物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ・七
「はっ、しまった……一昨日干したきりか?今朝も干しておくべきだった。泊まりなど絶対誰も来ないからと気を抜いていた」
らいあをベットに降ろしながら思わず口にしたらしい呟きは切実な響きだった。
友人が居ないと何気にバレたぞ、樽人よ。護衛が口元に手を宛てているぞ。みりぃもか。ここに来る猫が増えそうな予感がする。
「あ、あの、布団はおろしてから未使用です。申し訳ない程安物ですが清潔さは保証します」
「大丈夫るん、家の布団と同じふかふかさるん」
「ぼくのよりも良いふかふかさだよ」
私は一人用ソファーでゴロゴロ。みりぃと湯飲みは毛の長い絨毯に座った。うらきちは外の猫の元へ行かせた。砂だらけだったので。
後悔の深い樽人は、せめて毛布は今朝干した物を、と二階へ走って取りに行った。樽が当たらぬよう身を屈めて扉をくぐる際も階段を駆け上がる際も微動だにしない樽。どうやって固定しているのか、後で聞こうと思った。
……待てよ、視界は?穴は開いていたろうか?いないな。視界はどうしている?“力”を使っている気配はないのだが。面白い。零輪から十八土炉までまあまあ距離はあるがたまに来てやろう。うん、それがいい。
そこへ「運んで来ました」と興奮で鼻息の荒いまじない専門家達が入って来た。
興奮の最中に小声で偉いぞ。運んで来たのはもちろんあのものである。
「うえーん、なんでか人型が維持出来ないようぅ」
「うしお静かにして」
「うしおしーっるん」
「ふ、ふぇ、ふえぇ」
容赦ないな、子らよ。もうちと労ってやってくれ。まぁ、うしおは驚くと耳鳴りが起こる程大きい声を出すからな。先に注意しておきたい気持ちは分からなくもない。
まじない専門家達はうしおの本体を机の上にそれはもう丁寧に置くと、うしおが戻れない原因を小声で話し始めた。
「いま調べたところ、やはり木箱には内部のものの“力”や力を奪うまじないの形跡がありました。その為、人型を維持する力が減っているのでしょう。付喪神様が身の危険を感じていらっしゃらないのならば時が解決すると思われますよ」
「うん、本体は問題なさそぉ。人型になれないだけっぽい」
「それは良かったです。……うん、皆様もまじないの影響は無いようですね。では、私達はまじないの影響を調べにこの辺りに居ますので、何かあった際は呼んでください」
「うん! お騒がせしてごめんねー。ありがとー」
うしおはカチャカチャとスプーンとフォークを立てて鳴らして礼を言った。
うしお、お前はおっちょこちょいなところがあるからな、ナイフは立たすなよ。一番近くに居る私に飛んで来たら怖い。もちろん避けられるぞ。けれどもうしおは私の想像を越えてくるからな。念の為にも。
まじない専門家達は「お大事に」と会釈しながら出て行った。うしおに触れた自分の手をキラキラした目でちらちら見ながら。
「らいあはー?」
うしおの間の抜けた声は眠くなる。人型ならば腹に乗ってやったのに。皿に乗るのはちとつべたい。絵面も悪かろう。ナイフ、フォーク、スプーン、グラスと揃っているからな。ああ、どれも子ども用の大きさだからはみ出るか。
「寝ているん。るん?気絶かな?気絶だと寝てないんだったっけるん?」
「ふーん、そうなの?じゃあ、たまにせいもそうなのかな?帰ったら無理矢理寝かさないと」
止めてやれ。あの気も体も弱い者とお前とが気の合う事は、私の中でも最大級の謎だわい。両極同士と思っているが、案外表裏一体なのかもしれないな。
「毛布を持って来ました」
樽人は息も切らさず帰って来た。ふわふわの毛布をしゅゆへ渡すと、「付喪神様、こちらの上に移動させていただいてもよろしいでしょうか?」と縁取りに小さくて丸い花弁の花とぷくりとした草の刺繍が入った、すべすべとした布をさらりと広げた。色柄違いをあと五枚程手にしている。
「わー、細かーい。きれいな刺繍だなぁ。俺そういうの見てるの好きだぜ」
それはそれで良いとして、上に載せていいかを答えてやれ。
「あ、ありがとうございます。光栄です」
おや、樽人が照れているぞ(おそらく)。樽の中からの声だけではちと分かりにくいな。
『お前が縫ったのか』
