おおね。お前は疲れてるんだもう休め?なんて事を言うのさ。これからだよ、これから。
「ぎたい」
「いちめい、あなたは休んでなさあーい」
ぼくとおんなじこと言われてるよ。
全面対決中のぎたいはいちめいを見向きもしていない。
「違うんだ、ぎたい」
いちめいの声に微かな焦り。ぎたいはパッと振り返る。らいあは、おや残念、とでも思ってそうな瞳。
ほら、やっぱり遊んでたんだよ、おおね。
「どうしました?」
「みかげに救助要請信号が入った」
「「居た! えきがたくさんの人と機械に追い掛けられてる! どうする?いちめいさん!」」
影に頭を突っ込んでいたみかげとかげりは、顔を上げて一語一句違わず叫んだ。
「ぎたい、頼む。二人と一緒に救助に行ってくれないか。いまの私では足手まといになる」
ぎたいは目を僅かに見開いてから華開くように微笑んだ。
ずっとお面みたいに固まった笑みだったけど、なんだ、そういう笑顔もあるんだね。いちめい専用なんだろうけど、少しは話が出来る気がしてきたよ。
「……ええ、勿論。貴方の為に、ワタクシは居るのですから。あなたは休んでいてくださいね。ワタクシも連れて行ってください、文鳥達」
「「そこは鷹でしょ!! ほら! 来て! 行ってきます!!」」
「気を付けて!」
みかげとかげりは元気に、ぎたいはスットーンと影に入っていった。ぎたいの躊躇の無い足からの飛び込みは並の精神では出来なそうだ。
つまり、行った先が床の影なら足から天へ飛び出すって事だよね。体勢立て直すの大変そうだ。え?にりんは足から派?頭から地面に飛び込みたくない?それもそうか。せいはそもそも飛び込まず、うしおは落ちるの恐いから転がって入る?なるほど、いろいろだね。ぼく?ぼくは武器を前に切っ裂いて行くよ。 敵陣に飛び込むなら尚ね。たてこうは?ぼくを抱えて入る?まあ、そうしたいならさせてあげても良いよ。着地はよろしくね。




