昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・五
「おいしい!」
昼過ぎに再び目覚めたぼくは、遅めの朝兼昼御飯を食べていた。
「良かった。お店の売れ残りでごめんね。消費期限は大丈夫だから」
にりんはにこにこと玄米ごはんをよそってくれている。
ぼくの背中側で閉じている襖の奥からお腹が鳴る音がして振り返ろうとすると、にりんはにこにこ首を横に振る。
うん、ぼくいい子だから振り向かないよ。
「うん、信じる。お店ってにりんの?」
「そう、『にりんの煮物』って言う総菜屋なの。家の一階をお店にしたのよ」
「ぼくのこと雇ってください」
「それはいいわよ。でも、そんなに急いで働かなくても大丈夫よ?ここでは労働は義務ではないの」
「……え?どういうこと?」
「最低所得保障制度があるの。オン村の住居者は一律のお金をもらえるのよ。あなたがこの村で生活して行こうと決めたら、地区総本部に申請して、調査を受けてからになるけれど。あなたは事故でオン村に来たでしょ?今回の場合は、地下の監視映像機に記録が残っていて、機構が地区総本部に丸投げしたそうだから、地区総本部で事故認定されるはずよ。そうなると、事故お見舞い金が出るの。一時金ではあるけれど、あなたが申請を早く通せば、それまでは生活出来る程の金額なの。だから、体調さえ良ければ説明をしようと思ってたの」
それすごい。それなら、ぼくこの村に、このにこやかな人の側で住めるのかな?
「そうなんだ。……あの、それって貸与?」
「いいえ。贈与」
「良かったー。還せとか言われても還せないからさ。あれ?調査?え?ちょっと待って、まさか実家とか調べるの?」
うず潮に船が近付いてしまった時ほど焦るぼく。
「いいえ。あなたの“力”よ」
「“力”?」
「そう。うーん、そうね、オン村は二つの管理会社が運営してる巨大な住居区だと思うといいかしら。一つは主に土地を保護している『オン村地区保護機構』。一つは生きものを保護している『オン村地区本部』。それで、オン村地区本部は別に調査しなくても住みたい人も観光客もどんどん来てほしいんだけど……人が少ないからね、オン村全体で見ると。けどねー、オン村地区保護機構はそうではないのよ、調査しなきゃいけないのは機構がアレコレうるさいんですって。そうそう、名称が長いからね、機構と言えばみんな分かるわよ。機構自身も機構って略す事多いの。オン村地区本部は地区総本部で、地区事にそれぞれの地区本部があるから、地区総本部の事を言いたい時は、オン村地区本部か地区総本部と言ってね。忘れちゃったらまた聞いて。あたしがオン村に来る時はおおねやみんなに何回も聞いちゃってね、教えてもらったものよ」
ぼくは自分にとって大事な事しか頭に入れない所がある。けれど、ここで暮らして行くのなら、それはいけない気がするな。
「うん、ありがとう。ねぇ、オン村地区保護機構は土地を保護するってどういうこと?」
「詳しくは分からないの。機構が隠してるから。けれど、地形を変えるなとか、植物を植えるなとか、地面にへのへのもへじを書くな、とか、そういうことではないのよねぇ」
ふふっ、へのへのもへじを案山子にではなくて、地面に書くの?
「ふふっ、なら、けんけんぱ出来るんだね」
「ふふっ、そうよ。アハハッ」
「アハハッ」
ぼくとにりんはケラケラ笑った。
あー、涙出てきちゃったよ。たてこうと居た時でも、こんなに笑ってなかったかもしれない。それだけ、無心でなければ生きられない時間が多かったのかな。健康の為にもたてこうと会ったら全力で笑わせにかかろうっと。
「ふふふっ。もう、あなたと話してると楽しくなっちゃうわ。素敵」
「ぼくも楽しい。素敵だね」
「ほんと」
「それじゃあ、ぼくは何に気をつければいいのかな?」
「それが、分からないのよ。機構が問題視する事って、あたし達からしたらハテナハテナハテナな所なのよねぇ。ま、普段暮らしてる分には問題は起こらないわよ。うーん、日常だと、家を建てるから工事するとか、道路で“力”を使って商売する時は必ず事前に申請する、くらいかしら。とにかく“力”なのよ。機構が気にするのは。土地って言い方みんなするけど、“力”なんだと思うわ。けれど、なんとなく濁して土地と言ってる感じがする。あまり触れないほうが良いのよ、きっと。入村の時はね、まずは“力”の有無を見られるわ。無ければすぐに入村、居住出来るの」
「え゛、ぼく“力”ある」
「それなら、有る場合は、使えるかどうか。使えるならばどのように使えるのか。それに量や強さ、属性持ちならば属性。それと、一番聞かれるのは、その“力”をどう使うか」
