昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・十一
「やっほぉーう! これたのしーい!」
ぼくは楽しんでいる。そう、ハッキリ言う。ぼくは楽しんでいる。
あれから、何処をどう歩いたら良いのか分からないで立ち尽くすぼくたちを、そらのうたは浮かばせて飛ばしたのだ。いまは、切り替え可能かも分からない自動操縦モードで滑空中だ。
空と大地はすべてごちゃごちゃにあべこべだ。浮かんだ大岩から滝が流れ川となり、空へ吸い込まれて行く。土の無い空より直角に生えた大木は力強く根を広げて道を塞ぎ、その木を潜ると真下にあった太陽が真上に移動していたり。方向感覚など働かせてはならない土地だった。
「貧血が祟る……」
おにゃもーらがグッタリしている。あ、これまずい?
「そらのうた! おにゃもーら、貧血でキツイって!」
しゅゆの呼び掛けに答えはなく、動く速さも変わらなかった。
「そらのうた、素っ気ないね」
「いや、Gがほぼ無くなった」
「え!?ゴキ」
「違う。重力だ」
「ああ、重力か」
隣に空飛ぶゴキとか絶対に嫌だからね。作った鎌を仕舞う。
「そらのうた、優しいね」
「……君、恐らくだが、あれはそらのうたではない」
おにゃもーらの眉間に深い皺が。紙を持っていたら挟むのにな。
「え?そうなの?そういえばあの音が聞こえなかったな。けど、らいあが慌ててたからそうかと思っちゃった」
おにゃもーらはぼくの手首を握る手を少し強めた。眉間の皺が二本ある。
「私と君があれに連れられる直前に見えたが、そらのうたらしき膨大な“力”のものは、零輪の地区長が弾いて飛ばした。驚いたぞ、“力”にあんな使い道があったとはな……あの人の“力”の使い方は群を抜いている。“力”の質で言えば、零輪の地区長が弾いたものと、この氷の塊のようなものは別口だった。初めて見たので確実ではないが、始まりの楽子と推測する」
「始まりの楽子?」
聞いたことがない。それも気になるけど、らいあも気になる。体調大丈夫かな?本当に凄い人だな。鬼神説濃厚だね。
『はじまりおわり』
「え?」
『おわりおわり』
円やかな声が頭に響く。けれど、何処から聞こえるのか分からないそらのうたと違って、水の塊のような子が言っていると分かる。
「どっちもおわりなの?」
『はじまるそら』
「そらって、この空?ぼくのところの空?」
『そらおなじ』
「へぇー空って凄いね」
『そらすごい』
「うん、空凄い。あ、照れてる」
「よく分かるな」
「うん、なんとなく。ねぇ、あとどれくらいで着く?」
『あな』
「穴?ああ、あそこの?」
『くぐる』
「そっか」
「待て、あれは『狂乱の大穴』では?」
「何それ」
おにゃもーらは目を反らして言いにくそうに口を開いた。
「その、昔の冒険家の伝記では……大量の……Gらしき生き物が、居るそうだ」
ハイ?
「ストップ! 始まりの楽子! 止まって! G駄目! 絶対駄目!」
『じぃむしちがう』
「違っても見た目Gは無理!」
『もんばん』
「門番?虫に門番させてるの!?無理! おにゃもーらどうしよう!?」
「落ち着け。私に引っ付いていろ。始まりの楽子が居るのだから、こちらに害は為さないと信じグッ!?」
ぼくはおにゃもーらの胸元に顔を埋めて腕を身体に回した。だって絶対見たくないもの!
「離れないでよ!?」
「ゴホッ、力を弱めろ! 骨が折れる!」
「あ、ごめん。ぼく力強くて」
いけない! また、あの時みたいになってしまう。
ぼくは急いで力を抜いて体を離した。
痛そうにしていたおにゃもーらは、ぼくの顔を見て目を見開いた後、表情を和らげてぼくの頭をぽんと撫でた。
「これくらい大丈夫だ。いまの弱めた力くらいで掴まっていてくれ」
うぅ、にりんといい、らいあといい、ここでも大人の優しさをもらってしまった。ぼくほんと子どもっぽいな。早く大人になりたい。
「了解」
『あな』
「入るぞ」
「了解!」
あああもう、虫だらけの穴に突っ込む日が来るとは。ぼくはGに触らずに通れますように。と、あまり信じていない自分の運に祈りながら目を閉じていた。
しばらく、無音だった。あの、カサカサもガサガサもシャカシャカも聞こえない。本当に穴に入ったのかも分からなかった。のに。
「始まりの楽子よ、灯りを灯しても良いか?」
『うん』
えええ!?おにゃもーら何言ってんの!?Gが余計に見えちゃうじゃん!
