昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・十二
「えええ」
ぼくは花畑で困っていた。
「これは……」
おにゃもーらも困っていた。
目の前には地平線まで続く花畑。花の種類は限り無く、見たことあるのから無いものまで、それはもうそこらかしこに咲き乱れていて何が何処にあるのか分かりにくい。更に。
「ぼく達を連れてきた始まりの楽子、どの子?」
「……分からない」
そう、花畑には、始まりの楽子がたくさん居たのだ。
「え、ぼく達を降ろしてから飛んでっちゃったんだよね?」
「そうだ。私が君を降ろしている間で見失った。迂闊だったな……。まさか始まりの楽子がこれほど居るとは」
『にんげん』
「うわっ」
顔の前に突然現れた透明な子に仰け反る。と、視界と体が素早く動かされ、おにゃもーらの背に庇われていた。
「確かに、私達は人間だ。だが、私達をここへ連れて来た始まりの楽子が居る。いまはその始まりの楽子を探しているところだ。私達に敵意はない」
おにゃもーらの落ち着いた声が背中から響く。
『なまえ』
「ぼく?しゅゆ」
『ちがう』
「あ、始まりの楽子の?」
『そう』
「おにゃもーら知ってる?」
「いや……」
「だよね。ごめん、分からない」
『なまえ』
「まさかのエンドレス?名前は分からないけど空の話をしたよ」
『そら』
『そら』
『そら』
『そら』
『そら』
「え、何?何?集まって来た。ウ゛ッ、“力”が濃すぎるね。ゴホッ、噎せる」
辺りが透明な子達でいっぱいになり、ぼくはおにゃもーらにより引っ付いた。彼らは“力”をまったく隠していなかった。放たれるがままの“力”は濃過ぎて息苦しく、ムンムンに蒸した風呂場に入った時のようになった。
「これは“力”の差が大き過ぎる。一か八かしかないか」
“力”を体内で溜めて練り始めたおにゃもーらの背を軽く二、三回叩く。
「待った待った。一か八かの前に攻撃される気配が無いから」
「気配は無くとも、強大な“力”は現さないようにしていなければ攻撃と同等だ」
「分かるけどそれは人間の価値観だしさ、始まりの楽子に説いても仕方ないよ」
「……そうだな。等しい価値観は持ち得ないだろうと言ったのは私だった」
「だね」
「済まない。冷静さを欠いた」
日頃、機構に居る時の癖が出たんじゃない?とは言わないよ。
これだけ非日常と遭遇して平常でばかり居ろと言うのも酷である。生きるにはどちらかが平常でいる必要はあるが、今回はぼくが平常だから良い。G騒動の借りは返す。
「ううん。これだけ“力”が溜まると、ちょっと息苦しいもんね。これは焦るよね」
「ああ……ありがとう」
わざとちょっとおどけてみせると、おにゃもーらは肩の力を抜いた。
『じぃおねむだった』
ぼくおにゃもーらの間にスイッと入ってきた子から聞こえる円やかな声。
そういえば、この子の“力”は恐ろしく強大で巨大と分かるのに、息苦しくないなぁ。
「あ、帰って来た。この子、この子だよ。ぼく達の始まりの楽子」
ん?じぃ?G探しに行ってたの!?マズイ。全力で忘れさせないと!
『ぼくたちの』
「え、あ、うん、そう。きみはぼく達の始まりの楽子だよね?」
『ぼくたちの』
やけに単調に繰り返す始まりの楽子に、おにゃもーらが眉をひそめた。おにゃもーらはぼくの肩にそっと手を宛てて後ろへ押す。
「君、下がりなさい。怒らせた可能性がある」
なんで?あ、ぼくたちの、か?所有してるみたくなっちゃったか?
「あ、ごめ」
『そら』
「ん?」
『ぼくたちのそら』
「そら?きみはそらっていうの?」
『そう』
「そら! ぼくは、しゅゆ」
『しゅゆ』
「そう! こっちはお」
『おにゃもーら』
「そう! ぼくが呼んでるの分かってたんだね?そらすごい!」
「いや、違うんだが……まあ、名などどうでもいいか」
おにゃもーらの今更な溜め息を前に、ぼくはそらをすごいすごいと褒めまくる。だってぼく達の事無理矢理連れて来てバンバン攻撃してたのに名前覚えたんだよ?心境の変化ありすぎない?すごいよ。一緒に空を飛んで友だちになれたのかな?
『しゅゆおにゃもーらじぃ』
問題なものが最後に入った。高揚していた気持ちが一気に底に墜ちた。
「じ、Gは忘れていいよ。ぼく会いたくないから」
『じぃあいたくない』
「待った。価値観の相違が気になる。具体的に返すように」
「あー、そうだね。えっと、ぼくは虫のGには会いたくない」
『じぃむしちがう』
そういえば、穴に入る前にも言っていたな。じぃと言う名前の生き物がいるのかも。
「なら大丈夫と思うから会うよ」
『じぃもんばん』
「常に居ない門番って門番なの?」
『……』
しまった。癖でついつついてしまった。空白がいたたまれない。
「ごめん、そらを責めた訳ではなくて」
『……じぃばちばちしてくる』
ばちばち……電撃!?