「はい。素人なので荒いですが」
やはり“力”の気配がないのに会話が出来る。面白いやつだ。
「そうるん?るるはお金出しても良いるんよ。一枚買いたいるん。家宝を載せるん」
「ぼくもそう思う。せい好きそう。余ってるのあったら買いたい」
「え!?あ、ごめんなさい。大きい声が。いえ、そんな。拙い物でよろしければ差し上げます。何枚かありますので」
「声は大丈夫るん。らいあの周りに“減音”を張ったるん。その布、頑強な“守り”が縫い込まれてるんね。じゃあこれあげるん」
「なるほど、それ良いね。ぼくもこれあげる」
るるとしゅゆはうしおの横へカチン、と何かを置いた。
「え?これはもしかして」
「るるの“力”玉るん」
「ぼくのもそう」
「いえいえいえ! これはいただけません! あ、ごめんなさい声が。“減音”されているとはいえ、大きかったですね。あの、これはいけません。価値が釣り合いません」
出会ってから一番慌てている樽人を見て護衛達が安心している。「あの控え目さはだいち区長だな」「律儀なとこもな」「刺繍好きで上手なのを自慢しないとこもな」「靴裂かれたけど『使い慣れている靴をごめんなさい』と謝ってくれたし新品二足くれると約束してくださったしな」と言っているぞ、樽人よ。今のいままで疑われてたようだぞ、樽人よ。
しかし“力”玉か。あれは文字通り“力”を固めたものだ。使い道は多岐に渡る上に誤れば“力”の暴発に繋がるので、人間達は規定を作ったらしいな。それは大丈夫か?るるとしゅゆはうしおよりも突飛なところがあるぞ。
「るん?ちゃんと規定内の“力”しか入ってないるんよ」
「ぼくもそうだよ」
「はい、そのようではありますが」
『樽人よ、子らの“力”は重宝する質だぞ』
「樽人?樽の人?私の事でしょうか?」
『そうだ』
護衛達が「「「「たるびと!?」」」」と騒がしくなった。吹き出しそうになり堪える者、「だいち区長がたるびと……」とうちひしがれる者、「樽の人か、ま、そらそうだな」と納得した者、「それにしてもなぜ樽なのだ……」と悩み出した者とに分かれていた。
当の本人は「成る程確かに」と穏やかに受け入れている。そして“力”玉を見て困った顔をした、様に感じた。
『“力”玉は受け取り難いか?ならば“力”の込もっていない布はないのか?』
「それが……ないのです。勝手に込もってしまうもので」
『“力”の制御が苦手なのか?』
「何故か刺繍だけは制御出来なくて。必ず“守り”入りになってしまうのです」
『他は出来ているのだろう?ふーむ?流れに乱れはないがな』
「制御指導員や医師でも原因は分かりませんでした」
『悪いものではないだけましか』
「ひめめ、ましは失礼るんよー。この“守り”は村の防御壁級るんもの。そういえば! ブーツへ“力”をいれてる間るる気付かなかったるんよね。そんなの初めてるん。るん、“力”の使い方の詮索は零輪以外では違反になるるんよね?」
『そうだ。良く覚えていたな、偉いぞ』
ほぼ全ての生きものにとって“力”は命を左右するものだ。どれ程の量や質かが分かるのは、“力”有る者ならば意識しなくとも知れてしまうので仕方がないとして、大々的に公表しなければ許される。しかし、“力”の使える方法を秘匿する者は多い。使い方は当人が作るもので一律ではない上に、外からは知れないからだ。
例えば、わたし達零輪の猫に聞いたのが大人猫ならばしばらく口も聞かなくなる。それはまだ軽い処罰な方であろう。ところ違えば土地を追われる事もある。
人間も猫程厳しくないとはいえ、生業や生活の為に自ら編み出したものを問う事は避けている様子。酒の席でもそれは無礼講の一つにならない。子どもでも叱られるのだ。
零輪地区は例外だぞ。あそこに住む者達は“力”を知られていない方が問題な者ばかりだからな。当人らも承知で、自ら口にしておるぞ。
「興味深いな」
「るん?らいあ!」
「申し訳ない。失礼したようで」
「いえ、なにも問題なく」
起きたか、らいあ。あ、こら、起き上がるでない、うしお。カチャカチャカチャカチャと不慣れに起き上がるとこっちに転んでこんかヒヤヒヤするわい。特にナイフとフォーク。その二つは寝かせておけ。あ、危な、刃先をこちらへ向けたままふらふらと来るでない!




