昔あなたから貰った木苺。ぼくからもあなたへ・二
過去シリーズ第二弾始まります。
※注意※今回は二話同時投稿しました。こちらは二話目です。
※注意2※一話目では水難事故が全体に書かれています。苦手な方はこちらの二話目からお読みください。
~一話目あらすじ~
オン村の地下へ着いたしゅゆは、誰にも会わず地上へ出ます。見回りも無い様子の無防備なオン村に呆れるのでした。
「あっけらかんとしたものだね」
古めかしい家、新旧混ざった継ぎ接ぎの家、大木に扉と窓を付けた家、新しい家と景観の揃わない家々を仰ぎ見ながらぽてぽて歩く。
塀とも呼べない、粗末な板が地面にぽつらぽつらと刺さっているだけとかそもそも塀も柵も無いとか、逆に塀が高過ぎて二階まで見えないとか、本当に様々だ。けれども大抵の家が中庭の見える仕様になっていた。
「無用心だこと」
余程楽天的なのか、はたまたぼくの知らない対策が施されていて、敵をしんと待ち構えているのか。
「後者でないと安心して寝れなそうだね」
しみったれた暗がりにじんわり響くぼくの声。
今日は半月夜。それ程強くはなくとも、夜随一の光が優しく在り続ける夜。
それに照らされている家々は、人々の暮らしぶりが丁寧であることを知らせている。
さて、宿屋何処?いや、その前に不法侵入を謝りに役所か詰め所かな?
思考を巡らす鼻先を、ふ、と甘く華やかな香りがくすぐった。方向に顔を向けてもそれ程の香を放つような花は無かった。もしかして、と曲がり角の方へ足を向かわせてみる。
時間は余る程あるもの。面白いものがあると思えば向かわぬ選択肢は無いさ。
塀のつもりか、朽ちて穴が所々に空いた背丈程の板が並べられた家の裏手に回る。
息を飲んだ。
「これは……」
目の眩む程の姿がそこに在った。
満開の花で満ちに満ち、美の溢れた大樹だった。
名をなんと言うのだろう。
そしてこの大樹は、いつからここに居るのだろう。
何を見て何を聞き、何度暑さや寒さに耐えたのだろう。
その生きる力は、一体何処から生まれて来るのだろう。
自分の見てきた世界からあまりにも外れた光景に、疑問ばかりが浮かんで途切れない。
闇に溶けるように浸るその体は満を極め、躊躇い無く美を溢しているようだった。仄かに妖しく光って見える花弁の一枚一枚と大樹は、闇にぽっかりと浮かんでいた。
大樹自身はそれを悲しく、恐ろしく思わないのかな。ぼくがきみだったら、自分から美しさが逃げて行ってしまっているようで、怖くなってしまうと思う。
しばらくぼくは動けなかった。
大地は大樹の真下からぼくの足下まで花びらで埋め尽くされていて、足の踏み場も無いのだ。誰も触れてはいない花弁の上を踏むのは心の底から躊躇われたので、そのまま眺め続ける。
角の取れた、座るに丁度良い大きさの石が数個あり、それらにも花びらが粉砂糖のようにまんべんなく降り掛かっていた。
あそこに座りたいなぁ、と見ていたら、その内の一つ、平たい頭の石の上で花びらがごそっと動いた。積もり積もった花弁がようよう崩れ流れただけとも見えたけれど、人の手で掻き分けられたような錯覚も得た。
月光に惑わされたかな、と苦笑する。
さて、引き摺り込まれる前に離れよう。たぶん、ここは只人が居て良い空間じゃないよ。
踵を返しかけた時、視界の端に揺らぐものが在った。
蜃気楼?いや、まさか。
もう一度向き直り目を凝らす。
何だ?やはり何か動いている。
息を潜め、身を屈める。
花弁と花弁の間は本来は空気であるはずなのに、手のひらで掬い上げた水のきらめきと似た光が加減によって生じていた。冷たさを想像するが、実際は軽く温かなものではと感じる。散り降る花弁のほとんどは、石肌に沿って滑り落ちていたが、じっと見ていると、きらめきの場所だけ花弁が何かに当たる動きをして落ちている。