「ごめんじぃさん逃げて!」
「ついに被害者が」
『なんだよ、もー。昼寝してたのに』
『じぃおきた』
言う割には機嫌は悪くなさそうにドシドシ歩いて来たのは、二階建てくらい大きな巨大亀だった。前からぼくもおにゃもーらも気付いてはいたが、誰も警戒していないので注意するに留めていた、移動するとてつもない大きさの石。地面の揺れが無い事が一番の不思議だ。音も大きさに比べるととても小さかった。
へぇー、石を食べてる亀じゃない?あれがじぃさんか。
『じぃばちばち』
『は?アババッ!?』
「あー! やっぱり電撃だった!」
『どーした?肩揉んでくれてんの?きもちー、ありがとな』
亀は首を左右にゆらゆら揺らして自分から電撃を浴びに行っている。
「あ、大丈夫そう」
「ハァ、良かっ……」
ガサッガサッドサッ。
え?何の音?
背後から草を押し潰す音がして振り返る。
「おにゃもーら!?」
おにゃもーらが倒れていた。
「うわ、顔色青白い。えっ、すごい熱。何これ」
『あー、“力”に当たったな。ほれ、チビッ子達あっち行った行った。ん?この人間心臓掴まれてるのか?それで流れが滞って“力”が胸に溜まったんだな』
心臓掴まれてる?何そのえぐい話。さっきの空間で確かに心臓の周りに何かあったけど、ぼくには靄にしか見えなかった。何に掴まれているんだろう?まぁ、ろくでもないのにだろうけど。
「助かる?」
『大丈夫大丈夫。こんなもんチビッ子達には朝飯前だから。それに原因チビッ子達だし。“力”抑えてないのに囲まれてたんだろ?うーん?おじょーちゃんは流れがうまいから大丈夫だな。そら、連れて来たんだろ?治してやれよ』
『そらなおすおにゃもーら。ん、ぱーっ』
掛け声と共に光るそら。え。何それ。
「なんだそのかわいい声好きだもう一回聴きたいなんなら録音したい」
嗚呼、何故ぼくは録音機器も録画機器も持ち歩いていなかったんだ。
『かわいいよな。おれここで生まれて良かったわ。外にゃこいつらあんま居ないでしょ?おれはじぃって呼ばれてんのよ。元の名前長くてさ、頭文字なの』
顔の横に現れる亀の大きな顔。目が眠そうで、口角が上がっていて、全然怖くない。なんというか、しじょうとうしおの良いとこ取りな雰囲気?
「ぼくはしゅゆ。うーん、居ないと思うんだけど、あんまり分からない。ぼくは初めて会ったよ。じぃはここで生まれて育ったの?」
『そ。だから外は知らないんだ。あんたら外から来たんだろ?住むの?』
「ううん、一日だけの約束だよ。木を枯らさない為に来た」
『木ってぇ、あの木?え?あの木枯れるの?それ、そらが言ったのか?』
「え?うん」
じぃは顔が大きい。いや、全体大きいからなんだけど、その大きな顔が真横で驚いて目も口も開くとさ、食べられるのかとちょっとヒヤッとするよね。
『なんてこった……。珍しくそらが人里へ行ったと思ったら。あの木が枯れたらみんな死んじゃうぞ』
じぃの声が沈む。
「ええ!?そんなに?」
『ああ、あれは、いのちの木っておれらは勝手に呼んでるんだけど、みんなと生命を共にしているらしいんだ。確か、どっかの木と対になってるから、なんかあったらそっちの木と繋げてどーとかこーとか』
肝心な所が全然出て来ないね。
「頑張れー思い出してー」
『が、頑張るけど応援が棒読み。う゛うーん』
汗を流して唸るじぃ亀の周りには透明な子達がひょいひょい飛んでいる。ヒントをあげてくれないかぁ?
自分達の事なのに、緊張感が無いね。
「ゴホッゴホゴホッ」
膝の上でおにゃもーらが咳込んだ。ぼくは膝枕してたんだ。だって、ここの花畑、刺有り毒有りも平気で咲いてるんだよ。幸いおにゃもーらの周りには無かったけど、念のためね。
「あ、おにゃもーら起きた!」
治療?が終わったのか、そらは元のきらめきに戻ってぼくとおにゃもーらの前でふわふわ。
「君……」
掠れたおにゃもーらの声。まだしんどそうだね。
「何?どっか痛いの?」
「私が、倒れて、た間、何か、起こして、ない、よな?」
そこ?震える指で差してまで失礼な。何もしてないよ。亀と話してただけだよ。……なんでそんな怪訝そうな顔してんのさ。膝枕外すぞ?




