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そらのうた~ことばあそび編~   作者: はねいわ いみゆう
現在編
58/140

閑話『贈り物』

 

 空が白い。何処までも白い。雲で覆われているからではない。空自体が白かった。

 空があまりにも白い為に灰色に見える雲間から差し込む柔らかな光の中、機嫌よく鼻歌を歌いながら花を踏まないように歩いている者が一人いた。

 不規則に地面から伸びる花々は色も形も咲き方もさまざま。人はたどたどしくも花を踏まないように一歩一歩ゆっくり進んでいた。


 しかし、とうとう今来た道以外には踏み出せない所まで来た。辺りは至るところに花が咲いている。人は困ったように眉を下げ、辺りを何度も見回した。


 と、人は気付いた。この一輪の花、そこに一歩を置けば大きめのもう一歩で草原地帯に入る、と。


 人は迷った。この花を踏みたくない。どうすればいい?

 人は考えた。そうだ、掘って摘んでお土産にしよう。そして家の前に植えよう。


 人はその花を自分が出来る最大級の丁寧さで引き抜いた。根は切れず長いまま掘れた。

 人は満足そうに笑んだ。

 人は草原に着くと、花を持った手を胸の高さで固定しながら機嫌よく鼻歌をうたい歩き出した。


 着いたのは半円の建物で入り口も窓も無い。人は躊躇う事なく壁に近付いて手を宛てる。土に汚れた手が壁に埋め込まれた。壁に土は付かなかった。人はそのまま体も花も埋め込んだ。


 中は緩やかに透けた光に満ちて明るく、空気は澄み切っていた。円形の床と半円の天井。部屋の中央には寝台。その上に一つの人影。


 入った人は寝台まで行き、両膝を地面に着けて顎と片腕を寝台に乗せた。


「朝ご飯おいしかったぜー。そろそろ起きて食べるー?あんたの分もあるよ。たくさん送ってくれるからさ」


 応えはなかった。


「ねぇねぇ起きないの?すごいいい天気だよ。あ、むっちゃ晴れって事じゃなくてさ、程よい晴れで外で寝てちょうどいいんだー。花も咲いてるよ。ほら、一輪摘んできた」


 土を寝台に落とさないように花を掲げる。


「なんて名前だろうねー?濃い色だよね。この花は色違いも濃い色なんだよ。あっちにいっぱい咲いてた」


 指で示した先は、冷たくも見える白い壁。この建物の壁や床に他の色は無い。


「俺ねー、花畑の花一個も踏まなかったんだよ。偉いー?」


 応えがなくても人は上機嫌に話している。


「だってね、ここの全部あんたの為に用意したって言ってたからさ、俺が壊しちゃいけないなーって思ってね」


 人は、困ったように苦笑して声を少し低めた。


「あのね、あんたの事待ってる人がいるんだよ。なんの事情があるかはよく分かんないけど、待ってる人がいる内に起きなよ?気まずいかもしんないけどさ、知ってる人が誰もいなくなった所もこわいもんだよ」


 何かを思い出すかのように、その目は遠くを見た。


 と、花を持った人が入ってきた辺りの壁からまず足が生えて手が伸び、帽子を被った人が現れた。


「ああ、ここに居たんだね」


 帽子の人はにこにこと笑んでいる。

 花を持った人は嬉しそうに笑った。


「うん。花持って来た」


「綺麗だね。彼も喜ぶだろう。おや、根ごと?」


「植えたらまた咲くかな?」


 帽子の人は根を見た。幾つかの根は切れただろうがなんとかなる程かな、と思い、頷く。


「そうかもしれないね」


「そっか! じゃあ植えに帰る。ばいばーい」


 花を持った人は手を振るとあっさりと建物を出て行った。

 帽子の人は後ろ姿を見送ると、寝台に目線を落とした。

 何かを言おうと何度も試みるが言葉にならず、結局は口を閉ざした。


「また来るよ」


 一言告げて外へ出る。


「ねぇねぇー、花持ってくれるならおんぶしよっか?」


 外で待っていた人は花を差し出してそう聞いた。


 帽子の人は驚いて「どうしたの?」と聞いた。


「うーん、泣きたいけど顔見られたくなさそうだからなんとなく」


 帽子の人はもっと驚いたが今度は隠して笑った。


「泣きそうに見えたのかい?大丈夫だよ。なんともないよ」


「ふーん?そう?いつでも言ってね。俺の二の腕、癒されるらしいよ」


 花を持った手を引っ込めると、人は「帰ろー」と歩いて行く。


 帽子の人は帽子を深く被り直した。


「あの子に引っ張られて感情や気持ちが出過ぎているのか?影響を受けないようにしないと」


 早口で呟くと、帽子の人はいつもの笑みを顔に刻み付けた。


「ねぇ、家の前に植えていいか聞いた方がいいかな?」


「そうだね。そうするといい。植えたらお昼ご飯だね」


「あれ?もうそんな時間?さっき着いたばっかなのに」


「そうだったのかい?長いことあそこに居たのかと思っていたよ」


「全然だよ。けっこー花畑で時間食ってたんだなー」


「土産の花を探していたの?」


「んーん。花畑通ろっかなーって通ったら思ったより花が多くてさ、引き返すにも足の踏み場が難しくって進み続けちゃった。花踏みたくなくて頑張ってた」


「へえ、気にするんだね」


 少し言い方が悪いが、その言い方すら気にしない子だと知っている。その通りであっけらかんと答えが帰ってくる。


「普段はしないよ。だって、ここの花って贈り物なんでしょ?」


「え?」


「あんたがあの人に贈るために用意したんでしょ?そんなの壊せないよ。花摘んで良いって言ってたからこれは摘んだけど、枯らさないように頑張るから抜いたんだよ」


「……そう」


「あれ?なんか萎れて来てる?」


「ああ、土と水がいるかな?」


「大変だ! 急がなきゃ!」


「あ! 転ばないようにね!」


 花を持って走り出す後ろ姿に叫ぶ。


 帽子の人は立ち止まると、帽子をもっと深く被った。


「利用するだけ、と思っていたんだけどねぇ」


 呟くと、また歩き出した。

 家に帰ればあたふたと地面を掘って土だらけになっているだろう姿を想いながら、一歩一歩、進んで行った。




お読みいただきありがとうございます。

次回からは過去シリーズが始まります。

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