物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ・九
「この度は十八土炉地区へ多大なるご迷惑をお掛けしまして、加えて休ませていただいてばかりで手伝いも出来ず申し訳ない」
夕刻、十八土炉地区南門にて。
わたしは牽引自動車の最後尾部分に乗っている。他の猫達も思い思いの部分で既にくつろいでおり、あるものは腹を掻き、あるものは欠伸をしていた。共通しているのは満足そうな雰囲気である。
るる、しゅゆはすでに車内へ。湯飲みはるるのポケットに入れられた。うしおは食器姿なのでしゅゆが鞄に突っ込んでいた。ナイフとフォークだけは樽人と交換した布にくるんでいた。
面倒くさがらず全部くるんであげてくれ。鞄の中で食器が擦れてキィキィ言うとるわい。
らいあと樽人は互いが地区長であるという事もあり形式的な謝罪と放免を行っていた。
わたしは人間の形式はどうでもいいんだかな、目がな。住民の目が凄いぞ、樽人よ。あれだ、きっとこれが目が皿という状態だぞ。目が皿。絶対樽のせいだぞ。良いのかこれ?のちのち問題ないのか?いや、あるだろう?
「いえ、助けはお互い様でございます故に。大したお構いも出来ずに」
「いやいや、なにやら“力”入り刺繍までいただいたそうな」
「それなのですが」
と、樽人は一歩らいあに樽を、いや、顔を近付けた。
顔の横の酒樽は圧迫感があるだろうな。
「お二方とも“力”玉と交換されまして……もしよろしくなければお返しを」
「いや?問題ない。るるとしゅゆの“力”玉だろう?当人達が決めたのだから。君が悪しき事に使わなければ尚良い」
「ええ、そこは重々」
「楽しみにな。るるとしゅゆの“力”玉はおもしろいぞ」
「え?」
らいあの笑みがいたずら小僧のようなものに変わる。わたしの顔もそうなっているやもしれんな。
「では、お疲れ様。また」
「え、ええ、お疲れ様でございました。お気をつけて」
疑問を気配に浮かべたままの樽人を残し、らいあは車内へ。しゅゆが運転席後ろの隙間に挟まって座り、らいあは助手席に座った。
しゅゆ、良いのかそれで。あいつは良くなければしないか。
「世話になった」
「ありがとるーん。また来るーん」
「気が向いたら来てあげるよ」
「緊急時以外は必ず先にご一報ください。猫のリーダー様も」
わたしもか?フッ、わたしが聞くとでもおもっ。
「先触れがなければ家どころか敷地内にも入れませんので」
本気な気配をしている……あい分かった。仕方がない。承知してやろう。本気な気配のお前、ちと怖いと思ったのは内緒である。
そうしてわたしたちは樽人及び十八土炉地区に別れを告げ、高空道路入り口へと向かい……。
「あのぉー、アウトです」
「「「『え?』」」」
入り口にて高空道路ゲート員からアウトをくらった。何故かアウトを出したゲート員の方が白い顔をしている。まぁ大量の猫に睨まれればそうなるか。
「こ、この牽引自動車は二人までしか乗れません。それと、後ろに生き物を乗せてもいけません」
「三人でも零輪では何も言われなかったけど」
「おそらく、あなたを見つけられなかったのかと。記録には二人乗車になってますので」
「そう。ぼく、猫達と高空列車に乗って帰るよ」
「あ、あの、運転席に猫は数匹ならば入れられます。運転に差し支えがなければですが」
「へぇ、教えてくれてどうも。ひめめ、選べる?ぼく数匹なら運べるけど」
『頼む。ほれ、そことそっちとあっちの猫よ、疲れの強い者は運転席に乗れ。乗れなかった者はしゅゆに担がれよ。他はわたしと共に歩くぞ』
「ひめめ、しゅゆを頼んだ」
「またあとでね、るん」
『よかろう』
「逆じゃない?まぁいいけど」