「……君、見ても大丈夫だと思うぞ」
「嘘」
「嘘ではない。ほら、灯りが灯ればなんともない」
そんな優しい声で言われてもぉ……うう、興味心そそられてしまったじゃんか。一瞬だけ、一瞬だけ見てすぐ目を瞑ろう。
「よぉし! 行くぞお!」
「そんなに気合いを入れなくても……」
「ハアッ!! ……あれ?何?これ?うわぁ、キラキラしてる……すごい」
円柱型の巨大な穴の中を頭からゆっくり降りていくぼく達の周りの壁には、大小様々な黒光りする石が見守っているかのように埋まっていた。地上の光は遠くからぼく達と石を包むように照らし、地下の方に作られた灯りが闇を溶かして行く。始まりの楽子はその灯りでキラキラ波打つように輝いていた。
「黒曜石だ。これだけ隙間無く有ることはまず無いんだが。逆境の地ならではなのだろうか?暗闇で、しかも恐怖感や疑問を持ったままこれを見れば、生き物に見えなくもないな」
「そうかもね。あれ?あそこ色が違う」
「あれは……目を閉じろ」
「はい」
ぼくは素直に従った。
え?虫?虫なの?
「落ち着けよ。まず、虫ではない」
セーフ。え、なんでぼくの頭押さえるの?胸元にのめり込むんだけど。
「虫じゃないなら大丈夫だよ?」
おにゃもーらは、また言いにくそう。何度か促すと何度か躊躇った後、こう言った。
「あれは背に擬似石を造る亀だ」
「亀?なら見れると思うけど」
「しかし、君の、その、船が」
「船?」
あ、もしかして、おにゃもーら、ぼくの事故の詳細知ってる?
「大丈夫だよ。せいの家で亀型のお弁当箱見たけどなんとも無かった」
「こちらは生物だが」
「たぶん大丈夫だよ。川の時は亀の甲羅らしきものしか見えなかったし、亀はもともと好きでも嫌いでもないし」
「……そうか」
「プハッ、おにゃもーら押さえすぎ」
「す、済まない。痛かったか」
オロオロとし出したおにゃもーら。意外とかわいいところあるじゃん。
「大丈夫だよ。ありがとう、心をくれて」
「え?あ、いや、お、大人の嗜みだ」
精一杯の虚勢感が強い。何この人。心あったかいじゃん。
「フハッ、嗜みなの?」
「うっ、そ、そうだ」
プイと顔を背けられてしまった。ジッと見ていてもかわいそうなので、ぼくも壁に目を向ける。
あ、亀居た。へえ、背中の石は少し色が薄いんだね……あー、亀だけどバリボリと黒曜石を食べてるよ。歯?歯が有るってこと?
「あの歯が欲しい……」
そう呟いたらおにゃもーらが震え始めた。既視感。おおねと似ている。
「笑うなら声出したら」
「笑ってなど……いない。クッ」
「もう、お腹痛くなっても知らないよ」
『おはなばたけ』
「あっ、穴抜けるみたい。でもまだ暗いけどおっ!?」
驚いて声が裏返ってしまった。うわ、これ。
「まっぶしー」
直前におにゃもーらが目を覆ってくれたにも関わらず眩しかった。ぼくは片手をおにゃもーらの顔がありそうな所へ伸ばしてべちべち顎や鼻を叩いてから目辺りを覆った。
うう、ぼくの手小さい。片目しか覆えてない。おにゃもーらは片手でぼくの両目なのに。
おにゃもーらは「自分の目を覆え」と言った。すごくあったかい声だった。




