昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・四
「らいあを助けてくれてありがとうございました!」
「……それは、分かったから、声落としてくれない?ぼく、目が覚めたばかり、なんだけど」
初め、目を開くと見えたのは丸い原木で枠が造られた格子組み天井だった。換気扇は風で勝手にカラカラ回っていて、台所の小窓からは薄い光がレースカーテン越しに差していて、心地良かった。んだけどなぁ。どでかい声に邪魔された。喉が渇いているからか、声が掠れて出しにくかった。
「あ、ごめぇん……」
途端小さくなった声の人は体も丸めて縮こまった。確実に知らない人なのに何故か、頭をはたいても良さそうな雰囲気の持ち主だった。……頭をはたいても良さそうってなんなんだ、ぼく。その隣では、にりんが二つの湯飲みが乗ったおぼんを手に苦笑している。
「うしお、あんたはらいあの方へ行ってなさいな。……うるさくてごめんなさいね。どうかしら?どこか痛いとか、喉が渇いてるとか」
「どこも痛くもなんともないよ。喉は渇いてる」
「水と白湯があるわ」
「水が良い」
「どうぞ」
起き上がったぼくに縁取りが薄い湯飲みが手渡された。まず一口、口の中でモゴモゴ。底の水は残した。この人へそんなこと考えたくなかったけど、用心に越した事は無いからさ。それよりも。
「ここの水、すごくおいしい!」
「それは良かった。水の味って大事な事なのに普段忘れがちよね。その土地の水の味を知らないまま引っ越しちゃって、引っ越した初めの一杯にドキドキしちゃったりして」
「そんなことあったの?」
「うん、あたし、三年くらい前に村の外から来たの。おおねのパートナーになってからここに住んでるわ」
にりんの言葉に警戒を僅かに滲ませてしまったぼく。
にりんは困ったように笑った。
「ごめんなさい、あなたの事探った訳じゃないの」
「探るのは良い。そうじゃない。ぼくが出て来た町から来た人だったらと思っただけ」
「森?」
「海」
「それなら大丈夫。あたしは森生まれ森育ちで海なんて行った事ないの。川と川に挟まれた村でね、川魚ばっかり食べてたわ」
「そうなんだ。ごめんなさい」
「ううん、あたしこそごめんなさいね」
お互い謝ってあっさりと終わる。引き摺らない空気。
うん、嫌いじゃない。
「ねえ、ぼく地下の川に流されて来たんだ。不法侵入しちゃったんだけど」
「それなら大丈夫。上層部も承知済みだから」
「え?」
にりんは柔らかに、少し悲しそうに笑っている。
悲しそうなのはどうして?
「あなたが流されて来たのは監視員が直後に報告済みだったそうよ。事故の為として不法にはなってないわ」
ええ?見られてたの?
「監視員は見てたのに放っておいたの?」
にりんは顔を暗くして声を沈ませた。
「あそこはオン村だけれどオン村ではないの」
「え?」
「オン村には『オン村地区保護機構』という土地を保護する為だけの団体があってね、あなたが流れ着いた土地はそこの保護地区だったの。だから、土地は保護されるけれど、余程でないと人は保護されないのよ。あなたが土地を傷付けないまま地上へ、しかもこの三緒地区へ出てくれて良かったわ。ここは『機構』の土地ではないから」
「え、何それ。ぼくが怪我してたらどうするの?」
「一応、『機構』の医師が遠くからあなたを“診た”そうよ。問題ないとして、接触がなかったの。けど、『機構』とは接触が無い方が幸いよ。あの人達は、土地以外をなんとも思っていないから」
「……ぼく、運が良いって事だね。にりんにも逢えたし」
「ふふっ、そうね!」
せっかく笑ってくれたけど、さっきの悲しそうに笑った顔が頭から離れない。
「大丈夫?体調優れない?」
俯いていたら心配されてしまった。さっきからぼくらしくないな。昨夜からか。まだ疲れてるのかな?
