物を得るときは仕舞いまでを、箱に入る時には出る時の事まで考えよ・四
「ひめめ、うしおを出すにはその湯飲みが必要なんだってさ。でも湯飲みは木箱に戻らなくてもいいかもしれないって」
話しているしゅゆは向かい風など何処吹く風といった雰囲気の人間だ。しかし、こちらに向かって歩きながら作り手にした大鎌の武器は。
『えっぐ』
と、うらきちが呻くほど尖り磨かれていた。どう見ても生命を刈る用である。首狩り鎌と呼ばれるものだ。あれを作るものが柔和な訳がない。
うらきち、『うっそー、かよわそうで俺が守ってあげたい人間だったのに』みたいな絶望に満ちた顔を止めよ。何度繰り返しているんだろうか、お前は美人に弱いな本当に。
「ひめめ達、希望なら帰りはるるが運んであげるん。待ってて。るるはちょっとそいつに挨拶してくるん」
るるの人差し指は湯飲みに真っ直ぐ向けられていた。
るるよ、怒っているのか?うん、怒っているな?よし、わたしは帰る。うらきち、あとは頼……うらきち、何処へ行く?さっきまで砂まみれでもわたしの側から離れなかったではないか。待てうらきちよ。これ、砂まみれで突っ込んでいるから猫達が逃げているではないか。
「ひめめ、うらきち、怪我したくなかったら止まるん」
うらきち、お前のせいで軽く脅されたではないか。
「脅しではないるんよ?湯飲みと一戦交えて挨拶してくるんから」
らいあよ、お前の子は一戦交える事を挨拶だと言っているぞ。おい、「頼もしいな、我が子よ」ではないだろうが。誰か止めよ。
「るる、駄目だよ」
おお! しゅゆか。意外な人間が止めに入ったな。
「ぼくも戦いたいから壊しちゃ駄目だよ」
らいあの周りにはなんでこうも好戦的な人間が集まっているんだ?うしお?あいつは違う意味で好戦的だな。人に溜め息をつかす事においては右を出る者がいないのだ。しかも無意識でつかしている。あれは真似出来ん。いや! いまはそれどころではなく! みな! 総退避! これ、寝転ぶでない、はよ牽引自動車のもとへ行け! るるとしゅゆの二人からはわたしでも守りきれんわ!
『待てるる、先に屋敷へ帰ろう。湯飲みよ、お前に悪意はないと分かった。よってお前はわたしがなんとか出来る限り守ろう。みりぃ、付き添いを頼めるか?』
『もちろんですわ。さ、行きましょ。大丈夫よ。あの人間たちはおかしらのおともだちだから』
大丈夫?わたしはそうは思えんぞい。
「ひめめ、木箱は持ってきた」
少し顔色の悪いらいあは木箱を抱えていた。
こやつは“力”の循環が上手くない。あれだけの“力”の量と質ではその負担はわたしの想像を越えるだろう。それに耐える精神力には舌を巻くものがある。わたしではなんともしてやれんのが歯がゆい。
『おや?うしおは触れるといかんと言っていたぞ』
「ああ、触れるだけならば問題ないのだ。箱の中に興味を持ってはならん。引き摺り込まれる」
あの阿呆、『箱の中ってどんな感じなんだろー?』とか阿呆なこと考えたんだな。まったく。帰ったら説教だな。
「時間を考えるとここでまじないを解きたいものだが、十八土炉の許可が下りていないのだ。屋敷に戻ろう」
「許可ならば私が出しましょう」
声の主はわたしが輪に加わる前から木陰から窺っていた者である。おそらく、その者がうらきちに話しかけた者だろうとも見ていたが、当たりか。
「許可を出せる者か?それならよかっ」
わたしの背後を見たらいあが止まった。何故だ?他の者も止まっている。見えたらしい猫たちもだ。
わたしが振り向くと。
『うらきち』
『はい』
『あれか、お前に話しかけた人間は』
『いえ。あ、気配はそうなのですが、見た目はあんなんではなかったです、はい』
だろうよ。ぐーりからもそんな報告はなかった。思わず敬語になる程うらきちが驚くならば、他の猫からも訴えがあってしかりだったはずだ。
その人間は。
「なんで樽を被ってるん?」
るる、お前よく平然と聞けるな?恐怖心や驚く自分を何処に置いてきた。
「申し訳ありません。恥ずかしがりやな気質でございまして」
淡々と答える樽を被る人間。ふむ、言いにくいな。そうだ、樽人と呼ぼう。
『樽を被れてんな訳あるか』
わたしとしては珍しく、うらきちを全面肯定する所存である。
証拠として樽人が連れてきた側の人間達の戸惑いの深さがあった。
お前の連れてきた人間達がとんでもなく慌てているぞ。「ご乱心か?」なんて声も聞こえるが問題ないのか?いやあるだろう?
