昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・三
「失礼しちゃうよ、ぼうやだなんて」
「はは、済まなかった」
その人は花弁が途切れた土の上、平屋の裏口の横に立っていた。文句を言いながらも一歩一歩慎重にその人の方へ向かう。花弁が夜露で湿っていて滑りそうなのだ。花弁の絨毯から抜けて土を踏みしめ、ようやく一息つけた。
「はぁ、着いた。ねぇ、宿屋は……どうしたの?」
宿屋の場所を聞こうと顔を向けると、現実へと戻してくれた人に異変が起こっていた。
「うっ、はぁ……はぁ……」
荒い呼吸、心臓の辺りの服を強く握りながら膝が崩れて行く。
「ちょっ!?」
あの町で恐れられた怪力が役に立った。自分よりも大きな人を全身で支える。ゆっくりと膝を曲げ、地面に座らせる。
どうしよう、病気?口から心臓飛び出そうっていまなら分かるよ。ぼくの心臓元気良過ぎる! 落ち着け、落ち着けぼく。まずは?声掛け?そう、声掛けを。
「聞こえる!?心臓?連絡先とか、医者は?誰でも良いなら手当たり次第扉叩いて来るから、頷いて」
「はぁ……うっ、そこの家、の、おおね、と、しじょうへ、そらのうたが、来た、と、伝えて、くれ」
震える指が隣の家を指した。
「そらのうた?分かった。横になって待ってて」
上着を脱ぎ、地面に敷いてその人を横にしていると、背後から厳しい声が投げ掛けられた。
「何者だ」
振り向かずに「急病人! 医師をお願い!」と告げる。誰だか知らないけど、お願い。誰だか知らないけど!
「……らいあか!?にりん、しじょうへ連絡を!」
背後側の見えない角の方から「分かったわ!」とハッキリした答えが返って来た。走っていく軽やかな足音に心臓が少し落ち着いた。
重い足音はぼくのすぐ横に来た。大きな影がしゃがむ。
「らいあ、聞こえるか?いましじょうを呼んだからな」
「お、おね、この子は、だ、いじょうぶ、だから」
苦しい中でぼくの事を伝えてくれた。それにこの人がおおねなんだ。良かった。
「分かった。話すな」
おおねと呼ばれた人は上着を脱ぎ、らいあと呼ばれた人へと掛けた。
そうだ、伝えなきゃ。そらのうたが――。
「え?あ、ぁ」
ん?
か細い声が聞こえた気がして振り返るが誰もいない。いないけど、裏口の戸が薄く開いて揺れていた。さっきまで閉じていたから、誰か居たんだ。
「私の甥だ。気の優しい子だから話し掛けたり驚かせたりしないでほしい」
「話し掛けないんだね、分かった」
「しかしながら無視はしないでほしい」
「うん?分かった。声掛けられたら返すってことだね」
「あの、あの、毛布……」
「え?」
震え切っている声に振り向くと、裏口から大きなフードの着いた服で顔を隠した人が全身震えながら毛布を差し出していた。
え?これ大丈夫なの?凄い震えてるけど。
「ありがとう、せい」
おおねはそっと受け取ると素早くらいあに掛けた。
「あ、み、水。水も持って来た」
「ありがとう、君、受け取ってくれるか?」
「うん、ありがと」
「ぅ、うん……」
と言うと、フードの人はふらりと座り込んでしまった。
「え?え?ちょ、だ」
戸惑うぼく。大丈夫かと言おうとして、声を掛けないでと言われた事を思い出す。
いまも?いまもなの?
「大丈夫か、せい」
「あ、脈が、速い、だけ、だから」
「大丈夫だからな、落ち着け。私が居るから。驚いたんだろう。休めば治るからな」
「う、うん」
成る程、驚いてしまったのか。大丈夫だよ、と声を掛けて良いものか迷ったので、念を送っておこう。
大丈夫だよー。大丈夫だよー。……こんなこといつものぼくならしないよね?ぼく疲れてるかな?