「出口はこちらで、高空歩道入り口はあちらです。駅はあの茶色のレンガの建物です」
「ありがと、行こう、ひめめ」
『ふむ、たまには高空散歩も悪くない』
心地よい澄んだ風に毛をなびかせる。霞みの掛かった地平の先の黄色く染まった空の端から夕日が顔を出して来たのが見えた。硝子を曇らせたような半透明な足場から覗く眼下には、窓を光らせた家々と葉を夕日色に変えた植物と川の水。さほど高さの無い柵も足場も半透明で、まるで空の住人になったかのような気持ちになる場所だ。ちなみに下から見ると道も人も車もまったくの透明となる。ここへ来たことのない者の中には、高空道路など存在しないと信じている者もいるくらいの、真なる透明なのである。
「鳥が通るゾー!」
見知らぬ誰かの呼び掛けにみなが立ち止まり、鳥の為に道を開ける。翼の先が藍色の鳥が、五羽程ヒュンッと風を切って人々を避けて行った。見届けた人々は何事もなかったかのようにまた歩き出す。
『か、かしらぁ。これ、床透けてんだけど。何で出来てんだぁ?壊れちまわないのか?』
『余程でなければなければ壊れんぞ』
『よ、余程!?なんかあったらどうしよぉ』
うらきちがガクガク震えて進めなくなってしまった。
「大丈夫だよ。らいあが暴走しなければ」
しゅゆが首だけ振り向いて声を掛ける。
『らいあが暴走?そりゃあよっぽどだな。うん、なら大丈夫だ』
立ち直り早いな、うらきち。流石わたしの部下だ。
「ひめめ、走って」
『は?』
言うなり走り出したしゅゆ。
遅れて私達も走り出す。
『何事だ!?』
「せいが鮭食べたいって言ってたのに買うの忘れてた。今からなら夕方安売りに間に合う!」
『やはりせいか!?ぶれないやつだな! お前は!』
わたしたちは呆れながらも走ってやった。人間の想いが時にどんなものとなるのか、人間よりもわたしたちのが知っているからだ。
人間はわたしたちよりも仕方のないいきものだから、情愛を込めて過ごしてやるのだよ。
『わたしたちにも買えよ!』
「ごめん無理! 乗車代でお金なくなる!」
本当に仕方のないいきものだ。
駆けながら、あの樽を被った仕方のないもう一人のいきものを想う。あれはあれで何かを守っていたのだろう。
『いぇーいっ! いっちばーん!』
「そこの猫さんすみません! 待って! 毛の砂をよく落としてから入ってください!」
『ええ!?』
「うらきち! ここにお金置いておくから! じゃあ!」
『後でな、うらきち』
『え゛え゛!?かしらぁ! みんなぁ!』
何を守ったからは知らぬが、樽人よ、生きろよ。再び会うその日まで。
わたしはお前達よりも遥かな時をいきるもの。この身の朽ち果ててもいのちのみを揺蕩わせ、ありとあらゆるいきものといきて行くもの。
いまは戯れに、この弱々しいいのちと一つの肉体に共生しているが、短い時のそれも終われば、わたしは一つのいのちとまたなる。
ただの遊びだと、あの時はそう思っていた。気紛れに始めたこれがこんなに愉快な日々を連れて来るとは思わなかった。目一杯楽しませてもらおうぞ。気の遠くなる程の昔にわたしを殺しかけたお前たちの、わたしを殺してでも得たかったらしい未来であるいまを。
「ひめめ」
『なんだ?』
「うしおのこと、ありがとう」
まったく、人間といういきものはほんとうに仕方のないいのちだよ。
そっぽを向くその耳の赤さを、列車の窓から照る夕日の色に似たその色を、覚えておいてやろうと思った。
ひめめ目線はこれにて終了となります。
お読みいただきありがとうございました。
この後は地区民目線も投稿しようかちょっと迷ってます。
少し考えてから続きか新シリーズかを投稿しますので時間空くと思います。




