昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・八
「『そらのうた』を知ったのはね、先生がまだ小さかった頃。先生のおじいさんから聞いたんだよ。先生のおじいさんはおじいさんのおばあさんから聞いたと伺っている」
ほかほかと甘い湯気を立てるまんじゅうを頬張りながら、ぼくたちはしじょうの語りを聞いていた。
うん、なかなか上手く蒸かせてる。
「おじいさんはこう言っていた。『良いかい、しじょう。この世界はね、目に見えるものだけで出来ている訳ではないんだよ。目に見えないものだって、わたし達を慈しみ、護り、時には諭してくれている。そらのうたも、その一つなんだ。けれどね、出逢っても気付かない振りをしなくてはいけないよ』。……いつも柔和に微笑んでいた祖父が、とても真剣な表情だったことを忘れられない。『そらのうたに逢った者達は口を揃えて、「行かなければならない」と言う。「応えなければ」とも。そうして、周囲がいくら引き留めても止まらずに行ってしまった者達は、二度と戻って来なかった。瀬戸際で踏み留まった者の中には、心を半分持っていかれたようになった者もいた。普段は変わらないんだが、時折、哀しさに溺れそうになるそうだ』とも言っていた。おじいさんからはそれだけだよ。家族や友人が居るというのに、何故得体の知れぬものに呼ばれて言ってしまうのか。幼い先生には理解出来なかったが、恐ろしいものだと脳に刻まれたよ」
それ、それだ。『行かなければならない』。ぼくもなった。
「あのね、ぼく、呼ばれたよ。それに、哀しいのと寂しいのとでいっぱいになって、なんとかしてあげなきゃ、ぼくならなんとかしてあげるから、行かなきゃってなっちゃった。けど、らいあがぼくの事ぼうやって呼ぶんだよ! 怒ったら一気に目が覚めたよ、もぉ」
「ふふふ、君は怒りで戻ったんだね。そうか、なんとかしてあげられる、か。貴重な証言をありがとう」
「え、そんな大したものじゃないよ」
両手を振るが。
「いや。大したものなんだ。そらのうたに逢った者の全てが、その心の内を話してくれる訳ではないからね。そらのうたとどうしたら折り合いをつけられるのか。これからも、私達は考えていかなければならないと先生は思っている」
そうだね、あの感覚は話したくないかもね。自分の感情も気持ちも思考も書き換えられて行く、奇妙で、肌が粟立つ寒気は。
「あの、どうして、そらのうた、と呼ばれているのですか?」
せいが首を傾げ、座高の高いしじょうを見上げて聞いた。
なんてかわいい上目遣いなんだ。ぼくがしたらガン切ったと思われるよ、たぶん。
「定かではないけれどね、空が見えない場所では聴こえた事がない為だと伝えられているよ。だから、そらのうたを畏れた人の中には、洞窟や水中、地下に住みかを造った者も居たそうだ。実は、それが洞窟街や地下街、水中街の始まりではないかと言われている」
「えー、地下まで行かなくても家ん中もカーテン閉めたら聴こえないんじゃない?」
食べ終えたうしおは再び畳の上に寝転んでいる。自由な人……あ、もののけ?だね。なんのもののけなんだろう?枕とか敷布団とかかな?
「そうとも言われている。けれど、買い物や通院などで、外へは行かないといけないだろう?」
「あっそっかー。あれ?らいあー、なんでせいん家居たのー?零輪からけっこー遠いでしょー?」
急に話が変わったね。ん?らいあはここらに住んでないの?零輪は確か……地図地図。あった。三緒と引っ付いてるけど、ここからは徒歩だとまあまああるね。
「しゅゆを追って来た」
「ぼくを?」
「ああ、寝ていて驚いたぞ。地下水脈の中に人の気配が在るとは。探ると、“力”で防御して生きていると分かった。それでしばらく追っていたんだ」
それなら、もしかして。
「……ねぇ、酸素と温度くれてたんじゃない?ぼくの“力”だけでは、この距離潜ってられないと思う」
さっきまで見ていた地図を指で突く。
そう、見ていて思ったのだ。え?この家の有る三緒地区ってオン村の東寄りじゃん。ぼく北西から来たんだよね?こんな距離ぼくの“力”だけで持ったの?って。
「私は僅かだよ。君の“力”がほとんどだった。君の生きようとする想いの強さが、“力”を引き上げたのだろう」
なんとも無いような風に言っているけれど、かなりの負担だったでしょ?だから倒れたんだよね?昨夜、らいあに“力”を渡し終えたぼくが、“力”切れの強い眠気に耐えられず畳に横になり瞼を閉じてから眠るまでの間に、しじょうが呟いていたんだ。「何故この身体で“力”をここまで使ってしまったんだ、らいあ?」って。
「……ありがとう、らいあ。ぼく、まだ生きたかったから」
「……そうか、本当に良かった」
ち、ちょっとみんな何?なんかほわほわしたこそばい空気になってるんだけど!
ぼくは慣れない空気にソワソワ髪を指に巻いたりしていた。
カンガンカン!!!
また!?
「おにゃもーらがまた来たの?」
「何?おにゃもーらとはなんの化け物だ!?」
つい放った言葉におおねが大きく反応してしまった。うしおとらいあは仲良く吹き出し、にりんは注ごうと傾けた急須が笑いで震えるのを抑え、必死に机に戻そうとしている。せい?かわいくきょとんとしているよ。さっきのくだりは耳栓してて聞いてなかったらしいよ。しじょうはにこにこ。
「機構の事だよ。さっき来た時、声がおにゃもーらおにゃもーら言ってるように聞こえたんだ」
唯一笑ってない中で説明出来そうなぼくがしておこう。おおねの武器が大剣な事は知れて良かったけど、畳に突き刺さりそうで心配。床から隙間風が来てせいが風邪引いてはいけないからね。
「機構か……なんだ。おにゃもーら……フッフッフッ」
大剣をしまったおおねはさっきの肩笑い。
「おーねってほんと悪者笑いだよね。俺が笑うと赤子笑いって言われるんだぜ。かわいいのかな?」
「そうだろうな」
「そーなの?えへへー」
うしおとらいあ仲良いね。
「せい、入室を許可してやってくれんか」
らいあはせいに頼んだ。せいは困り顔に。
「え?機構の人では……」
「ない。しゅゆに近い」
「ぼくに近い?」
まさか。
せいは一つ頷くと「開けます」と言って指を横にスッと動かした。“力”を使う時の補助動作だ。会話の際、筋力とかの力と“力”を区別する時に、“力”側に使われる事もある。
鍵がカチャリと開いた。と同時に巨大な何かが飛び込んで来た!
「しゅゆ!」
巨大な何かはぼくの名を大声で呼び、足を上げて――。
「待ったああああ! 土足厳禁!」
ぼくは滑り込んでたてこうのふくらはぎをガシリと掴んで持ち上げた。体幹を鍛えているたてこうは一瞬ぐらりとしたもののすぐ立て直した。
「あ、済まない」
「セーフだから良いよ」
ぼく達らしい再会であった。




