物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ・六
「「「らいあ!」」」
るる、しゅゆ、うしおの悲鳴が重なる。傾いていく身体に手を伸ばすが届かない。湯飲みの揺れに気をやっていたわたしも出遅れた。誰もが間に合わないと思った。
まずい、頭が地面に。
「“守れ”」
冷静沈着を体現した声と共に、らいあの身体に布が巻き付いた。くたりと力の抜けているらいあは布に支えられ宙に浮いた。頭部の下にも布の塊がある。地面まで、あと拳一つのところであった。
その身体をサッと腕に抱えたのは樽人だった。
よくやった樽人よ! 私が褒めてやろう!
「隊長、支部に医師派遣要請を。緊急高速車の使用を許可します」
「ハッ!」
決断と指示の的確さと速さ。なかなかだな。
「るるるるるる! らいあぁ!」
「らいあ区長?らいあ区長! 気を失っていますね。……“力”の乱れはあるが自発的“治癒”を行っているのではない。病ではないな。疲労時の乱れに似ているか?」
ほお、落ち着きがある。護衛よりも冷静だな。うらきち、見た目詐欺疑惑を認めよう。当然、私は以前もピチピチだがな!!
「そうですね、自分もそう思います。あ、自分は本職が看護師です。まじないは研究会で」
まじない専門家の一人がらいあの脈を測りながら頷いた。皆の強ばりが和らいだ。
成る程、まじない専門家と紹介されなかったのは本職があるからなのか。……研究会?研究会とはなんだ?看護師の研究会なのか?
「はまさんは看護師なのか。我々『まじない愛好研究会』は、まじないへの愛以外は不問で集っているから知らなかったな」
私の傍らに居たまじない専門家の呟きで合点が取れた。
……いややはり取れん。というか替わった。まじないへの愛とはなんだ。何で測るのだ。知識ではないのだろう?愛なのだろう?あれか、瞳の輝き度か?いや、呟いたまじない専門家のあの瞳を見れば違うと分かるな。
「お連れの方々、らいあ区長を私の家に運びたいのですがよろしいですか?」
「うん、お願い。地面で寝たら風邪ひいちゃう。るる、行こう。らいあを休ませよう」
しゅゆがるるの立ち上がりを支える。らいあを見詰めるるるの目は決壊寸前だ。うしお、早う二の腕を出すのだ。うしお?……何故また食器に戻っているのだ?ああ、“力”を吸われたから人型を維持出来ないのだな。……ふむ、本体に問題はなさそうだな。帰りに回収すればよいか。何やら喚いているが放っておこう。
「だいち区長、でしたら自分が」
「いえ。あまり動かしたくありませんので。副隊長は玄関を開けてください。まじない研究会の皆様はまじないの影響を調べていてください。看護師のあなたはご協力をお願い出来ますか?」
「「「はいっ!」」」
威勢の良い返事に頷いた樽人は、らいあを横抱きにしてスクッと立ち上がった。全員驚いた顔をしたが声は出さなかった。
樽人よ……鍛えているな?先程らいあを支えた布はお前の羽織りだったのだな。隠していたのだな?ワイシャツの上からでも分かるぞ。細身だが程よく均等の取れた筋肉じゃないか! 私もその筋肉欲しい! この身は柔らか過ぎるのだ。柔らか過ぎてたいていの隙間ならば通れるのだ。足の毛も舐めれるし、寝返りも楽なのだ……うん、このままで良いな。前の私は硬かった。寝返りは打てないし痒いところに手が届かなかった。うん、やはりこのままで良いな。うらきちのように野で鍛えた筋肉がほどほどにあれば良いな。うん。
「玄関右脇の客間にベッドがありますので、そちらの扉もお願いします」
「ハッ! かしこまりました。先に自分が入らせていただきます」
「どうぞ。靴はそのままで構いません」
「え?ここ土足じゃないでしょ?」
「るん。床磨かれてるん。汚れちゃうるん」
しゅゆが副隊長のベルトを引っ付かんで止めた。止められて崩れたバランスを直しながら目を見開いて驚く副隊長。
同時にるるは樽人の襟首を後ろから掴んでいる。樽人は副隊長が上がるのを玄関前で止まって待っていた時なので呼吸は無事だが、高低差のあるるるに引っ張られて背を反らせた。
私もしゅゆの怪力には何度も驚かされた。知ってるか?それ素だぞ。“力”ではないのだ。それにるるよ、襟首は掴むものでは本来ないぞ。危ないからせめてベルトにして首は離してあげよ。樽人が腰を痛めては可哀想だ。
「緊急ですので。床は掃除をすれば良いです。問題ありませんよ。私も彼もブーツですから、脱ぐには時間が掛かってしまいます」
樽人は優しい口調で答えた。腕にそれなりの体格の人を抱えてながら背を反らせられているのに余裕である。
「問題あるん。ほら、脱ぐるん。るるが紐緩めるん」
「あるでしょ。仕方ない、あなたはぼくが脱がしてあげるから飲み物奢ってよ?もちろん全員にね」
るるは樽人の、しゅゆは副隊長の靴を脱がせようとした。慌てる副隊長だが、しゅゆの怪力な足で両の爪先を踏まれているので思うように動けないらしい。
相変わらず、せい以外には手加減無しだな、しゅゆよ。
「分かりました。お連れの方々はらいあ区長の靴を脱がせて差し上げてください。副隊長と私の靴は私が脱がせますので」
「?分からないけどそうするよ。紐が堅すぎるもの」
「るん?了解したるん」
二人がらいあの靴へ手を伸ばすと、樽人は副隊長を呼んだ。
「副隊長」
「ハッ!」
「良いと言うまで動かないでくださいね」
「ハッ!」
良い返事だが迷い無さすぎではないか?それだけ樽人への信頼が強いと言うことか。
「「「「「う゛わぁ」」」」」
『『うわぁ』』
護衛達とみりぃとわたしの声が重なった。正確には「う゛わぁ」と『ん゛に゛ぁ゛』だ。
「どうしたの?」
「るん?」
らいあの靴を片方ずつ持った二人がわたしを見たので、顎でしゃくる。
そっちだ、そっち。
「副隊長」
先に上がった樽人が副隊長を呼ぶ。
「え、あ、ハッ!」
我に還るまで間があったが、これは仕方がないだろう。
「動いて良いですよ。扉をお願いします」
「ハッ!」
「あれ?早かったね」
「るん」
しゅゆとるるは二人の背を見ながら首を傾げた。
『下だ』
「下?」
「るん?」
二人が下げた視線の先には。
「わーお、大胆。ぼく好き」
「るるも。きっとらいあも」
だろうな。そう思ったよ。
玄関の土間には日々草の花弁のように五枚に裂かれ、まっ平らに開いた元ブーツが四足分あった。
ちなみに、日々草の花弁は繋がっていて一枚なんだぞ。バイひめめ。