「どう使うか?」
「もし、あなたの“力”が攻撃一択なものならば。もし、どれか一つの属性に固まったものならば。もし、膨大な量ならば。もし、甚大な影響が出る程の強さならば。あなたはどう使う?ってこと」
「ええ?そんなこと言われても」
「裏を返せば、『その“力”をオン村に有益な事のみに使うと契約しろ』って事ね。日帰りの観光客にもそんなことするものだから、観光客が全然増えないの。だって、日帰り旅行なのに三時間は最低でも時間取られるのよ。行き帰りの時間も考えたら、割りに合わない感満載よね」
「あー、それは厳しいね。なんか、まどろっこしいやつらだね。ハッキリ言えば良いのに」
「ふふっ、そうね」
「契約ってこわい?」
「おおねの契約書を見せてもらったことあるわ。こわくなかった。それに、調査は地区総本部へ行くことになるけれど、付き添い人と一緒に受けられるの。地区総本部と機構から三人ずつくらい調査人が来てね。あたしの時は“力”が無いと分かった途端、機構の人達帰ってったのよ。ほーんと、土地というよりは、“力”の無いものに興味無いのよ、あの人達。それに、契約はその場でしないわ。後日、機構から書類が送られて来て、吟味してから送り返せば良いの。けどね、まずは開かないで地区総本部へ送るか見せに行くかするのよ。念の為ね。内容も確認してもらうの。なんなら弁護人にお願いして抗議も出来るわ。穏便に行くならそれね」
「穏便でそれなの?」
「うん。中には実力行使する人もいるから」
「住めなくなるよね?」
「それがねぇ、追い出される人も居るけれど、機構にとって魅力的な“力”ならば追い出されないわ。でも契約内容は厳しくなるみたいよ」
「文章全て受け入れる選択肢は?」
「地区総本部が泣くわ。前例を作ると続いちゃうからって。それと、全文受け入れると『機構派』に認定される。そうすると、住める土地が地上は五色という地区だけ、地下は七割程が機構の土地で、そこだけになるわ。別に、他の地区に住めない事はないの。けど、『本部派』の地区民からは遠巻きにされるわね。機構と関わっても良いこと無いからって」
「成る程」
「ここまで話しておいて心配になったわ。この村、案外、殺伐としてるのね」
「表は平穏そうなのにね」
「ええ、慣れってこわいわね。機構派と本部派が居るなんて、当たり前と思っちゃってたわ」
「気付いたから良いんじゃない?まだ染み込み過ぎてないよ」
「そうよね」
「じゃあ、ぼく、地区総本部?へ行けば良いのかな?この村に住みたいんだけど」
「あら、道連れ仲間さん待たないの?」
「うん。たてこうにはぼくの生活能力を見せ付けてやるから大丈夫」
「ふふっ、そう。ええ、三十分も待てば即日で面会可能よ。けど、“力”を測ったり見せたりするから、“力”が満タンになってからに」
カンガンカン!
にりんの声に被さるように、突然殴打音が響いた。咄嗟に武器を造り手に持ち立ち上がる。
「わっ、何かしら?大丈夫だからね、この家にはかなり強い防御防音壁が張られているから、らいあくらいじゃないと壊せないの。それにしてもこんな音量が入ってくるなんて。あら?綺麗な鎌ねぇ。“力”で造られる武器って素敵よね。人それぞれ違ってて、おんなじものがないんだもの。いのちとおんなじね」
両の手のひらをパンッと合わせて、にこにこ笑うにりん。
何この人。ものすごく癒されるんだけど。よし、この人を守ろう。おおねとか言う人がこの人泣かせたら、目の前でこの人の事ぎゅーぎゅー抱き締めてやるんだから。うん、そうしよう。いまはとりあえず目の前の問題だ。
耳を澄ますと……。
え?何語?
「なんか言ってる……どうしよう。ぼくの耳には『おにゃおにゃもーらおにゃもーら』に聞こえるんだ」
「ブッ、ふふふっ、大丈夫よ。防音壁のせいよ。あたしにもそう聞こえるから、アハハッ」
「アハハッ、自分で言ってておかしいや」
「アハハッ、おにゃもーら……ふふふっ」
にりんと二人、お腹を抱えて笑っていたら、背中側の襖が開いた音がした。心地よい風がさあっと流れた。振り向くと、嬉しそうに微笑むらいあが膝をついて開けていた。
「楽しそうで何よりだが、あれは機構職員だぞ」
「あらやだ、塩撒かなきゃ」
にりん、手が大きいんだね。小振りな透明な瓶の中身全部片手に収まっちゃったよ。え?足りないから砂糖も?たぶん蟻来るよ。せいが涙目だよ。虫は嫌だから胡椒にしてくれってさ。
……それ大惨事になる気配しかしないよ?大丈夫?風上で笑う準備は出来てるからぼくは良いけどね。