「ううん、あの、にりんが、さっき悲しそうだったから気になって」
「ああ、ごめんなさいね。あなたがどうして流されて来たのか気に掛かったの。聞いて良いのかしらと思って」
「なんだ、その事?別に良いよ。北の川で旅船に乗ってたんだ。天気予報は快晴だったのに夜、大荒れになってさ。川から出てきた大きな亀の甲羅に当たってぼくだけ放り出されたの。船はギリギリ持ってそのまま進んでったと思うんだけどな。ぼくは分かれたもう一本の方に落ちちゃって」
「まあ……なんてこと。怪我は?あ、しじょうが無いって言ってたわね。大変だったわね……もう大丈夫よ」
涙ぐむにりんはぼくの手を両手で包んでくれた。皮の厚い、温かな手だ。
「うん、ありがとう。落ちた川がオン村の地下街に繋がってるって船頭が言ってたの思い出してさ、そこまでなんとか行けるかなと思って防御壁の中でじっと待ってたんだ。そしたら明かりが水面に見えたから上がったの」
「それで地下に」
「そう。たてこうと離れちゃったけどあのあと大丈夫だったかな?」
「お友達?」
「うーん、なんていうか、道連れ仲間、かな」
「それならもう一度会わないとね」
「うん。……ぼくね、苦しむ前に死んじゃおうと思ったんだけど、きっとたてこうがぼくを捜すから。見付かるまで捜し続けちゃうと思ったから、生きなきゃと思ってわあっ!」
顔を抱きしめられてぼくはものすごい驚いた。昨日から初めてな事ばかりだよ。
「大丈夫。大丈夫よ。昨日オン村の周辺で船の事故は無かったわ。あなたの仲間もきっと無事よ」
鼻声のにりんにぼくは「そう……良かった」と答えるので精一杯だった。
ならば、あの船はちゃんと満月の市近くの村まで行けたのかな。満月の市とオン村は直行便で繋がっていると聞く。それにたてこうが乗れれば、案外早く会えるかもしれない。
「もしあなたの仲間が満月の市に行ったなら、オン村との直行便に乗ってくれると良いわね。値段で速さが変わるけれど、一番安くても三時間で往き来出来るわ」
「え!?そんなに速いの?すごいね」
「ええ。満月の市へ行った時、あたしも驚いたわ。次の日おおねに仕事があったから……えっと、おおねはあたしのパートナーよ、昨夜居た大きい人ね。早く帰るために一番高いのにしたんだけど、一時間掛かったかどうかだったの」
「えーすごいね。ぼくも乗りたいな」
「ぜひ乗ってみて。けど、速いのも良いけどねぇ、あたしは安い方が好き。外の景色が見れるもの」
「速いのでは見れないの?」
「見れるけどビュンッだもの」
にりんは一本立てた人差し指を右から左へ勢い良く動かす。
「ビュンッ」
ぼくも真似る。
「そう、ビュンッ」
「あははっ、そっか、ビュンッか」
「そうよ、ビュンッ。ふふふ」
二人であはははふふふふ笑っていたら眠くなってきた。ぼくの瞼が上がったり下がったりを繰り返すのをにりんが見付けて、柔らかに笑んだ。
「あら、まだ休んでちょうだいね。大丈夫。せいは静かな子だし、らいあも寝てるし、うしおは部屋に閉じ込めとくから」
何処からともなく出した護符?お札?を掲げるにりん。
「悪霊なの?」
「ううん、ちょっと……いえ、まあまあ、うーん、正直言うとかなり抜けてるもののけなの。約束しても少ししたら忘れてるから、こうするだけよ」
「えっと、かなり……気をつけるよ」
「大丈夫よ。あんまり被害は無いわ。そうね、ちょっと、溜め息付きたくなるだけで」
「そ、そうなんだ。……えっと、にりん、おやすみなさい」
「おやすみ、しゅゆ」
たてこう以外に挨拶するの、なんか、なんていうか、こそばい、な。




