物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ・五
先程まで居た、遊具のない小さな公園から車で十分、目的地に着いた。
『なんだ、普通の家じゃねぇか。しかも十八土炉の猫いっぱい居るし』
うらきち、何故砂が落ちていないのだ?わざと付けているのか?
『なんだと思ったのだ』
『……樽積んであんのかと思った』
『ああー』
『てか十八土炉の猫も驚いてんじゃねぇか。普段から被ってねぇのか?』
『かもしれんな』
十八土炉の猫の溜まり場となっているからには、樽人は少なくとも猫にとっては悪人ではなかろう。なかろうが十八土炉の猫にびくびく腰を引かれながら臭いを嗅がれ、『この人俺らのだいちだよね?そうだよね?』と惑わせているのはけしからんぞ。それと樽人の名はだいちか。樽を外したら呼んでやろう。いまは無理だ。樽の印象強過ぎだわ。
「ごめんなさい、皆様。今から敷地内でまじないを解きますので、避難願えますか?移動に負担のある方は私も手を貸しますので。あそこの荷台のある車で三キロ程移動していただければより幸いです。乗っていただけますか?」
樽人は地面に膝を付き、十八土炉の猫達に優しく話しかけた。
声で安堵した猫達は素直に応じて敷地を出て行った。ここの猫達の今日の印象は大人しい、だな。樽人の前なので猫をかぶっている気もするが。
と、出て行く猫達と入れ違いに走り込んできた一人の人間が。
「区長、話は警備護衛隊に聞きましたって、区長何やってんの!?」
「まじないを解く場所の提供を」
「そっちじゃないです!」
そっちじゃないならやはり樽か。恥ずかしがりや説はほぼ消えたな。
「場所はここが良いと思いまして。隣家とは一キロ離れていますので」
話をごり押す樽人。すばらしき精神力の強さよ。
「んえあはい、それはそうなんですけどね?」
「避難指示は何処まで進みましたか?」
「あ、はい。一キロ先の隣家の方々も避難してもらいました。半径三キロ内で自主避難した方以外は自宅内シェルターに入ってもらいました。警備隊が巡回して、外に住民が居ないことを確認。道はすべて封鎖しました。まじないに詳しい方々もお呼びしています。あ、今木箱を見ている方々です」
それで五人程、木箱を覗いていたのか。らいあが少々惑うているぞ。しかし樽にも惑わずまじないを優先するその姿勢は褒めてやろう。
まじないに詳しいという者達は鑑定結果をらいあ達に話し始めた。
ふむ?この木箱はもう耐久が無いからここで壊そうとしてくれて良かった。移動時の衝撃でまじないが弾けるのを防ぐ為にも?
そうかそうか。
ふむ?まじないだけよりも、まじないを解きつつ箱を壊しましょう?
そうか、これは両方同じ時のが良いものなのだな。
ふむ?まじないは『箱の中に興味を持った者をいれる』と『中から出せなくする』と『中のものの力と“力”を奪う』の三つ?破れかけているのでそこの隙間から“力”を注ぎましょう?
よかろう、わたしの“力”も貸してやろう。その代わりうしおが出て来たら一番に説教するのは私だぞ。
「ありがとうございます。副区長は引き続き巡回と警戒を頼みます」
「はい」
「そんな大事になっているとは、申し訳ない」
らいあが眉を下げている。後でうしおの眉も下げておいてやるからな。
「いえ、念のための避難ですから。そこまでの“力”が込められていないことは“見えて”おりますので。それに、地区同士の問題はお互い様が基本です。ね、副区長」
「はい。以前十八土炉で問題があった時、零輪から“力”保持者を派遣していただいてるとの記録は幾つもあります。こういうのは世代を越えてもお互い様ですよ」
にこにこと笑う(一名は気配のみ)二人に、らいあの眉も戻る。
「るんるん、らいあ、まじないを消す準備は出来たるん」
「始まりはるるに頼むよ。後はぼくが主に“力”を使う。るるは貯めといてね。まじないが暴れたら遠慮なくやって」
「るんるん」
しゅゆとるるがまじないに詳しい者達を交えて打ち合わせをしている間に、わたしは猫達に家から離れるように伝えた。渋々離れて行く猫達を見送る。
が、背を向けると近付いて来るのでまた振り向く。三回繰り返すと一匹が触れる位置に居たので触ってやると一斉に走って逃げた。だるまさんが転んだかな?