ああ、居る。この拳よりも小さな子が。
身を乗り出して、もう少しより見たい、と一歩踏み出したときだった。
枝を踏んだ。
その僅かな音にその子はこちらを見た。気がした。視線が合わさり、双方固まった。気がした。はっきり分からないが。
「待って……大丈夫だよ」
ぼくは小さく、本当に小さく囁いた。花びらで遊んでいた無邪気な子に、まず一番に安心してほしかった。
声よ柔らかな風に乗れ、と願い囁く。
「大丈夫だよ……ぼくも花を見に来たんだ……きれいだよね……美しいね……良い香りだ。花びらも、きれいだね」
その子は身を固まらせたまま、こちらの言葉付きを隅々まで聴いているようだった。と、突如パッと花びらが舞い上がった。
「あっ!」
息を呑み、その一点をじっと見つめ静まるまで待った。すべての花びらが居場所を定めたときには、その子の姿は無かった。
行ってしまったかと肩を落とす。
先程まで躊躇っていた事を忘れ花弁をみしみしと踏みながらその石まで歩き、膝を崩して地面に座る。
夜露が尻やらに染みたが、もうすぐ夜明けみたいだ。朝日が昇れば乾くさ。
石に俯せに伸し掛かり、曲げた腕を交差させた上に頬を乗せる。顔をその子が居た場所に向けて、左手で花びらを摘まんでは散らした。
何度か繰り返してから、パタリと力を抜く。急に物悲しくなって顔を伏せた。腕に鼻息が当たってくすぐったいが、なんだか力が抜けてそのまま目を瞑る。
ん?なんだこれ?何かおかしい。
「駄目だ! せっかく生き延びたのに冷えて死んじゃう。宿探さなきゃ!」
気力を振り絞って立ち上がる。
やっぱりここはまずい。
急いで離れようと踵を返した時だった。
「何この音?……歌?」
妙な音に立ち止まる。楽器でもない、声とも言えない、微かな旋律のみが流れる。低くも高くも感じる音は籠りながらも響いていて、何処から聴こえているのかも分からない。
なんだこれは?
「何……?」
不思議と怖さはない。けれど、離れられない。底知れない哀しさと寂しさとが交互に体中を回る。
「どうしよう、た」
たてこう。と呼びそうになって止める。呼んでしまったら、たてこうの所へこれが行ってしまいそうで。
「い、行かなきゃ。宿を、宿を探しに」
フラフラとした足取りで進もうと踠く。けれど。
「いま呼ばれた」
呼ばれた気がした。ぼくを、呼んでる。呼ばれてる。ぼくが、ぼくが。
「行かなきゃ」
行かなきゃ。ぼくを呼んだ人の元へ。行かなきゃ。行かなきゃ。
大樹の方へフラフラと向かう。体が冷えていく。足の感覚がない。
あれ?誰の元へ行くんだっけ?
疑問を持つ間も途切れない旋律。哀しさに当てられて心臓まで冷えていくようだ。
呼んでいる。哀しい人が、ぼくを呼んでいるんだ。
「行かなきゃ」
「本当か?」
「え?」
背後から突然掛けられた声に驚く。ぼやけ始めた視界で、声の主を探すが、頭がクラクラして定まらない。
「本当に行かないといけないのか?お前が行くべき場所は、他にあるのではないか?」
低く厳かな声は心臓に響いて熱を生んだ。心臓が熱を持った鼓動を始めた。その熱は血液に乗って頭や腹へも染み渡り、ぼくを現実へと戻して行く。
「ぼくが、行くべき、場所?」
「そうだ。お前を待つものは居ないのか?」
「待つもの?……たて、こう。たてこうがいる。生きて、文句言うんだ。ぼく、行かなきゃ。宿、探さなきゃ」
「そう、その意気だ。偉いぞ、ぼうや」
一気に覚醒した。
ぼうや!?
「ぼくぼうやじゃない! そりゃこどもだし、髪短いけどさ!」
肺の空気を全部使う勢いで否定する。
こんな大声出したの久しぶりだ、と頭の片隅で思った。
「あっはっは! そうか、それは悪かったな」
――ぼくを戻してくれた人は、それはもう嬉しそうに、まるで朝日の様に笑っていた。