「それはともかく、その木箱にかけられたまじないを解く場所をお探しとの事でよろしいですね?」
お前の精神は鋼だな?
「え?あ、ああ。そうだ」
戸惑うらいあを見たのはるる関連以外では初である。
肩から上が、地面から大人の胸元まではある大型の樽な人とはなかなか会わないから無理もないか。
「でしたら私の家の敷地内をお貸しできます。地区の避難所に指定されているので、守りは一層強固です」
「それは、有り難い、のだが」
「これは失礼を。申し遅れました。私は十八土炉地区地区長を勤めている者です。こちら身分証となります。どうぞお確かめください」
「どうもご丁寧に。私は零輪地区地区長のらいあと申す。この度はご迷惑を」
樽を被っていること以外はなんの問題もなく、むしろ落ち着きと冷静さの塊のような樽人に引っ張られてらいあも落ち着きを取り戻した。
ほぉ、あのらいあが人の影響を受ける等珍しい。元々動揺していたのだろうな。どうやらお前が思っているよりもらいあにとり大事らしいぞ、うしおよ。
「いえ、同じ村に住む同士お互い様ですから。それよりも木箱のまじないは進行型の様子。急ぎましょう。車で十分程かかりますので、皆様はわたしの車に着いて来てください」
それからは振り返らず、部下への指示を始める自称十八土炉の区長。ああ、身分証があるなら自称ではないのか。詐称防止に身分証には当人の“力”も保存されており、当人以外が持つと色がハッキリした斑色になるようになっている。樽人の差し出した身分証は一色だった。
隣が静かなので見れば、うらきちが地面とこんにちはしていた。
うらきち、樽人を褒めてしまった自分を責めているのか?絶望に絶望を重ねるな。長く生きればいろんなことがあるものだ。ほれ、あとで煮干しを分けてやるからな。
待つ間に猫達には待機を告げたが、皆着いて来ると言って聞かない。
『分かった。皆来い。ただし家の敷地には入るなよ。みりぃ、お前もだ。家の前まで湯飲みと来てくれ』
『まぁ、おかしら。ワタシは預かった子を放っていくなんて事いたしませんわ。一緒に行きます』
『俺も行くぜ、かしら!』
はぁ、聞かんやつらだな。
『わたしの後ろから出るなよ。いいな?』
『はい、おかしら』
『おう』
「お話は決まりましたか?」
樽人が少し離れたところから声を掛けて来た。
「荷台のある車を五台ほど手配しました。いらっしゃる方はそちらへお乗りいただけますか。毛布を敷くことしか出来ず申し訳ないのですが」
『充分だ。感謝する』
「いえ」
ふむ?会話が成立している。らいあ達が使っている“読解”の“力”は使われていないな……気配でか?
用意された車に敷かれた毛布はふわふわのとろとろだった。寝転がる猫続出だ。水も食料もあった。
うむ、まあ、こういう気遣いは嫌いではないぞ。
……樽人よ、お前運転席に乗るのか?樽はどうするんだ樽は。……その車、屋根が開くのか。そして屋根から入るのか。隣に乗る護衛が泣きそうだぞ。「連日の激務でお疲れに……」なんて言われてるぞ。明日は休むがよい。周りの者の為にな。