打ち合わせが終わると副区長とやらは巡回へと出ていった。まじないに詳しい者達はいざと言う時の為に残ると言ったので、警備の者も数名残った。
「じゃ、始めるーん?みんな準備いいるーん?湯飲みんはこっちに来てるん。湯飲みんと木箱の繋がりを解くるんからね。木箱から離れるためにるると頑張るるん」
いつの間にかあだ名を付けられた湯飲みはゆらゆらとるるの足元で揺れている。
「ぼくはいいよ」
「頼む、いざとなれば私も入る」
「護衛の皆さん、よろしいですか?……はい、こちらも入れますので、どうぞ」
『湯飲みちゃん、頑張ってね』
ゆらゆら。
『おっしゃー! やったるぜー!』
『うらきち、お前は座っとれ』
「いっくるーん!」
木箱にるるが“力”を一発打ち込んだ。木箱の蓋と側面の一部が割れ消し飛んだ。全体にヒビも入った。
お、おい、中身も壊す気か?うしおに恨みでもあったのか?
「あれ?案外脆かったるんね」
「ぼくもそう思った」
「そのようだな」
らいあ達が首を傾げる一方で、顔を輝かせるまじないに詳しい者達(この呼び方長いな。よく知らんがまじない専門家で良いか)。
「“力”の加減が……」
と顔を青くしている護衛達。
何も言わず佇み隙を見せない樽人。
「素晴らしい! 全てのまじないが一瞬で消し飛びました!」
素晴らしい! 素晴らしい! とまじない専門家達の乱舞が始まったと同時に光る箱。
「中身の解放です!」
叫ぶまじない専門家達。図らずか斉唱である。
そして箱が倒れ、中から出てきたのは。
「るん?これ、何るん?触れるん?」
「触れるぞ」
らいあの許可を得てそれをつつくるる。
「るん?うしおは?どこいったるん?」
「ここにおる」
「るん?」
「ぼく分からない」
しゅゆとるるはそれをつつきながら首を傾げる。
「あのな、うしおはな」
らいあの答えを遮るように。
「あー、びっくりしたー。俺箱出れたんだー?やったぜー! らいあー、俺もっとらいあん家に居ていーい?」
あの阿呆の声が響いた。何故らいあの家の話なんだ?
「いいぞ。おいで」
「やったー」
「るん?」
「え?しゃべってるのってこれ?」
「そうだ。これはうしおの本体だ。うしおは銀食器の付喪神なんだ」
そう、地面に転がる銀色に鈍く輝く食器類。それがうしおの本体なのだ。ま、わたしは会ってすぐに気付いたがな。
「「へぇそうなんだぁ」」
あんまり興味なさそうだぞ、子らよ。まじない専門家達の方のが「付喪神! 一日に付喪神二柱と会えたぞ!」と興奮しているぞ。
「そなのー。俺付喪神なんだってー。珍しく銀食器一セットで俺一人なのー。でもさー、らいあより少し若いから、付喪神からしたらややこなんだってー」
「ややこって赤ちゃん?」
「そーそー」
「るるるるるる!?」
るるが叫びながら全身を振り子のように震わした。速い。
それは一体どのようにして行っているんだ?これ、湯飲み、真似するでない。割れるぞ。
「おおお!?どしたの!?」
「どうしよう。るる、うしおの飲み物に蜂蜜入れたことあるん」
「俺は金属だからだいじょぶだよー」
「そうだな、今のところうしおはなんでも食べられている」
「良かったるーん」
「うしおよ、人型へ戻れそうか?」
「うん、問題なーい。戻るから少し距離とってー」
らいあ達が数歩下がると、うしおはカチャカチャ音を鳴らしながら食器一つ一つの間を引っ付けた。ぼやけた光が食器を包み、大きくなり、やがて人型となった。光が収まると、胡座を崩して座る人が現れた。
「よーし! うしおふっかーつ!」
「へえ、うしおだねぇ」
「おかえりるん、うしお」
「ただいまー」
気の抜ける笑みでひらひらと手を振るうしお。
まったく、お騒がせなやつである。
「うしお、無事でよかっ」
安堵した様子のらいあの声が、途切れた。