「ここかね?らいあ」
ひょっこりとらいあ側の角から現れたのは、高齢の人だった。らいあを一目見て頷くと、「こんばんは。もし良ければ“力”を分けてくれるかな?」とぼくに微笑んだ。
「はい。あんまり無いけど使ってください」
「しじょう、“力”ならば私が」
「おおねはせいに使ってあげなさい。緊張と不安から来る頻脈だ。手足を温めてあげると良い。けれども、らいあはおおねが運んでくれるかい?」
「はい」
「せい、安心なさい、先生が来たよ。それと、皆、中へ入っても良いかな?」
しじょうが優しい声と口調で尋ねると、せいは歯をカチカチ鳴らしながら「はい」と頷いた。
「にりん、せいを中へ連れていってくれるか」
「うん」
おおねが呼んだのはさっき角から聞こえた、ハッキリと答えた声の人だった。その人は微笑みながら「ありがとう」とぼくの肩を軽く叩いて横を通ると、「大丈夫よ、がんばったわね」とせいを支えてゆっくり中へ入って行った。
「らいあ、動かすぞ」
少し前から気を失っていたらいあをおおねが抱え上げる。おおね、しじょうの後ろへぼくも続いた。
平屋の中は案外広かった。台所のある部屋にはせいとにりん、裏口すぐの部屋に僕たち。雀の絵の襖は半分開いていて、せいとにりんの足が見えた。
「さて、早速だがお嬢さんの“力”をいただきたい」
「は?お嬢さん?」
らいあに布団を掛けていたおおねがしじょうをぽかんと見る。
「ぼくだよ」
「そうか?」
そうだったのか?ではなく、そうなのか?でもなく、そうか?ってどういうこと?そうか+疑問符ってなんなのさ?
「お嬢さん、先生の手に手を重ねてくれるかな?」
「はい」
「しじょう、やはり」
「おおね、前に話した通りだよ。らいあの体は新たな“力”を欲している。同じ“力”ばかりではらいあはもたないんだよ」
「それでぼくの“力”がいるんだね」
「そうだ、けれどもね、いまはお嬢さんの“力”もかなり減っている。分けてもらった後、お嬢さんの体調が悪くなるかもしれない。もちろん一時的不調で済む所で止めてもらうよ」
「承知してる。ぼく、この人に助けてもらったから、問題ない」
「おや、体調が悪かったのかい?」
「ううん、おかしな歌?みたいなのに引っ張られてたら、この人が「本当に行くべき所はそこなのか?」って、戻してくれたんだ。あ、そうだ! この人がおおねとしじょうに伝えてって言ってた。遅くなってごめんなさい。「『そらのうた』が来た」って」
反応したのはしじょうだけだった。一瞬で真剣な顔になったしじょうは、強い口調でおおねに命じた。
「おおね、きさらぎと地区総長代理と各地区長へ急ぎ連絡を。消音の警戒警報を特級で出しなさい。外に居る者は身近な建物内へ避難を」
「なに?」
「きさらぎにだけ、そらのうたが来たと必ず伝えること。おおねも気をつけて行くんだよ。あれは心を惑わせる。聞こえたら耳を澄ましてはいけない。振り払うんだ。にりんを、自らの生を繋ぐものを思い出しながら、必死にね」
「その、『そらのうた』がか?……分かった。にりん、せいは」
「こっちは大丈夫よ」
「だい、じょぶ、だょ……」
ハキハキした声と震えて途切れがちな声とが返ってきた。
おおねは頷くと玄関の方から出て行った。
「そらのうた?」
ぼくが疑問の目をしじょうに向けると、しじょうは表情を和らげて答えた。
「ああ、後で話そうね。いまは、らいあの事を頼めるかい?」
「分かった。いつでも良いよ」
「では、先生の手に少しずつ流してくれるかい?先生がらいあへと流して行くからね」
「うん」
ぼくは深呼吸を一つすると、しじょうの手にスーッと“力”を注いだ。




